295 ときめきの聖夜祭 21
「道など踏み外さなくても、私の気持ちは明らかだ」
疑問の余地などないとばかりに、ラカーシュはきっぱり言い切った。
けれど、私はそうかしらと首を傾げる。
私を得るために正しい手段しか取らないというのは、ラカーシュが抱いている私への想いが、理性で制御できるほどの感情でしかないということじゃないかしら。
そう考えてしゅんとした後、私はラカーシュをちらりと見る。
触れるのは手だけとラカーシュは言ったけれど、私に守る義理はないわよね。
ラカーシュと違って、私は正しい道だけを歩もうとは思わないもの。
そう考え、私は握り合った手を引っ張ると、ラカーシュの手の甲を私の頬に当てた。
「ルチアーナ嬢!」
驚きに目を見開くラカーシュを、私はじっと見上げる。
「私の頬は熱いでしょう。あなたを想って熱をもっているのよ。どうか冷ましてちょうだい」
ラカーシュは必死に歯を食いしばっていたけれど、負けないわと目を逸らさないでいると、根負けしたようにふっと力を抜いた。
やったわ、ラカーシュに勝ったわと微笑むと、彼が真剣な表情で見つめてきた。
一体どうしたのかしらと視線を逸らせないでいると、ラカーシュは顔を近付けてきて、彼の手が触れていない方の頬に自分の頬をくっつけた。
突然のことに驚き、目を丸くしていると、ラカーシュの低い声が耳元で響く。
「私の頬は熱いだろう。実のところ、私の頬は君よりもずっと熱をもっている。ルチアーナ嬢、むしろ私の方が、君に冷やしてほしいくらいだ。君への想いが体を喰い破りそうになっているのだから」
「ぜ、全然気づかなかったわ」
どうしよう。さすが完璧なラカーシュだわ。一瞬で形勢が逆転してしまったわ。
困って見上げると、ラカーシュはくっつけていた頬を離し、いつも通りの無表情で見返してきた。
「『歩く彫像』と呼ばれるくらいだから、表情管理は得意だからな」
それはそうかもしれないけれど、私としてはいつだって好意を示してほしいわ。
それに、熱いと思っていた私の頬より熱いなんて、ラカーシュが心配だわ。
眉尻を下げてラカーシュを見つめると、彼はもう一度顔を近付けてきて、至近距離で私を見下ろした。
それから、ラカーシュの気持ちがはっきり伝わるような優しい声を出す。
「ルチアーナ嬢、私はね、いついかなる時も君を想っている。けれど、それを見せたら君の重荷になるだろうから、出来得る限り見せないように努めているのだ。私が見て分かるほど感情を露わにしたら、それはよほどのことだと思ってくれ」
ラカーシュの言葉はとても情熱的だったので、私は頬を赤らめると、照れ隠しに彼の肩をつついた。
「最近はよく表情に出るようになったわ」
そう、麗しの完璧公爵令息様は最近、色々な表情を見せてくれるようになったのだ。
嬉しいわと思いながら事実を指摘すると、ラカーシュは深いため息をついた。
「それは私の忍耐力が弱まっているということだ。あるいは……君が許容してくれるようになったと感じて、表情が緩んでいるのかもしれない」
私が許容するようになった?
一体どういうことかしらと小首を傾げていると、ラカーシュがふっと小さく微笑んだ。
「ルチアーナ嬢、君は気付いていないかもしれないが、少しずつ私に心を許してくれている。だから、私は君が許してくれるペースで距離を縮めているのだ」
「き、気付かなかったわ」
いつの間にラカーシュはそんなことをしていたのかしら。
確かに彼と一緒にいる時間が増えたし、色んなことを話せるようになったけれど、それはラカーシュがこっそり距離を縮めていたからなのね。
驚きで目を丸くしていると、ラカーシュは苦笑した。
「気付かれたら君が逃げ出すかもしれないから、細心の注意を払って行動しているからね。私は慎重なんだ」
ラカーシュは慎重になる必要なんてないのに。
そう考えた私は、にこりと微笑むと、ラカーシュをそそのかそうと手を伸ばす。
けれど、その手はラカーシュに触れる前に、彼の手に掴まれた。
「ルチアーナ嬢、素敵な未来を見せてくれてありがとう。しかし、ここまでにしよう」
「えっ」
これからがお楽しみ本番じゃないのとびっくりしたけれど、ラカーシュは生真面目な表情で訴えてきた。
「この続きはぜひ、君が何にも惑わされることなく、まっすぐ私を見てくれた時にしたいからね。それに、正直いって私も限界だ……紳士であり続けることに」
だったら、私たちの考えは一致しているわと、はっきり宣言する。
「私だって限界よ。これまで淑女であり過ぎたわ。だから、私たちはもう少しお近付きになってもいいんじゃないかしら」
唇を尖らせて苦情を言うと、ラカーシュは真顔のまま質問してきた。
「そうであれば、一つお願いをしてもいいかな」
「ええ、いいわよ」
ラカーシュのお願いはどんなものかしらと興味を持って見上げると、彼は真顔のまま口を開いた。
「最後に私を褒めてくれないか。私は自らを称賛したいくらいの我慢強さを発揮しているのだから」
「……分かったわ」
本当はよく分かっていなかったけれど、完璧なラカーシュが私に褒められたいと望むなんて可愛らしいわ。
私はにこりと微笑みながら手を伸ばすと、彼の頭を撫でる。
「ラカーシュ様は我慢ができてとっても偉いわ」
ラカーシュは目を細め、気持ちよさそうにしていたけれど、私が撫で終わって手を引っ込めると、胸に染み入るような声を出した。
「君が私の名前を呼ぶたびに、私の中に幸福が溜まっていく。私が君と深く関われたという証だし、君が私のことを考えている証だから」
ラカーシュの言葉が胸に刺さり、どきりとしていると、ラカーシュは手袋の指先部分を咥えて引き抜き、そのまま手袋を外した。
それから、家紋付きの右手で私の頬に触れる。
「ルチアーナ嬢、君に約束しよう。魅了がとかれた君と、必ずこの続きをすると」
「え?」
驚く私の目に、ラカーシュのきらきらと輝く黒ダイヤのような瞳が映った。
いつだって静かな輝きを放つその瞳が、なぜか熱く燃えているように感じる。
「君は必ず私を好きになるよ」
ラカーシュの言葉は、まるで厳かな誓いであるかのように重々しく、静かな洞窟に響いたのだった。







