表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星潮の灯台守  作者: 銀細工ナギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/20

第5話 都市から来た技師

 久遠陸は、撤去に来た人間にしては灯台を壊す手つきが下手だった。


 昼過ぎ、彼は制御室の床へ膝をつき、古い配線を一本ずつ確かめていた。腐食した端子を見つけるたび眉間に皺を寄せ、使える部品には小さな保護キャップをかぶせる。撤去業者なら切って捨てる箇所を、彼は迷うように撫でた。


「あなた、壊すの嫌いでしょ」


「壊すために構造を知る必要があります」


「便利な答えですね」


「霞庁の研修で覚えました」


 灯は少しだけ笑いそうになり、慌てて表情を戻した。敵を笑ってはいけない。


 陸は港側の窓へ目をやった。春が奈津に付き添われ、診療所の庭を歩いている。足取りはまだ頼りないが、海を見る顔は子どもらしく好奇心に満ちていた。


「あの子を庁へ報告すれば、保護は早い」


「保護という名の隔離ですか」


「否定はしません」


 正直すぎる返事に、灯は言葉を詰まらせた。


「僕は霞庁の職員ではありません。委託技師です。元は軌道設備の保守をしていました。暁環の事故後、部署ごと解体されて、いまはこういう仕事を」


「事故に関わっていた?」


「直接ではない。けれど事故後の復旧データを見ました。欠けたログが多すぎる」


 陸は端末へ座標列を呼び出した。海里の記録核が示した位置は、公式沈没地点より三キロ北にずれている。そこには現在、立入禁止の浮標が並んでいた。


「オリオン海洋の調査海域です」


「なぜ兄の船がそこに」


「それを知るには海へ出るしかない」


 灯は即答しようとして、できなかった。海へ出る。八年前から避け続けた言葉だった。兄の捜索が打ち切られた日、父は灯へ「おまえまで海に取られるな」と言った。その声が、足首に鎖のように絡んでいる。


 陸は灯の沈黙を見て、話題を変えた。


「星潮灯台は、公式には役目を終えています。新型ブイ網のほうが範囲も広い」


「でも父は灯台を止めなかった」


「新型ブイ網が星潮の濃い夜に遅延するからです。島民の避難経路だけは、旧灯台のほうが早く出せる」


「知っていて撤去する?」


「命令書は、遅延を仕様内の誤差として扱っています」


 灯は端末を睨んだ。数字の中で「誤差」と呼ばれたものが、人の足の速さや船の進路を決める。自分もかつて、その言葉を使っていた。


 下から春の声がした。


「灯さん! 海が光った!」


 窓辺へ寄ると、診療所の庭で春が笑っていた。昼なのに、港の一角だけ青い筋が浮かんでいる。灯台の停止した送信器に反応したのかもしれない。


 灯は陸へ向き直った。


「あなたが撤去技師でも、灯台の仕組みを知っているなら手伝ってください。兄の船の場所へ行く」


「危険です」


「知っています」


「僕に協力する義務はありません」


「ならお願いの形で言います」


 陸は疲れたように笑った。


「明日の未明なら、調査艇を出せます。僕の仕事は設備確認ですから、海底設備を確認する必要があります」


「便利な答えですね」


「霞庁の研修で覚えました」


 その夜、灯は父の古い航海服を出した。袖を通すと、油と潮と煙草をやめた後の苦い飴の匂いがした。


 海へ戻る準備は、逃げてきた年月を一枚ずつ畳み直す作業に似ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ