第3話 閉ざされた灯台
春が眠っている間に、灯は灯台へ戻った。
朝の海は灰色だった。星潮の光は消え、ただ潮の匂いだけが濃く残っている。石段を上がると、扉の前に島役場の封筒が挟まっていた。
『星潮灯台設備停止および撤去準備に関する通知』
差出人は霞庁沿岸復興局。期限は七日後。灯台の観測権限は都市側の新型ブイ網へ移り、旧灯台は安全上の理由で閉鎖される。父が倒れた直後に届いたのだろう。
「安全上、ね」
灯は鍵を開け、螺旋階段を上がった。灯台内部は見た目ほど古くない。石壁の内側には光ファイバーが張り巡らされ、最上階の制御室には父が継ぎ足した端末が並んでいる。埃をかぶった画面を起動すると、赤い警告が次々に浮かんだ。
主灯停止。
潮流送信器、同期不良。
記録槽、封印中。
封印中という言葉に、灯の指が止まった。星潮灯台に記録槽などあっただろうか。父の点検表にも、灯が昔覚えた機器名にもない。端末の奥に隠しフォルダがある。アクセス権限は水瀬透ではなく、水瀬海里。
兄の名前を見た瞬間、制御室の空気が変わった気がした。
パスコードを求める画面が開く。灯は兄が使いそうな言葉をいくつか打った。母の誕生日、漁船の名前、灯が小学生の頃につけた秘密基地の合言葉。すべて拒否された。
「八年も経って、まだ意地悪してる」
呟くと、壁の通信機が短く鳴った。奈津からだった。
『春くんが起きた。記憶がほとんどないみたい。あと、都市から技師が来るって役場が騒いでる』
「撤去の?」
『たぶん。灯、喧嘩腰で話さないでね』
「私がいつ」
『いつも』
通信は一方的に切れた。
灯は窓の外を見た。港へ白い高速艇が入ってくる。船体には霞庁の小さな紋章があり、その横に民間企業のロゴが貼られていた。オリオン海洋。暁環事故の後、星潮の調査を独占した企業だ。
階下で扉が叩かれた。
「水瀬灯さん。久遠陸です。設備調査に来ました」
男の声は礼儀正しかったが、扉を開ける前から仕事の匂いがした。予定表に沿って物を片づけ、人の感情を項目外として扱う声。
灯は端末をスリープにし、兄の名前を画面から消した。それから階段を下りる。
扉を開けると、濃紺の作業服を着た男が立っていた。三十代前半、眼鏡の奥の目は疲れているが、周囲を測るように静かだった。片手に工具ケース、もう片手に撤去通知。
「本日から三日間、現地確認を行います。ご協力を」
「断ったら?」
「権限上は、断れません」
「ならお願いの形をして言わないでください」
久遠陸は一瞬だけ眉を上げた。それから、なぜか少し笑った。
「水瀬さんに最初に会ったら、父君と同じ顔で怒られると聞いていました」
灯は言葉を失った。父がこの男に何を話したのか、聞く前に陸は灯台を見上げた。
「いい塔ですね。閉ざすには惜しい」
その一言が本心に聞こえたことが、灯にはいちばん腹立たしかった。




