59話「嘆く者」
――リムリオ南門前
未だ禍地から湧き出して魔物は少し前から急に勢いを増し、腐死竜によって開けられた城壁の穴へと殺到していた。
既に門は閉じられ、もっとも禍地の浸食が進んだ外からの侵入はその一カ所のみになってはいるのだが、いかんせんリムリオ内部も禍地化が始まっている為、前線に出れない低ランクの冒険者や従者、それと農夫が総出で街中に現れる魔物の掃討を行っていた。
「――魔術師は一旦下がれ! 衛士隊は前線を押し上げつつ負傷者の退路を確保! 」
広場中央で声を張り上げて指示を飛ばしているのは、タイガーらによって救出されたライオネルだ。
左腕と右足を失い、包帯でぐるぐる巻きにされた姿だが医師や看護師の制止も振り切ってここに立っている。
もっとも戦闘など出来る状態ではないのは本人も良く解っているため、こうやって指示と檄を飛ばしているのだ。
そんな満身創痍のライオネルを見て弱音を吐ける者など此処にはいない。
震える膝を一発殴り、レジィは石畳の隙間から湧き出した魔素体へと剣を突き立てた。
「――オマエ、根性アルナ! 気ニ入ッタゾ!」
「オルグのオッサンもすげーじゃん! あとで俺の訓練に付き合ってくれよ!」
背中合わせになったレジィとオルグは言葉を交わし、囲む様に湧き出した化け物共を薙ぎ払う。
不意に、辺りの景色の色が変わった。
それは柔らかく建物の色を変えていき、輪郭を浮き上がらせる。
「夜明け?・・・」
そう言ったレジィが違和感を感じて振り返る。
その先はリムリオの中央部――春達が向かったリングホールだ。
「――なんだあれ・・・」
そこには、青く淡い光を発しながらざわざわと天に伸びていく巨大な樹が、リングホールの屋根を突き破って生えていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
時間は少し遡る――
「――じゃが君・・・ポテちゃん・・・」
力無く膝を突き、動かなくなった二つのジョガー芋を抱きかかえる春。
「ハル! しっかりしろ! おいタイガー! 動けないのか!?」
「――ごめん・・・これはヤバいわ・・・魔力と気を・・・ごっそり持っていかれたわ」
「――わたしもです・・・ハルさん・・・しっかりしてください・・・ハルさん・・・」
春の様子を見たリーヤは、自分たちの状態と様子が違う事に気付いた。
うわ言の様に樹精霊達の名前を繰り返し、目も虚ろで光を映し出していない。
「――我が『暴食』は、形無きすべてを喰らう。 魔力も、気も、精霊も、そして精神もな!」
「・・・精神だと?」
「そう、我が生き人形にするには人の意志など邪魔じゃからのぉ。 ほれ、こんな風に。」
そう言って見えない糸を操り指を交錯させると、物陰から行方知れずだった青年団の面々が現れる。
だがその様子は春と同じように虚ろな目でゆらゆらと揺れているだけ。
「ちっ」
気配もなく現れた一団に、行動不能となった春達を守ろうと前に出るシェル。
だが相手の数は青年団のみではなく、青白い顔をしたすでに死んでいる者、歪に形成された手足をずるように近づいてくる者など数百体は現れてきた。
にやりと嗤ったラプラスは指を動かし、二人の仮面の少女をシェルへと差し向ける。
言葉を交わす暇もなく防戦一方のシェルはじりじりと包囲網を狭められていった。
――くっこのままでは・・・
そう頭によぎった瞬間、リーヤに向けて手を伸ばしていた生き人形が突如燃え出した。
『我が巫女に触るな!』
具現化したふぁーちゃん――火龍がリーヤを護る様にその威容を現していた。
「ほう、なんと。 主の魔力と触媒無しでも具現化できるとは。 さすが龍魂と言った所かの。 じゃが、お主の聖なる炎ではわが人形は止まらぬよ。」
ラプラスの言葉通り、ふぁーちゃんが燃やした生き人形はその身を焼く炎を気にする事も無くリーヤへと迫っていた。
咄嗟に尾を振るって吹き飛ばしたが、自分の聖炎が効かない事に困惑するふぁーちゃんは動きを止める。
『なぜだ! 先程の死霊もそうであったが、なぜ我が聖なる炎が効かぬ?!』
「そんなもの、決まっておろう? 死霊共も我が人形達も、聖なる属性を持っているからじゃよ」
『なんだと?! 馬鹿な! それは禁忌の呪法だぞ!!』
嗤う道化師の様にがぱりと口を開いたラプラスは手を開いたまま天を仰ぎ、生き人形達へと一斉攻撃の指示の体勢を取る。
「それこそが我が《冒涜》の力! すべてを反転させる! 聖も邪も! 善も悪も! そして生と死も! 『反転』こそが我が目的そのものよ!」
そう言ってラプラスは、傍らに佇む二人の少女の頬を愛おし気に撫でる。
「過去にプレト村で聖女セレスが見せたあの《骨人の奇跡》こそ我が目的に繋がる道標! 我が目的の為の実験として《腐死使役術》を使ったが、あのような手段でそれを覆すとは思ってもみなかった! 儂の脳には光が刺したよ!」
少女を撫でていた手を振りかざし、指を怪しく蠢かす。
途端、数百人の生き人形達がシェル達へと速度を速めて動き出した。
「・・・そうか、プレト村のあれはお前が・・・セレスの養い親を死なせたのも・・・《フェンリル》のみんなを死なせたのも・・・お前がっ!!」
シェルの怒りに呼応するように、聖剣セレスもまた明滅を繰り返す。
怒気を膨らませるシェルを嘲笑うように口を歪めたラプラスは、最後の支持を出す指の形を天に向けて突き出し、振り降ろそうと――
「――あーあ、なんか飽きちゃったね。 カイ」
「――そうだねぇ。 お人形ごっこも飽きちゃったね、ベル」
ラプラスの腕は振り降ろされることはなかった。
「かっ! がふっ!」
両脇の少女が手に持っていた《強奪者》が、ラプラスの体内で交差するように脇腹から突き刺さっていた。
「がはっ! な・・・なぜ・・・儂はお前たちを・・・」
ベルと呼ばれた白い少女が、仮面の中でクスリと笑う。
「私達が死んだと思っていた? 操っていると思っていた? 生き返らせようとしてた? だったら笑っちゃうね、カイ」
「そうだね、僕達は元から死んでもいるし、生きてもいたんだから、笑っちゃうね、ベル」
そう言ってもう一本の《強奪者》をくるりと回し、ラプラスの両腕を斬り飛ばした。
「ぎゃあああああぁぁあぁああぁあ!!!!」
数々の命を弄んできた男が、その痛みに叫ぶ。
「何故だ! 何故! 儂はお前たちをまっとうに生きさせたかった! それなのに! この仕打ちはなぜだぁぁぁ!!!」
「そんなの決まってるじゃない。 ねっ、カイっ」
「そうそう、そんなの決まってる。 僕等はそんな事望んでなかったのにさ。 それにさ、笑っちゃうね。 僕等が与えた《冒涜》と《暴食》を使いこなせているつもりになってた哀れな男っ。 本当、見てて滑稽だったよ」
嘆きと、絶望と、諦念と、全てを悟ったラプラスの絶叫は、白い少女と黒い少女の嘲笑と共にホールに響いていた。




