299 ときめきの聖夜祭 25
「私を一人で出迎えたかった?」
どういう意味かしらと聞き返すと、兄は当然の顔をして頷いた。
「聖夜は元々家族だけで過ごすものだ。場所が学園に移っただけで、お前は私と一緒にいてくれるものだと思っていたが、我が妹は友人たちと楽しむばかりで、真夜中近い時間になっても戻ってこない。残された聖夜の時間はわずかだから、せめてお前が私の相手をしてくれる間くらいは、2人きりで静かに過ごしたいと思ったのだ」
「そ、それは失礼しました」
そういえば、つい数か月前までのルチアーナは悪役令嬢真っ只中だったから、長い間、家族で聖夜を過ごしてこなかった。
お兄様と一緒に聖夜を過ごすのは幼い頃以来だから、お兄様はそのことを大切に扱おうとしてくれたのね。
それなのに、私ったら気付きもせずお友達と出歩いていたわと、申し訳ない気持ちになる。
無言で兄の隣に座ると、兄は雰囲気を変えるかのように明るい声を出した。
「ところで、なぜお前は一人なのだ? 各エリアを回っていたから、てっきり崇拝者を大勢連れてくるものだと思っていた。私はお前の崇拝者たちと一戦交えるつもりだったのに」
兄が悪戯っぽい表情を浮かべると、それに呼応するように、兄が魔術で作り上げた水が私たちの周りで跳ねる。
兄の好戦的な気分を反映するように次々と弾ける水球を見て、数日前、兄が口にしたセリフが頭に浮かんだ。
『お前の許可も出たことだし、聖夜祭ではお前を狙う男性陣と、正々堂々勝負することとしよう』
兄のことだから半分冗談なのだろうけど、残り半分は本気なのだろうなと思いながら、ごくりと唾を飲み込む。
それから、このエリアに誰も連れて来なくてよかったわと胸を撫でおろした。
「うふふ、私に崇拝者などいませんわ」
笑って誤魔化していると、兄が横目で私を見てきた。
「そうだろうか。お前は他エリアで、大勢の者との交流を楽しんだのだろう」
「えっ」
私はびっくりして兄を見つめた。
それから、今日会ったメンバーを思い浮かべる。
セリアとユーリア様、ダリルに加えて……グレッグとジーン、カール、ルイス、ジョシュア師団長にオーバン副館長、アレクシス、ジャンナとカレル、ラカーシュとエルネスト王太子……本当に多いわね。
けれど、それらのどの場面にも兄はいなかったから、大勢の人たちと交流したことを知るはずないわ。
そう不思議に思っていると、兄がにやりと笑った。
「彼らのうちの何人かは私を訪ねてきて、お前と交流したことを事後報告してくれたのだ」
「えっ」
サフィアお兄様への報告システム。
世の中にはそんなものがあったのねとびっくりしていると、兄が手を伸ばしてきて私の右手を取った。
それから、私の腕で輝くブレスレットを見つめる。
「私が贈ったブレスレットは変わりないようだな。だから、お前が交流した者の中に、不埒な輩は一人もいなかったということだ。さすがは紳士の集団だ」
そういえば、私のブレスレットを見て、色んな人が色んなことを言っていたのを思い出す。
『とんでもない魔道具だな』
『ダイアンサス侯爵家の男性はものすごく心配性なのね』
『非常に強力なブレスレットを身に付けているんですもの』
皆の言葉を頭の中で反芻しながら、このブレスレットには何かあるのかしらと首を傾げる。
「お兄様、このブレスレットには何か特別な効果があるんですか?」
兄はあっさり頷いた。
「お前の身に危険が迫った時、一度だけ強力な守護が発動し、あらゆる危険からお前を守るようになっている。それは物理的な攻撃のみならず、不埒な心でお前に近付く者がいた場合も同様だ」
物理攻撃だけでなく、不埒な心で近付く者をも排除するですって?
一体どんな仕組みにすれば、そんなことが可能になるのかしら。私に分かるのは、とんでもないということだけだわ。
「そ、そんなとんでもない魔術が付与されていたんですか? お、お兄様、高価な物であれば、事前に教えてください!」
恐ろしいものを見つめる眼差しでブレスレットに視線をやると、兄はしかつめらしい表情で頷いた。
「うむ、お前の意見は覚えておこう」
あ、これは聞き置くだけで、私の意見を受け入れる気はないわね。
そのことに気付いたものの、もう一つ主張したいことがあったため、そちらを優先する。
「あと、不埒者なんているはずありません! 皆さん、紳士じゃないですか」
「ルイス殿、ジョシュア師団長、ラカーシュ殿」
突然、兄が何かの呪文のように人の名前を呟き出したので、一体何かしらと首を傾げる。
すると、兄はそんな私を見て、おかしそうに微笑んだ。
「この3人の名前を聞いても共通項が浮かばないのであれば、本当に何も覚えていないようだな。そして、覚えていないお前に言っても仕方がない。この話は、お前が今日の出来事を思い出した後にすることにしよう」
「私が何を思い出すんですか?」
何も忘れていないはずよと思いながら聞き返すと、兄はとんでもないことを言ってきた。
「紳士たちと行った恋愛遊戯だ」
「お兄様!」
何てことを言うのかしらと咎めるように名前を呼ぶと、兄は片手で顔を覆い、疲れたような口調で続ける。
「ルチアーナ、この件では私もダメージを受けている。『しょせんは遊戯だ。だから、今夜のお前の行動は、恋人を見つけるための試し行動でしかない』と自分に言い聞かせたが、上手くいかなかった」
「……お兄様は、私を誰かに押しつけようとしているんですか?」
私が恋人を作ることを兄が推奨しているかと思ったけれど、そうではない気もしてきたため、どういうつもりなのか尋ねてみる。
すると、兄は優しい眼差しで見つめてきた。
「そんなことをするはずがない。しかし、私はお前が私のもとを去った場合の保険をかけようとしているのかもしれないな。私の代わりに、お前を守る者を確保しようとしているのだろう」
「どうして私がお兄様のもとを去ると思うんですか?」
私に恋人ができる兆候がこれっぽっちもないのに、兄は一体何を心配しているのかしら。
そう不思議に思っていると、兄は手を伸ばしてきて、私の頬に触れた。
兄が顔を傾けたので、兄の顔が陰になり表情が分からなくなる。
「ルチアーナ、私は幼い頃、お前に一つの魔法をかけた。その魔法がもうすぐ解ける頃合いだ」
兄は魔術ではなく魔法と言った。
しかし、魔法を使えるのは『世界樹の魔法使い』だけのため、兄が言っているのはおまじないの類だろう。
一体どんなおまじないをかけたのかしらと思ったけれど、兄が醸し出す雰囲気から聞いてはいけないような気になる。
そして、たとえ尋ねたとしても、兄はきっと答えてくれないだろう。
「その魔法が解けたら私はお兄様のもとを去ると、お兄様は思っているのですか?」
静寂の中、ぽつりと尋ねると、兄は寂しげな声を出す。
「ご令嬢は誰だって王子様を望むものだろう」
「お兄様だって王子様のようですよ」
兄を元気付けなければいけないような気になり、思わずそう言ったけれど、兄はしばらくの沈黙の後、諦めたような声を出した。
「私が王子でいられるのは、魔法が解けるまでの間だ」
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