表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星潮の灯台守  作者: 銀細工ナギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/20

第15話 海底の鐘

 海底の鐘は、沈んだ学校のさらに沖にあった。


 かつて霧の日に鳴らされたという古い航路鐘は、石造りの小さな塔ごと海に沈んでいた。周囲には暁環の破片が輪のように突き刺さり、星潮が青い膜を張っている。黒い潮はその外側を削るように流れ、膜の隙間から赤いノイズを押し込んでいた。


「潜れるのは灯さんと僕だけです」


 陸が装備を確認しながら言った。


「私は行く」


「分かっています。だから止め方ではなく、戻し方を考えます」


 灯はヘルメットを抱え、春の前にしゃがんだ。少年は船室のベンチに座り、記録核を両手で握っている。


「ここで待ってて」


「鍵は?」


「ケーブルでつなぐ。春は船から信号を送って」


「怖い?」


 灯は少し迷い、うなずいた。


「怖い。でも怖いから、ちゃんと帰る」


 春は真剣な顔でうなずいた。


 海に入ると、黒い潮の冷たさが潜水服越しにも分かった。ライトの先で青と黒がぶつかり、火花のような光を散らす。灯と陸は鐘楼へ近づいた。古い扉には錆びた浮彫がある。灯台、波、そして星を抱いた輪。暁環よりずっと前から、島の人は海と空を同じものとして祈っていたのだ。


 扉の中央に記録核と同じ形の窪みがあった。陸がケーブルを接続し、船上の春へ合図する。


『聞こえる?』


 春の声が通信に入る。震えているが、途切れていない。


「聞こえる」


『開ける』


 青い光が扉へ走った。鐘楼全体が震え、海底の砂が舞う。次の瞬間、鐘の音が水中に響いた。耳ではなく骨で聞く音だった。


 灯の視界が白く弾ける。


 そこには、八年前の夜の無数の視点があった。避難する老人の足元。子どもを背負う母親の息。港へ戻れない船の灯。しらなみの甲板で叫ぶ海里。父が灯台で送信器を抱え、血の滲む手でレバーを押し続ける姿。


 そして、オリオンの管制室。誰かが言う。


『暁環中枢の落下地点を公表すれば、契約が終わる。潮ノ島灯台の独立送信を止めろ』


『島民避難がまだ』


『広域混乱を避ける。記録は後で整理する』


 整理する。消す、という意味で。


 灯は怒りで意識を持っていかれそうになった。その時、陸が腕をつかむ。彼も記録を見ている。顔は青ざめていた。


「灯さん、鐘の中枢へ」


 鐘楼の奥に、小さな光の核が浮かんでいた。そこに海里の断片がいる。黒い潮は外壁を破り、記録を圧縮して奪おうとしている。


 灯は核へ手を伸ばした。兄の声が近くなる。


『灯、ここまで来たんだな』


「遅くなった」


『時間の感覚がないから、許す』


 冗談を言う声に、灯は泣きそうになった。


 そのとき、黒い潮が鐘楼へ侵入した。赤いノイズが視界を裂き、陸のケーブルが切れかける。船上で春が叫んだ。


『灯さん、声が消える!』


 灯は核を抱えるように手をかざし、灯台の手動信号を呼び出した。父が地図へ残した避難路、兄が開いた海面ノード、春の記録核。すべてを一本につなぐ。


 鐘が二度、三度と鳴った。


 青い膜が膨らみ、黒い潮を押し返す。だが完全には止まらない。陸が灯の背を押した。


「核を持って戻って。僕が扉を閉める」


「一緒に戻る」


「助言です。今度は聞いてください」


 灯は彼の目を見た。陸は恐怖を隠していなかった。それでも扉の制御盤へ向かう。


 灯は核を保護ケースへ収め、海面へ向かった。背後で鐘の音が続く。上へ、上へ。海は重く、手足は鉛のようだった。


 船へ引き上げられた瞬間、灯は陸の名を叫んだ。


 数秒後、別の浮上音がした。源三が陸を引き上げる。陸は咳き込みながら笑った。


「戻し方を考えたと言ったでしょう」


 灯は怒るより先に、彼の肩を殴った。


 船室で春の記録核が静かに光っている。海底の鐘は開いた。だが、嵐はもう目の前まで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ