3:誕生日は適当に
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ペリエヴァッテがじぃじの家に来て季節が二つ過ぎた。
ヴァーレクス領の駆け足な春を越えて祭りの多い夏を越え、葡萄の収穫時期に差し掛かる頃、ようやく勉強が始まり、ペリエヴァッテはじぃじが自身の【祖父】であると理解した。
そして自分はその【孫】であるので、本来は敬われ、人を使う側であって、使われる側ではなかったのだと気づいた。あの少年たちが自分の【兄たち】であるとも理解し、腹が立った。祖父・シュヴェルタスのもとで食うに困らず、疑問を解消され、自身の立ち位置を示され、そうするとあれがおかしなことであったと気づくわけだ。
「うふふ、ペリエヴァッテ、お前は四つにしては物分かりがいい」
祖父・シュヴェルタスは頭を撫でないでくれた。肩も背中も撫でず、腕をポンポンと叩かれるだけならば我慢できた。
お前は貴族なのだと言われ、貴族として扱われていけばまだ柔らかい少年の心持ちも変化していく。使用人が首を垂れるのは当然、こちらが視線をやる必要などない。湯を用意するのも当然、この体を撫でて洗い、奉仕する手もあって然るべきである。
ひとつひとつ、ペリエヴァッテは学び、経験し、丸くなっていた背筋をぐっと伸ばすようになった。
「来なさい、ペリエヴァッテ」
祖父・シュヴェルタスはそうして時折ペリエヴァッテを伴って街へ出た。ヴァーレクスの印が刻まれた馬車で市街地に出れば、市井はしんと静まり返る。かつてはペリエヴァッテがそちら側であったが、今は逆なのだと気づき、これには驚いた。
「ペリエヴァッテ、お前を我が孫、我が子として早く紹介をしたいところだ。六つになれば小さな交流会からお前も顔を出せるようになる。よいか、その時、我が愚息のグズたちとも会うだろう。しかし覚えておきなさい、私の方が偉いのだ。私の孫であり子であるお前の方が、偉いのだ」
「おじいさまの方が、偉い」
「そうだ。結局奴はヴァーレクス家を本当の意味で継ぐことはできなかった。お前が継ぐのだよ」
「はい、わかりました」
「うふふふ、いい子だぁ、ペリエヴァッテ」
祖父・シュヴェルタスは腕をトントンと叩いて手を退けた。そうした短い接触で済ませてくれるだけ、この老人は物分かりがいいと思った。
食事をしっかりと取るようになっただけでペリエヴァッテの体は急激に変わっていった。身長が伸び、肉付きと骨格がよくなり、二週間に一度の仕立てでどうにか追いつくかどうかだった。執事・カナルディオの言っていた期間は確かだったらしい。
毎回仕立てに立ち会う執事・カナルディオはいつも違うカタログを手にしてペリエヴァッテに選ばせたが、徐々にその傾向は定まっていった。首も覆うほどのぴったりとした高い襟、腕を捲ろうと思えばできる程度の余裕がある袖、フリルは一切なし、シャツも、上着も、ピシリとしたものを好み、ズボンは可動域を確保した上でこちらも足に沿ったもの。靴はロングブーツが好きだったが、こどもらしくない、という謎の理由でショートブーツが多かった。
「ペリエヴァッテ坊ちゃまは手足が長いですから、裾が広がるものよりも確かにこの方がよいのですけれど。選ぶ楽しみをもう少し私に与えてはくれませんかねぇ」
「選んでいい」
「それはそれで面白くありませんのでねぇ」
執事・カナルディオは相手にするだけ疲れる時があった。ペリエヴァッテは顔見知りになりつつある仕立て屋に任せるということも覚えた。彼らは祖父・シュヴェルタスが恐ろしいのかとてもよくしてくれた。ペリエヴァッテもまた、使える人間というものを学んでいった。
勉学は多岐に渡った。まず、自分の名前も書けなかったので一文字ずつ覚えるところから始まり、言葉と音では知っていても、それをどう書くのかを身の回りの道具と食べ物から学び、それを頭に入れていく。それから算数、本を読むこと、音楽は興味があればでいいと言われたので興味がないと答えた。
祖父・シュヴェルタスが興味津々に尋ねてきたのは、戦う力が欲しいかどうかだった。目の前にいくつかの武器と呼ばれるものを並べられ、好きなものを学ばせてやると言った。【兄たち】に痛めつけられた記憶もあり、いつかやり返してやるという復讐心もあって、ペリエヴァッテはひとつの剣を選んだ。
湾曲した刃は斬りやすそうに思えたのだ。
「あぁ、やはりお前が私の後継者で間違いないのだろうなぁ」
祖父・シュヴェルタスは嬉しそうに笑い、その剣を手にした。
「いずれお前にこれをやろう、ペリエヴァッテ。そのために扱えるだけの実力を身につけなさい」
「はい、わかりました」
「うふふふ、いい子だ」
その日からペリエヴァッテは戦う術を学ぶことになった。
筋トレなどもなく、まずは小さなナイフから。魔獣の死体を置かれ、突き刺せと言われて突き刺した。ナイフを通して感じる皮と筋肉の抵抗。引き抜くときに浴びる返り血。ナイフを握った手に滴るそれで手が滑り少し気持ち悪かった。感触を問われたのでそう返せば祖父・シュヴェルタスは大笑いしていた。
そうして多くのものを突き刺し、斬り、その手に感触を馴染ませていった。魔獣の死体、鉄製の鎧、衣服、木、革、果ては人。
同じくらいの年の少年が震えながら同じようなナイフを手にしており、泣き叫び、雄叫びを上げ、ペリエヴァッテに襲い掛かってきた。死体を突き刺してはいたが、それが自分の体に刺されば痛くて、血が流れるということは知っていた。ゾクリと体が震え、しかし、それは恐怖ではなく高揚として少年の体に残った。
不思議と落ち着いていた。振りかぶってくる少年のナイフを払い、柔らかい胸にナイフを刺し返した。死んでいる魔獣とは違いこちらを掴もうとする腕が気持ち悪くて、ペリエヴァッテは何度も何度もそれを刺し貫き、その手を離させた。悲鳴を上げていた少年は暫くして抵抗をやめ、動かなくなった。馬乗りになって握っていたナイフは血まみれで気持ち悪く、ペリエヴァッテは腕を下ろしてそれを捨てた。
「ペリエヴァッテ、手を洗いなさい」
「はい、わかりました。……これはまだありますか?」
「うふ、うふふふ、愛おしい狂人め。もうだめだ、そういう在庫もまた貴重なのだ」
首を傾げれば、時がくれば教えてやろう、と祖父・シュヴェルタスは楽しそうに笑った。
ナイフに慣れれば短剣に変わり、短剣に慣れればショートソードに変わっていった。少年の手には非常に重く、振るうのも大変ではあったが、ペリエヴァッテはとても楽しかった。
ある程度慣れた頃、一度それが取り上げられ、地味な鍛錬に移行した。腕立て伏せ、走り込み、体の柔軟、なぜこれが必要なのかがわからず、ペリエヴァッテは渋々であった。
「おじい様、なぜ剣を持ってはならないのですか?」
言われたことはやるものの、あまりにも暇でそう問えば、昼間からワインを傾けていた祖父・シュヴェルタスは言った。
「ペリエヴァッテ、お前は一度剣という楽しみを知った。再びそれを手にしたければ、ショートソードを持っても体が揺れないくらい、マシな体を二年で作りなさい。それはそのための鍛錬なのだよ」
「……はい、わかりました」
うふふふ、と笑う祖父・シュヴェルタスの後ろで執事・カナルディオがニタリと笑っていたことをよく覚えている。
――あっという間に季節がぐるりと回り、誕生日は知らないが五つになったらしい。
「とんでもないことでございます! まさかペリエヴァッテ坊ちゃまの出生記録がないとは思いませんでした。この紫鳶色、紛うことなく血筋でございますのに! ですので、旦那様がお名前を付けた日をお誕生日にして、貴族院に提出してございます。えぇ、もちろん、当然、資金は掛かりましたけれどね!」
むふふ、と執事・カナルディオは自信満々に言い、褒められるのを待っていた。
朝食の席、執事・カナルディオの戯言など既に当たり前の日常になっており、祖父・シュヴェルタスもペリエヴァッテも反応を示さなかった。そうすると執事・カナルディオは執事としてはあり得ない態度でペリエヴァッテの前に紅茶をガチャンと置いた。
「お二人とも、私の働きに対してよくやったと言ってくださってよろしいのですよ? 想定通りの招待状が届かないところだったのですから!」
「よくやったな、少し黙っておれ」
「はいっ!」
執事・カナルディオはあっという間にご機嫌になり、祖父・シュヴェルタスに渡すためのコーヒーに取り掛かった。
「ペリエヴァッテ、今日から礼儀作法の勉強を組み込む。鍛錬、勉学、礼儀作法、全てにおいて抜かりなくやりなさい」
「はい、わかりました」
「来年になったらお前は貴族の仲間入りだ。もう洗濯をしていた小僧などではない。ヴァーレクス家は……」
「王家の覚えもめでたい、騎士一族の誉れ。おじい様の称号は子爵である。しかし、その実態は子爵以上である」
そのとおり、と祖父・シュヴェルタスが頷く。
「当主を一度譲り渡してはおるが、私がお前を連れて孫である、と紹介をすれば、私がいまだ当主であることを貴族連中は知る」
ペリエヴァッテには前当主であり現当主である、の意味がまだわからなかった。前当主は、引退、責任、仕事を離れることと知った。現当主はそれらをまだ持っている状態、というのもなんとなくは理解していた。けれど、まだそこまでだ。
ニタリ。祖父・シュヴェルタスの髭の奥が気味の悪い笑みを浮かべた。
「愚息の顔が楽しみだ。あのグズどもも何かをしてくるだろう。だが、お前の方が立場は上なのだ、忘れるな」
「はい、わかりました」
この時、ペリエヴァッテは奴らに復讐するために礼儀作法を身につけるのもいいかもしれないと思った。その礼儀作法が今後長い間ペリエヴァッテを救うと同時、染み付いたものがあとで足を引っ張るなどと知る由もなかった。
じぃじヴァーレクス家には慣れてきましたか?




