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種と不死者と少女の物語  作者: 狸森
1章 神種の運び手
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58話「操る者」

「いやあぁぁぁ!! サンディさん! シェルさん!」


互いを剣で突き刺した2人がゆっくりと倒れていくのを見ながら、春は悲痛な叫びを上げる。

震える足を踏ん張って2人へ駆け出そうとした春の肩に、タイガーの大きな手が被さる。


「――待って、ハルちゃん。 大丈夫だから。」

「大丈夫って・・・! あんなにいっぱい血が出てるのに! サンディさんだってシェルさんが! このままじゃ・・・このままじゃ!」

「ハルちゃん落ち着いて。 ――ほら、見なさい。」

「落ち着いてなんかいられる訳! ――――――えっ?」


タイガーが指差した血だまりに倒れるシェルに目を向けた春は、それまでの動揺も忘れて固まった。


止めどなく流れていた血液が、赤い霧となって漂い始めていた。

それは溜まっていた床からも、サンディの服に染み込んでいたものも、春の頬に付いていたものも、すべてが霧状になり、少しの間を置いて逆再生の様にシェルの胸に開いた傷へと戻っていく。

同時にシェルの心臓に刺さっていた剣も、ずりずりと音を立てながら少しずつ抜けていき、終いにはカランと音を立てて床に落ちた。

その音と共に目を開けたシェルはサンディに刺していた聖剣セレスを引き抜き、彼女をそっと寝かせる。

聖剣セレスに刺されたサンディにも、胸どころか衣服にも傷が付いておらず、その常識外の光景に春はただ口をぱくぱくさせていた。


「――な・・・な・・・んな・・・」

「ね? 大丈夫だったでしょう?」


そう言って春の肩をぽんっと叩いたタイガーは、寝かせられたサンディの容態を見る為に膝を突いた。


「――『解呪』はしたが、あまり良くはないな。」

「そうね。 これはナンネ婆に診てもらいたい感じだけど・・・。 リエラとナンネ婆はまだ来てないのかしら?」


そう言ってタイガーは辺りを見渡す。

だが、時間的に先に突入してきていてもおかしくないリエラとナンネの姿はどこにもない。


「それに、空間そのものもかなり不安定の様だ。 見ろ――」


禍津碑マガツヒの置かれた台座へ向けて、シェルが顎をしゃくって視線を促す。

見れば先程までは近くにあった台座が、今は20メルテ程も離れていた。


「あれ? さっきまでそこに・・・」

「俺達の意識が外れた瞬間に、空間が膨張したんだ。 恐らく近寄る程に遠くなる。 この手の現象は、ヴィヒデッドの奴と何度か対峙した時に経験した。」

「そいつって、『狂信』の・・・」

「ああ。 だが奴は此処には居ない。 大方、禍津碑マガツヒを護る為に真似てみたんだろ?」


シェルの言葉に応える様に、ホールの隅から手を叩く音が聞こえる。


「――ご名答じゃよ。 流石は《不死者ノスフェラトゥ》のシェル、と言った所かの?」

「――! あなたは・・・!」


パチパチと手を叩きながら現れたのは、春も見覚えがある老人。

それどころか話を交わし、給仕もした者だ。


「――レジィ君のお爺さん?」

「そうじゃよ。 孫が世話になりましたの。 《神種の運び手》のお嬢ちゃん。」


現れた花茄子の森集落の長老はそう言って、にやぁ、と粘り付く様な笑いを浮かべた。


「――なぜ、それを・・・」

「ヒッヒッヒ。 当然知っておるわい。 儂の目的そのものじゃからのぉ。」


皺だらけの顔に、赤い三日月の様な口がガパリと開く。


「お前を殺して《精霊の種》を手に入れる! その為に600年以上も待ったのだ! この『器』も限界が近かったのだが、まさか候補に入れていた者達と共に来てくれるとはな!」

「――器・・・候補?」

「そうだ! たかだか100年も生きられない人の身体では、我が目的を果たすなど夢のまた夢! だから乗り換えるのだよ。 若々しく、力強い身体へとな!」


手を大袈裟に広げて歪んだ嗤いを浮かべる長老。

何を言っているのか理解できずに茫然とする春と異様な老人に怯えるリーヤを隠す様に、シェルとタイガーが前に立つ。


「――それで、そんな事だけの為にこんな騒ぎを起こした訳じゃないんでしょ? ご老人。 いいえ――」

「――《冒涜》のラプラス。」


その名を聞いてハッと顔を上げた春に、長老――《冒涜》のラプラスはにやにやと笑いを粘つかせる。


「お爺さんが・・・《冒涜》のラプラス?」

「そうじゃよ。 尤も、この身体は繋ぎで手に入れた器じゃからの。 寂れた集落のクソつまらん長老など、演技とは言え退屈じゃったわい。 ――まあ、儂の正体に気付きかけていた息子夫婦に瘴毒の実験を施した時は、少しは楽しめたがのぉ。」


クックックと含み笑いをするラプラスの言葉に、レジィの両親が病死していた事を思い出す。


「あなたが・・・レジィ君のお父さんとお母さんを・・・?」

「中々に見ものじゃったぞ? 瘴気毒ヴェノム中毒でヒューヒューと息を詰まらせながら首を掻き毟る様など、今思い出しても笑えるわい。 昔、このリムリオで作った毒薬を使ったが、中々他人に使う機会が巡ってこなかったのでな。 当時、自分の器で試してみたが、甘美な苦痛であったよ。」


さらに続けられた言葉に、今度はタイガーとリーヤが反応を示す。


「――リムリオで作った毒薬?・・・」

「まさか・・・『青の屋敷』の持ち主って・・・」

「なんじゃ。 まだあの屋敷は残っておったのか。 地下に瘴気溜まりを作ってな、それを使って色々と実験させて貰ったわい。 都市ほど負の情念が集まりやすい所はないからのぉ。」


ラプラスの返答に、タイガーとリーヤの顔色がみるみる変わっていく。

可愛い姪に病をもたらした場所。

自分の不注意で病に罹り、家族に心配と悲しみをもたらした場所。

その『青の屋敷』で不法な実験を繰り返し、リーヤが病に罹る原因となった瘴気溜まりを作った人物こそが、目の前で醜く嗤う老人だった。


静かに嫌悪感を募らせる3人をよそに、シェルは無表情のまま剣を構えて問い掛ける。


「――リエラとナンネを何処へやった?」


ラプラスは一つ鼻で笑うと、何かを奏でる様に宙に指を絡ませた。

その怪しい仕草を合図に現れたのは、骨の十字架に磔にされたリエラとナンネ。

そして仮面を被った黒い・・服の少女だった。


「リエラさん! ナンネさん!」

「――そいつは・・・なるほど。 その指の動き、お前は『傀儡使いパペットマスター』か。」

「その通り。」

「そしてその娘達は、《死体人形ネクロドール》か。 通りでなんの攻撃も通らない訳だ。」

「ククク・・・、儂の最高傑作じゃよ。」 


ラプラスはそう言うと、再び指を動かす。

と、春達が入ってきた通路から轟音が鳴り響き、先程シェルが相手をしていた白い少女が現れる。

彼女は一足飛びにラプラスの傍らへやってくると、黒い少女と共に跪いた。


「このリエラと言う娘も中々に働いてくれたわい。 花茄子森の調査依頼を出しに行った時に受付をしていたこの娘に《筋書きプロット》を仕込んで置いたが、大筋の流れ通りには動いてくれたわ。 ――本人には全く判らなかっただろうがの。」

「《筋書きプロット》・・・思考誘導か。」


シェルの答えに口元を釣り上げて嗤ったラプラスは、まるで舞台役者の様な大仰な仕草で両腕を広げた。


「――そして今また、お前達も儂の思惑通りに動いてくれた! その嫌悪! 憎しみ! 滾る感情!」


シェルはふと、黒山羊森で出会ったハラトを思い出した。

あの時も自分を試す《憤怒ラース》を掛けるために精神的な揺さぶりを――


「――拙い!」

「――もう遅い!」


ラプラスの口から魔句スペルが唱えられる前に防ごうと、シェルは聖剣セレスを突き出す。

が、横に控えていた仮面の少女達が《略奪者プリュンデラー》で弾き返す。



「――《暴食グラトニー》」



その言葉が紡がれると同時に、じゃが君とポテちゃんが春の前に飛び出した。


「ご主人様!」「マスター危ない!」


閃光――


「きゃあぁ!」

「ぐっ!」

「ぬおぉぉ!」

「あーっ!」


目が眩んだ4人は声を上げた。


神々の雫ネクタードロップ》の効果ですぐさま視力が回復した春が見たものは、


「――――え?」


聖剣セレスで防御の構えを取り、何とかラプラスの魔法を抵抗レジストしたシェル。

為す術もなくまともに魔法を食らって倒れ込むタイガーとリーヤ。

そして――


「――じゃが君?・・・ポテちゃん?・・・」


春の足元に転がる、2つのジョガー芋。



「カカカ・・・クカカカカカカカ!!!」


ラプラスの楽し気な笑い声だけが部屋に響いていた。




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