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第十九話

俺たちは総力を挙げて目標に向け邁進している。


まずは筑前を制圧すべく各地で動いている。その中で俺は、城を囲む味方の後方で後詰の陣中にいながら帰参を願い出る筑前諸将たちを引見しつつ、現状を整理していた。


大友と島津の目が日向に向いている隙に肥後を速攻で制圧。さらに日向北部に島津主力を釘付けにして薩摩と日向を窺うのだが、果たしてどうだろうか。

あの少し後に相良との繋ぎはとれたようで、こちらとの協調姿勢を示している。

薩摩にいる島津修理とは交信を続けており、彼を嫡流筋として擁立する予定だ。

大友は多数の勇将たちが耳川で討死しており弱体化は免れまい。

各地で影響力を減退させていることも事実として報告されている。

時期を鑑みても、まあ筑前と豊前、そして薩摩は切り取れそうだ。


その後、岩屋城が落ちたので、俺は宝満山城に的を絞り囲みに加わった。鍋島飛騨を軍奉行として戦略を練っているところなのだが、名将の守る堅城ってのはやはりとても難しい。これは立花山城にも言えることだが。


しばらく囲んでいると、七郎左衛門から博多を確保したとの連絡が入った。二男は出遅れたようだ。

また小河武蔵からも、大友の救援部隊と思わしき一団がいたので蹴散らしたとの報告がきていた。


そこで七郎左衛門には博多の警固を指示し、二男は海沿いに豊前国境へ向かう事。そして小河武蔵は引き続き留まり、警戒を続けるよう指示を出した。

松浦水軍には博多と近隣諸島の警戒を命じておき、壱岐へも渡るよう指示。

博多が落ちたので、対馬の宗へも使いを出しておくことにする。宗は元来少弐に属したり、追い出された当主を保護したりと少弐氏との縁が深いため、少弐一族で現在その嫡流となっている武藤筑前を送り込み、従属か否かを迫らせることにした。武藤筑前には否の場合もどうもしないと伝えるように言っていたが、むしろ不気味がられて従属を申し出てきた。

遠いし面倒だったとは言えないな。


博多を制したこと、大友の援軍を蹴散らしたことを両城将にも伝えたが、降伏を受け入れることはなかった。城将・城兵全て安全を保障するとも伝えたが、それでも首を縦に振ることはなかった。

こちら側では数に物を言わせて押し潰すべきとの声も聴かれる。

最終手段はそれしかないのだが、悩むところだ。四の五の言ってられなくなる前にやってしまうか。などと小競り合いをしつつも囲み続けていると、大友にも縁の深い秋月が仲介を申し出てきた。


秋月は豊後ほか各地における大友の窮状を伝え、忠義の先は云々…と高橋を説いた。その結果、先に伝えた城将城兵全員の身の安全を保障するということを、誓詞で頂けるならば受け入れると高橋は言ってきた。早速俺は重臣連中と誓詞を作成、酒肴を持たせて城へ入った。


停戦したとはいえ、いきなり大将が敵城に入って来ると高橋らは驚いた様子だったが、正史で伝え聞く人柄と、今までの高橋の行動から問題はないだろうし、むしろ懐に飛び入った方が彼の心に響くものもあるのではないかと思い、そしてそれは間違いなかったようだ。

宝満山城は開城し、立花山城にも同様の条件での説得を高橋に依頼し、それは遂げられた。


両城は開城し、俺は両将及び希望する将兵を豊後まで護送するよう命じた。

その十日後、大友の当主が自ら軍勢を率いて筑前との国境までやってきたが、彼らを引き渡すことで手打ちとし、大友の当主ともども豊後へ帰っていった。


こうして俺たちは筑前を制圧。

大友は宇佐郡を除き、豊前からも手を引いたので、ついに毛利と直接矛を交えることとなった。


宇佐郡は大友一族で重臣の田原氏が領有

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