300 ときめきの聖夜祭 26
月光に照らされた兄の表情は分からなかったものの、なぜかすごく寂しそうに見えた。
そのため、私は両手を広げると兄にぎゅっと抱き着く。
「お兄様、体が寒いと心も寒くなるんです。そうしたら、悲しい気持ちになります」
「だから、私が悲しい気持ちにならないよう、温めてくれるのか?」
兄が確認するように尋ねてきたため、その通りだと頷く。
「はい、そうです」
すると、兄は優しい声を出した。
「幼い頃の話をしたから、お前は幼子のような行動を取っているのかもしれないな。しかし、あまり私を甘やかすものではない。甘やかされることに味を占め、ずっとお前を手元に置きたがるかもしれないぞ」
兄の発言内容は問題ないように思われたため無言でいると、兄は私の手を掴んで兄の体から離させた。
それから、私を見下ろすと、綺麗な笑みを浮かべる。
「ルチアーナ、私は非常に記憶力がいい。お前と交わした言葉、お前が私にしてくれたことを全て覚えている。そうして、それらをいつだって正確に思い出すことができる。だから、お前が私から離れていったとしても寂しくはない」
いつものように、兄は思ったことを正直に言葉にしているのだろうけど、兄の言う状況はとても寂しいことに思えたので、返事ができずに黙り込む。
兄はそんな私を見て、ふっと笑った。
「ルチアーナ、優し過ぎることは弱点だ。もしも私が悪い男なら、お前に付け込むぞ」
「……お兄様が本当に悪い男性なら、そんな忠告はしませんわ」
至極当然のことを言い返すと、兄は笑い声を上げたけれど、その声はなぜか寂しそうに聞こえた。
「ははは、お前の指摘は優しさに溢れているな。……だから、私は悪い男になることができないのだ」
黙って見上げていると、兄は手を伸ばしてきて私の髪を撫でた。
「風でも吹いたか。すこし乱れている」
発する言葉を見つけられずに視線を彷徨わせると、兄の耳元のピアスが月光に照らされてきらりと輝くのが見えた。
「……お兄様のピアスが青紫色になっています」
兄がピアスをはめた数か月前は透明だったのに、いつの間にか兄の髪色と同じ青紫色になっている。
その美しい色合いを見ながら、私はピアスを贈られた時の兄の言葉を思い出した。
『この石は透明な色をしているが、身に付けていることで色が変化してくる。そうしたら、片方を私のものと交換してくれないか』
そうだわ。私は兄とピアスを交換する約束をしていたのだった。
そして、私がはめているピアスも私の髪色に変化したのだった。
ピアスを交換するいいタイミングだと思ったため、私の方から提案する。
「お兄様、ピアスの色が変わったので、交換してください」
「そうだな」
兄は素直に頷くと、左耳にはめていたピアスを外した。
それを見て、私も右耳にはめていたピアスを外し、持っていたハンカチで拭いて兄に渡す。
すると、兄はピアスを乗せた手を伸ばし、呪文を唱えた。
その途端、小さな水の渦巻きが現れ、2つのピアスを包み込む。
恐らく、水魔術で洗浄しているのだろう。
と思ったものの、水の中から出てきたピアスは作りたてのようにピカピカだったので、研磨まで兼ねていたようだ。
いつものことだけどお兄様の行動は私の想像の斜め上をいくわね。
そう感心しながらピアスを受け取ろうとしたところ、兄がピアスを包み込むように両手を重ねた。
何をする気かしらと黙って見ていると、兄は悪戯っぽい目で私を見てくる。
「今夜は聖夜だ。ちょっとばかり不思議なことが起こったとしてもおかしくはない」
どういう意味かしらと考えていると、兄は上に重ねていた方の手をずらし、もう一方の手のひらに乗せているピアスを見せた。
じっと見つめていると、2つのピアスはきらきらと輝き出し、すこしずつ形を変えていく。
「えっ?」
何が起こっているのか分からず、驚いて見つめていると、ピアスはまるで蕾のように少しずつ膨らんでいき、一枚、また一枚と開いていった。
花びらが開くごとに繊細な美しい色合いが表れ、目を離せなくなる。
気付いた時には、兄の手の中に美しく花開いた青紫色の撫子と紫色の撫子の花があった。
「えっ、ピアスが撫子の花になった?」
びっくりして青紫の撫子を手に取ってみたところ、それはひやりと冷たく、宝石特有の輝きを放っていた。
「花ではなく宝石?」
何が起こったのか分からず、思ったことをそのまま言葉にすると、兄がおかしそうに肯定する。
「物質の性質が変わることはない。だから、それは宝石のままだ。しかし、丸いままではつまらないだろうと、お前のために咲いてくれたようだな」
「ほ、宝石が咲くんですか?」
そんなことはあり得ないと思ったものの、手の中のピアスは明らかに撫子の形をしていたため、よく分からなくなる。
「お兄様、一体何をしたんですか?」
「うむ、宝石に水をやったのだ」
確かに兄は水魔術で作り出した水球でピアスを包み込んでいたけれど、あれは宝石を研磨していたのよね?
そもそも宝石に水をやってもどうしようもないわよね??
混乱する私の手からピアスを取った兄は、優しい手付きで私の耳に付けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
気恥ずかしい気持ちで、兄にお礼を言う。
お返しに私も同じことをすべきかしらと思ったものの、相手の耳にピアスを付けるのはとても親し気な行為に思われたため躊躇ってしまう。
その間に、兄は素早く自分で付けてしまった。
それから、何かを感じ取るかのように目を細める。
「……ルチアーナ、お前の魔力は温かいな」
「温かい?」
そんなことがあるものかしらと、兄に付けてもらったピアスを指で触ったけれど、宝石特有の冷たさを感じるだけで、ちっとも温かくはなかった。
「お兄様色のピアスは冷たいです」
正直に言うと、兄はおかしそうな笑い声を上げた。
「ははは、そうか。それは悪かった」
兄の機嫌がいいように見えたので、「ご機嫌ですね」と言うと、「その通りだ」と返される。
「ピアスの元になった魔石は、まだ何にも染まっていない生まれたての石だった。だから、最初に身に着けた者の魔力を吸収するのだが……お前はこれほど澄んでいて温かい。嬉しくならないわけがない」
何だか私自身が褒められているような気になり、頬を赤らめていると、兄は嬉しそうに目を細めて私を見てきた。
「何よりこれほど美しい撫子の花を咲かせたのだから、お前は我がダイアンサス侯爵家の一員だと自覚しているのだな」
「……そうですね」
相槌を打ちながら、どうしてお兄様は当たり前のことをこれほど喜んでいるのかしらと不思議に思う。
先ほど、私が離れていくという話をしたから寂しくなって、私が侯爵家の一員であると再確認できたことが嬉しいのかしら。
そう考えたけれど、私の推測は外れているような気がしたため、よく分からないわと顔をしかめる。
そんな私に、兄はにこりと微笑みかけた。
「ルチアーナ、先ほども言ったが、私は非常に記憶力がいい。だから……今夜のことを、何一つ忘れはしない。お前が私を温めようとしてくれたことも、お前のピアスが美しい撫子になり、私を温めてくれたことも」
兄はそこで言葉を止めたけれど、『だから、お前は好きなように恋をして、ダイアンサス侯爵家から出ていく自由がある』と続けられたような気になる。
胸がちくりと痛んだため、ぐっと服の上から押さえたところで、兄の耳元で私の髪色のピアスがきらりと輝くのが見えた。
月光を浴びたお兄様は壮絶に美しかったので、私の方こそこの光景をずっと覚えているわ……と思った途端、兄の背後の空に色とりどりの光が散らばった。
「えっ?」
驚いて見開く私の目に、どん! という大きな音とともに、夜空に広がる花火が映り込んだ。







