表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星潮の灯台守  作者: 銀細工ナギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/20

第14話 黒い潮

 夜明け前、海が黒く光った。


 青いはずの星潮が、港の外で煤を溶かしたような色に変わっている。光はあるのに澄んでいない。春が桟橋で胸を押さえ、苦しそうに膝をついた。


「記録核が、変な音を出してる」


 灯が支えると、春の体が熱かった。奈津が駆け寄り、すぐに診療所へ戻るよう言う。だが春は首を振った。


「海底の鐘が閉じられる。今行かないと、声が潰れる」


 陸が調査艇の端末を確認した。


「星潮帯域に強い攪乱信号が出ています。自然現象じゃない」


 源三が沖を指した。灰色の朝霧の向こうに、白い作業船が浮かんでいる。船体のロゴはオリオン海洋。そこから海へ黒い筒が降ろされていた。


「回収装置だな。星潮ごと吸い上げとる」


 美汐が怒りで顔を赤くする。


「投票の翌日にこれ? どこまで人の島を」


 通信機が鳴った。瀬名梓の声が入る。


『危険濃度の星潮を回収しています。島民は港へ近づかないでください』


「危険にしたのはそっちでしょう」


 灯の言葉に、梓は淡々と答えた。


『未確認の記録拡散は広域通信を混乱させます。あなた方の感傷で、復興計画全体を危険に晒すことはできません』


「感傷?」


『死者の声に意味を与えることです』


 灯の中で何かが冷えた。怒りが熱を失うと、刃物のように澄むのだと初めて知った。


「死者の声を商品にする人に言われたくありません」


 通信を切ると、港の空気が張り詰めた。嵐は近い。黒い潮は広がっている。海底の鐘へ向かう航路は危険になった。


 奈津は春の額に手を当てた。


「この子を連れていくのは反対」


「でも、春くんの記録核が鍵になる」


「鍵でも子どもです」


 灯は春を見た。春は苦しそうでも、目をそらさない。


「ぼくが決めたい」


 奈津は唇を噛んだ。医師として止めたい。けれど島の投票で、本人が選ぶことを大切にすると決めたばかりだった。


「船には乗せる。でも潜らせない。異常が出たら即帰港」


 春はうなずいた。


 調査艇が出ると、黒い潮は船腹にまとわりついた。青い星潮より粘りがあり、ライトを当てると内側に赤いノイズが走る。陸が眉をひそめる。


「攪乱信号で記録を圧縮している。声も映像も、全部ひとまとめにして回収する気だ」


「人の記憶を網で掬うみたいに」


「それより雑です」


 沖の作業船から警告音が鳴った。こちらを認識したのだ。まもなく進路上へ無人艇が出てくる。源三は舵を握り直し、楽しそうに口の端を上げた。


「昔の漁師を舐めとるな」


 調査艇は黒い潮の筋を避け、岩礁すれすれを抜けた。無人艇が追うが、源三は潮目を読み、星潮の残った青い筋へ船を滑り込ませる。春の記録核が光り、黒い潮の一部が弾けた。


 灯の耳に、無数の声が流れ込む。


 助けて。


 ここにいる。


 忘れないで。


 灯は歯を食いしばった。海底の鐘は、ただの記録保管庫ではない。閉じ込められた声の避難所だった。


 その入口が、黒い潮に飲まれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ