56話「略奪する者」
「《――慈しみ麗しき者よ! その大いなる根を持って不浄の理を覆い尽くせ!》」
《精霊の贈り物》を高々と掲げて魔句を唱えた春の足元で、ポテちゃんが《魂祓いの串》を同じ様に掲げる。
それに呼応した聖樹の根が肉壁の隙間を押し広げて現れ、漂う瘴気を中和しながら《獄》と成った通路を覆って行った。
春の精霊魔法の結合術を初めて見た3人は、すっかり浄化されきった通路に目を丸くして唖然としている。
それ程に春の精霊魔法は強力で異質だったのだ。
「・・・うん。 鞄の事とかも含めて、もう何と言ったら良いか判らないわね。」
「植物をここまで操る術も聞いた事がないし、それにこれは聖樹だろ? 一体どうなってんだ?」
「ハルさん・・・すごい。」
三者三様の感想に、きょとんとする春。
今まで自分が見てきたのが攻撃魔法や戦技に偏っている為、系統が違いすぎる自分の精霊魔法との比較が出来ないでいるのだ。
そんな春に苦笑するシェルとタイガーに、頬を赤らめて目を輝かせるリーヤ。
「まあそれはともかく・・・先を急ぐか。 終着点も近そうだしな。」
シェルの言葉に頷き、浄化された通路を再び駆け出す。
魔力経路の魔石を置きながら3つ角を曲がった所で、何かに気付いたシェルが腕を横にして一同を静止させた。
「――何か、居るぞ。」
目を細めて暗い通路の先を見つめるシェル。
タイガーも何かに気付いた様子で、鋼の手甲を装着した拳をギリギリと握り締めて戦闘態勢を取る。
その様子に春もまた、リーヤを背に隠して《精霊の贈り物》を握り直した。
ひた。
くすっ
ひた。
くすくすっ
ひた。
くすくすくすくすくすくすくすくすっ
「――っ!」
通路の向こう、暗闇から現れたのは、仮面を被った少女。
流れるような金髪に白いフリルのワンピース。
そして二本の赤黒い湾曲した刀剣――ショーテルを両手にだらんと持っている。
嗤う道化師の仮面で素顔は見れないが、一見すると10歳ぐらいの少女に見える。
その仮面の嗤いと同じ様に延々と薄く嗤い声をあげながら、ゆっくりとこちらへ歩いて来ていた。
「――う・・・あ・・・」
余りにもホラー的な出来事に、今まで恐怖を我慢していた春の心を一気に塗りつぶされて喘ぐ事しか出来ない。
それでも背中から伝わるリーヤの体温に気付き、なんとか持ちこたえる。
「油断するなよ。 今までの奴とは違うぞ。」
右手に持ったままの聖剣セレスに加え、腰に差してあった精霊銀の剣を左手で抜きながら二刀の構えをしたシェルは、一同に注意を促す。
タイガーもまた気を練り、迎撃態勢を整えていた。
「あの剣・・・まさか――」
「――ねぇ。」
仮面の少女が持つ赤黒いショーテルに見覚えがあったシェルだったが、その声に問い掛けが被せられる。
「――奪っても、いいよね?」
その言葉と同時に一気に踏み込んだ少女がシェルに肉薄して、交差したショーテルで斬りかかる。
突如始まった攻撃に辛うじて左手の剣でいなしたシェルは、聖剣セレスを少女に突き入れるが虚しく空を切る。
右側の壁と天井を足場にして逆さに飛んだ少女は、今度はタイガーに向けて刃を向ける。
剣の腹を手甲で滑らせていなしたタイガーは、腕を振り降ろす反動を利用して直上へと蹴りを放つ、が、くるりと回転した少女は再び天井を蹴って真下に回避する。
自分に背を向けて着地した少女の首を狙って横薙ぎに精霊銀の剣を振るったシェルだったが、まるでそれが見えているかのように横跳びに躱され、逆に足を狙ったショーテルがハサミの様に刈り取りに掛かる。
あわや足を斬り落される寸前で、無詠唱の風の魔法が収束して少女を襲い、弾き飛ばした。
「何をしている! 奥に向かって走れ!」
何が起きているのかも把握できずに杖を構えたまま立ちつくしていた春だったが、シェルの檄を合図に通路の奥へと走り出した。
「タイガー! 春とリーヤに付いていけ! お前じゃ相性が悪い!」
「貴方一人で大丈夫なの?!」
「――っく! 『呪剣』持ちだ! 俺が抑えている内に奥に向かえ!」
「『呪剣』!? 判った! 気を付けなさいよ!」
走りながらシェルが投げて寄越したテレホンをキャッチすると、タイガーもまた通路の奥へと走り出した。
威嚇するようにショーテルをくるくると回す仮面の少女へ、二刀を広げた構えで通さずの意志を示すシェル。
「さっきの魔法のダメージも無しか。 その剣、たしか《略奪者》、だったか。 まさかまだ残ってたなんてな。」
シェルの言葉に応える様に再びくすくすと笑い始めた少女は、ぱしっと回転していた《略奪者》を逆手に持ち替えると、低い姿勢で走り出す。
浄化された通路を、金属同士の戟音だけが響いていた。
「――エチゼンヤ! リエラに通信を繋いで!」
『はいな! ちょっと待っとって!』
シェルから受け取ったテレホンで、すぐさまタイガーは別ルートのリエラに通信を繋げる様にエチゼンヤに指示を飛ばした。
先に行った春達を追いながらリエラに繋がるのを待っていたタイガーだったが、やがて聞こえてきたのは走る靴音と金属音。
直ぐに異常を察したタイガーは、テレホンに向かって叫ぶ。
「リエラ! そっちでも何か起きてるの?!」
『――っ! タイガー叔父様!? こちらは今戦闘中で――っく! 仮面を被った少女が――』
そこまで聞いたタイガーは、更に声量を上げて叫んだ。
「リエラァ! そいつの剣は『呪剣』よ! 絶対に斬られないで!」
『判っています! ナンネさんが少し斬られて・・・この! 魔力と気を少し奪われました!』
「奪った?!」
『これは――《略奪者》です!』
仮面の少女が持っていたショーテルの銘を聞き、シェルがタイガーを先に行かせた理由に思い至った。
《略奪者》
斬った相手の魔力と気を奪い、自らの物とする呪われた剣。
五災禍戦争時に大量に作られ、連合軍を苦しめる一因になった魔法剣だ。
だが、『呪剣』と言われるまでに至った原因はその能力ではなく、際限無く奪った魔力と気を使用者に溜め込んで暴走させ、周囲を巻き込んで死に至らしめるという欠陥品とも言える仕様だった。
『――リエラと替わったよ。』
「ナンネ婆! 大丈夫なの?」
『あたしは何とか平気さ。 ハルちゃんから貰った神薬のお蔭さね。 それよりも丁度良かった。 ――目的地に着いたよ。』
その言葉にはっとしたタイガーが前方を見ると、春とリーヤが禍々しい意匠の扉の前に立っているのが見えた。
「こっちも着いたみたい。 エチゼンヤ! 聞いてる?!」
『ほいさ! いつでも《開錠》出来まっせ!』
扉の前まで来たタイガーは、春とリーヤを護る様に来た道を振り返って構える。
「タイガーさん! ここからどうすればいいですか?!」
春の問い掛けに応える様に、タイガーが持ったテレホンからナンネの声が響く。
『ハルちゃん、そこに居るのかい?』
「ナンネさん? はいっ! 今、なんか怖い扉の前に居ますっ!」
ナンネに応えながら、春は今一度扉を見る。
真っ黒な扉。
だがその表面はぶよぶよと波打ち、時折苦し気な人の顔が浮かんでは消える。
取っ手の部分には黒い髑髏が口を開けて嵌めこまれており、その昏い眼孔からはなぜか視線を感じる気さえする。
まるで死肉で作られた様なその扉は、見て居るだけで怖気と吐き気を催す酷い物だった。
『これからこの扉に浄化を施すよ。 だが、タイミングを合わせて同時にやらないと、エチゼンヤの《開錠》を弾くからね。 注意しなよ。』
「は、はいっ!」
『いいかい、術を待機状態まで持っていくよ。 合図したらリーヤ、あんたがカウントを取りな。』
「わたしが?・・・――判りました!」
春はリーヤと頷き合うと、両肩に樹精霊達を乗せて《精霊の贈り物》を構え、目を閉じて集中をした。
『《リィン ニス リィルン アーリィン――》』
「《聖なる樹よ。 我、種の王の名に於いて願う――》」
リムリオリングホールに現出した禍いの迷宮、曼荼羅。
その最後の扉を開く2人の詠唱が、今、始まった。




