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戦闘狂は円舞曲を望む  作者: きりしま@処刑人と行く異世界冒険譚


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2:痛くない生活

いつもご覧いただきありがとうございます。



 少年、ペリエヴァッテ・ヴァーレクスの生活は一変した。


 まず部屋が与えられた。目を覚ましたあの質素なようで、追々学んだが質のいい物がある、日当たりのよい部屋だった。これはペリエヴァッテを痛めつけていたあいつらが持っていたような部屋と似ていた。


 広めの使用人部屋で母と同室だったところから、いい物の置かれている部屋での生活は最初は慣れなかった。ベッドは常にふかふか、自身を蔑んで鼻で笑っていた侍女や従僕たちと同じような格好をした者たちが常に部屋を整えてくれる。手伝おうとすれば床に平伏し、どうかお任せください、と懇願された。

 衣服は着まわしていたくすんだシャツではなく、毎日パリッとした物に変わった。慣れるまで肌が痒くて堪らず、皮膚に塗る薬まで手配された。


 残り湯で週に二、三回入れればよかった風呂は毎日、そしてひとりで、自室まで湯が運ばれるようになった。つるつると滑る陶器製の風呂桶は慣れず、バシャリと湯に沈むことも多かった。いつの間にか湯の中に椅子が用意され、それもなくなった。


 自分で体を洗おうとすれば侍女がおやめください、と止め、柔らかい手のひらでふわふわの泡を体に撫でつけ、こちらも柔らかい布で拭うように洗われてくすぐったくて仕方がなかった。髪を触られるのだけはどうにもだめで、()()()だという男に話し、眉を顰められながらも自分で洗うことが許された。自分の体を洗うのに誰かの許可を得ないといけないこと、そうしなければ誰かが罰されるということに首を傾げた。


「苦しくはありませんか? ぬるくはありませんか?」


 そう問いながら新しい、適温の湯を頭に注がれ、ペリエヴァッテは小さくこくりと頷いて答えた。


 厨房に近い食堂で使用人が順繰りに空いた席に座って食べていた食事は、()()()という男と二人だけで取ることが普通になった。大きなテーブルがひとつ、椅子は二つだけ、貴族用の食堂だ。

 初めての食事では並んだものに驚いた。テーブルに並べられた焼きたてのパン、つやつやした野菜、温かなスープには具材が多く入っており、スクランブルエッグは焦げていない。そして特別な時しか出てこない腸詰に、ガラスの器に乗った果物。

 ごくりと喉が鳴った。さっと伸ばした手をビチンッと叩かれ胸に抱く。この場所に来て、ベッドの横から最初に声を掛けてきた執事のような男だった。その手には鞭のようなものがあった。


「お坊ちゃま、まずは、豊穣の女神ハルフルウストへの祈りを」

「ハル……スト……?」

「あぁ、嘆かわしい! お坊ちゃまは国教すらご存じないとは! えぇ、えぇ、これはヴァーレクス家の不幸でございます! そうでございますねぇ、旦那様!」

「いちいちうるさく喚くな。愚息のことだ、想定内であろうが」


 ()()()はペリエヴァッテ、と向こう側から【名】を呼んだ。侍女たちがペリエヴァッテの食事を老人へ寄せると、高い椅子から従僕がひょいと持ち上げて降ろし、執事のような男がペリエヴァッテの腕を掴んで引き摺るようにそこへ連れて行った。歩幅が合わず文字通り引き摺られてだった。そして合わせて移動させられた椅子へ放り投げるように乗せられ、ペリエヴァッテはその男を睨んだ。


「カナルディオ、我が跡継ぎへ今後同様の対応をしてみろ。次はお前を捨てる」

「あぁ! 旦那様、それだけは……!」


 執事は慌てて()()()の膝へ擦り寄り、その靴へ顔を近づけた。()()()はそれを思いきり蹴り、執事、名をカナルディオという男は鼻血を吹きながら恍惚とした顔で床に転がった。侍女も従僕も顔色すら変えなかった。それらを見渡して気づいた、こんな食堂、あの家にあっただろうか。見たことのない侍女と従僕たちを見回し、首を傾げた。いつもお前はそれがお似合いだ、と重いスープを運ばされ、零せば床に顔を押し付けられた場所とは、壁も床も違う。ごとりとテーブルを叩く音がして、()()()を振り返った。


「ペリエヴァッテ、一度で覚えなさい。食事の前には祈りを捧げるのだ。豊穣の女神よ、今日の糧に感謝します。明日の糧をお恵みください」

「ほうじょうのめがみよ、きょうのかてにかんしゃします。あすのかてをおめぐみください」

「重畳、覚えはよい方だな。あの愚息のことだ、学びもまだであろう。勉強だ、文字の読み書きは?」


 なんのことかわからず、ふるりと首を振った。()()()は何度か頷き、鼻血を零している執事・カナルディオではない者へ声を掛けた。


「まずは礼儀作法から教えろ。飯の時に手掴みされてはかなわんからな。今日はもう仕方がない。飯の後、何ができて、何ができないか、確認を行え」

「承知いたしました」

「あぁ、旦那様、わたくしがやりますのに……」

「喜べ、お前は私とともに女の回収だ」


 執事・カナルディオは役割を与えられたことが嬉しいらしく、ワンッ、と鳴きそうな勢いで、はいっ、と言った。


「ペリエヴァッテ、食べなさい。今日だけはいつものように、今日を最後にするのだ」

「うん、わかった、ました」

「返事は、はい、わかりました、だ」

「はい、わかりました」


 ()()()は満足気に口元をニタリと笑わせ、ぐしゃりとペリエヴァッテの頭を撫でた。それが本当に嫌で振り払えば、()()()は大声で笑った。


「そういえば洗われるのも嫌がっていたな。頭は嫌か、そうか、そうか」


 肩を撫でられるのも気味が悪い。背中を撫でられるのもゾッとした。けれど、ペリエヴァッテは幼心に「こいつに従えば飯が食える」と理解し、それは振り払わないでおいた。()()()はそれもわかっているようだった。


 洗濯、炊事、食材の運び込み、食事を見せびらかされ、啜らされ、理由はわからず広い場所に連れ出されて痛い思いをさせられ、挙句どうして作業が終わっていないのだ、と叱られる生活ではなくなった。

 自分だけの部屋に少しずつ慣れてくれば嬉しくてたまらなかった。ブツブツとうるさい女と同室ではなく、自分で洗う必要のないシーツは心地よかった。針でも仕込まれているのではとつい疑い、手のひらでじっくりと検分をする癖は抜けなかったが、それが済みさえすれば頬ずりだってした。

 あの女の臭いがしないことが、こんなにも幸せだとは思わなかった。


 食事の作法を覚えるのは面倒だったが、覚えればうるさいことを言われずに黙々と食べることができた。今まで満腹を覚えたこともなかったので、出される量では足りず、ひと月が経った頃、ようやく足りないと言えた。()()()は老人と同じ量ではそうであろう、気の利かない奴らだ、と言い、侍女と従僕を怯えさせていた。次の日、そこに並ぶ顔ぶれは変わっていた。見慣れていた顔がどこに行ったのかと思うこともなかった。目の前に並ぶ食事以外に心底興味がなかった。


 勉強というものを詰め込みもされなかった。まずは食い、その痩せた体をどうにかしろ、と半年かけて食事を食べられるようになり、食べ過ぎることもなくなり、満腹というものを学んだ。食べられる時に食べておかなくてはという飢餓感は時折くるものの、厨房に行けば何かある、貰える、という安心感もあり、徐々に薄れていった。ある程度の量を食べられるようになってからは、ティータイムというものを設けられ、そこでも作法を学びながら食うことができたのは有難かった。


 家の中も自由に歩き回っていいと言われ、自室と、食堂と、そういう理由でまず厨房を覚えた。

 館は大きかった。裏口から中庭まで通ることができ、そこに作られた庭園は背丈が低く見渡しやすかった。ところどころに座るためのベンチが置かれているのは()()()のためだろうか。あれが年寄りと呼ばれる分類であることはペリエヴァッテにもわかっていた。

 庭師は丁寧にペリエヴァッテに頭を垂れ、ペリエヴァッテもそれに会釈を返した。今までは使用人と同じ立場だったのでそうした小さな動きでも礼を返さねば殴られていた。だが、ここでは違うらしい。ペリエヴァッテが会釈をしたことで庭師の男は地面に額を擦りつけるほど平伏し、許しを請うた。


「ペリエヴァッテ坊ちゃまは、ヴァーレクス家の()()()様のお孫様です。使用人に会釈などしてはなりません。瞬き一つ、もし許されるのであれば手を軽く上げ、仕事を続けることを許可していただけましたら、それだけで」


 そういうものなのか、と思った。礼をせねば殴られ、蹴られていた生活はなんだったのだろう。ここではそれがないとわかっただけましだった。


「ペリエヴァッテ、なぜ正面玄関を使わんのだ」


 ある日、()()()に食事の席で問われ、ペリエヴァッテは答えた。


「正面玄関は、お前は使うな、言われた」

「ほぅ? そう言われてきたのか。なるほど、なるほど。愚息の罪が増えていくなぁ」

「旦那様の子育てが失敗しているのですねぇ」

「カナルディオ、見ておれよ、ペリエヴァッテはよい手駒になる」


 うふふふ、と()()()が笑うので、ペリエヴァッテはわからないながらに少しだけ笑っておいた。笑うということがどうにもできず、口端がひくりと引き攣っただけではあるが、()()()はそれで満足するらしい。


「ペリエヴァッテ、正面玄関は私とお前のためにある。この館では我々二人しか使えんのだ、使わねば勿体ないぞ。返事は?」

「はい、わかりました」

「よろしい。飯も食うようになって背が伸びたな、カナルディオ、仕立てを」

「手配しております」


 いい年の男が猫なで声で()()()にそう言い、頭を寄せた。それを邪魔そうに()()()は押し退けたが執事・カナルディオはまるで気持ちいい行為をしたとでもいうかのようにうっとりと目をにやけさせ、それからシャキリとした。


「ペリエヴァッテ坊ちゃま、本日はお洋服を御仕立します。これからは二週間に一度、成長に合わせて変えていきますので、慣れてくださいね」


 それがどういうことなのか、どれほど面倒なことなのかを、ペリエヴァッテはその日、嫌というほど学んだ。


 まず台の上に立たされる。そこから紐を使って変な臭いのする男や香水臭い女があちこちを測っていく。肩から手首までの腕の長さ、肩幅、首回り、胴から腰、腹回り、足、それから布を当てて色を見て、カナルディオは何かの冊子を眺め、どれがよいですか、とペリエヴァッテに尋ねてきた。


「はい、わかりました」

「あぁ、あぁ、いいえ、ペリエヴァッテ坊ちゃま。こういう時はわがままを言っていいのですよ。あなた様が着るものです。どんな服がいいですか?」

「いま、着てる……」

「いいえぇ! だめでございます! そうですね、質問を変えましょう。どの服だったら着てみたいですか?」


 こちらへ、と食堂の時とは違い軽く背を押してソファへ促され、ペリエヴァッテはそこに腰掛けた。その前に執事・カナルディオが跪き、自身をテーブルとするかのように冊子を開いた。


「お好きなものを選ぶ練習でございます。着てみたいものをお選びください」


 色とりどりの絵が描いてあった。言葉はわからなくても、絵であればなんとなくどういうものかはわかる。あいつらが着ていたものは吐き気を感じた。ふりふりの襟、袖もひらひら、洗濯がし辛そう、捲りにくそう、とそういったものは嫌だった。理由はともあれ、それを聞いた執事・カナルディオは眉を顰めながら笑い、なんとも言い難い表情でペリエヴァッテに次のページを促した。

 そこはよかった。襟元もキュッと引き締まっていて、袖も長くなく、短くなく、ズボンのぴったり感は気になったが、前のページに比べればマシだった。何より、誰かに触れられる可能性を減らすことができる。


「伸縮性が気になるのですね? そこは衣服の素材を考慮すれば問題ないでしょう。よろしい、では、ペリエヴァッテ坊ちゃまの体躯で、そう、こどもが木登りしても動きやすいような素材で、まずは作ってもらいましょう」


 いいですね、と仕立て職人たちに執事・カナルディオが言い、そちらでは恭しく礼がされていた。持ってきていた布を並べられ、上着を選ばされ、そこで疲れてしまい、あとは合わせてもらうことにした。


 サンルームで甘いおやつと紅茶を出され、ひと息。ペリエヴァッテが疲れからソファでウトウトしていれば、()()()が来たらしい。


「ペリエヴァッテ、お前の母親を連れてきたが、会うかね」


 それは一応の問いかけであったのだろう。ペリエヴァッテは眠くて堪らず、面倒そうに答えた。


「どうでもいいです」


 うふふ、そうか、そうか、と()()()が笑う声が遠のいていく。ペリエヴァッテはそれ以降、母親に会うことはなかった。ペリエヴァッテもまた、会いたいと想うことはなかった。



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