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種と不死者と少女の物語  作者: 狸森
1章 神種の運び手
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54話「魔素体とフィリアの奮闘」

ギシ・・・ギシリ・・・


少しずつ強まる廊下からの圧力に、扉は掛けられたかんぬきごと曲がっていく。

昼間に春が施した聖樹の力のお蔭か、普通ならとっくに破られていてもおかしくない魔物の圧力になんとか抗っているのだが、それでも少しずつ扉がたわみが大きくなっていく。


「――大丈夫。きっと助けは来るから・・・」


瘴気毒ヴェノム》に冒されてこの部屋で治療を受けていた人数が約50人。

そこへ曼荼羅となったリングホールの各所からなんとか逃げ込んできた人員がおよそ120人ほど。

その大半が自衛手段を持たない避難民やギルド職員であった。


当初は避難をしてくる人々の為に扉は解放してあったのだが、扉前にバリケードを張って防衛をしていたフィリア達でも対処しきれない魔物の出現で、やむなく部屋に立て籠もる事になったのだ。

戦闘をしながらもなんとかたどり着いた冒険者や避難民の中には怪我人も相当数居る。

皆、疲労と不安の色を顔に貼り付けて、外から歪む扉から目を離せずにいた。


「くそっ! 一か八か外に出て・・・」

「駄目よ、今は堪えて。防壁の魔法も張ってあるし、何よりハルちゃんの魔法がまだ効いているからね。簡単には入ってこれない筈よ。――それにあの魔物は流石に私でも相手できないわ。」


過去、フィリアは『魔術師ウィザード』としてライオネルやタイガーと共に冒険者をしていた。

主に魔法で攻撃の中核を担うクラスなのだが、猪突猛進なライオネルと戦いに没頭しやすいタイガーの補佐をするために治療や防壁の魔法を扱う施療術師ヒーラーの免許も持ってたりする。


「――それがまさかここで役に立つなんてね・・・」


徐々に強まる扉への圧力に対抗する為に、さらに防壁の魔法を重ねる。

すでに扉は禍地の浸食を受けて、素手で触るだけで瘴気毒ヴェノムに冒される程の黒い瘴気を発し始めていた。


しかし先の廊下での戦いにおいて、フィリアの魔力マナは枯渇寸前だった。


魔素体ブロブ


今なお廊下を埋め尽くして扉へ圧力を強めている魔物の通称だ。


見た目は不定形の『魔粘菌スライム』に酷似しているが、毒々しい赤紫色をしていて瘴気を放っている。

通常の魔粘菌スライムは実は茸の一種で、煮て食べて良し、焼いて食べて良し、売ってもそれなりの値段と言う駆け出しの冒険者の格好の獲物である。

しかし魔素体ブロブは、似た見た目にではあるもののその成り立ちからして全くの別物なのだ。


その正体は、召喚術で呼び出された際に受肉をする為の栄養――特に魔力マナ不足で形態を固定させられなかった高位・・の魔物だ。

その為、本来の形へと戻るために貪欲に周囲の生物を取り込み魔力マナを摂取しようとする。


魔力を吸収する性質から魔法は一切効かず、不定形の体には物理攻撃も効き目が薄い。


廊下を埋め尽くす魔素体ブロブの質量からすると、一体どれほどの力を持った魔物なのかとフィリアの背中には怖気が走る。

下手をすると、『魔王級』の魔物が現出しようとしたのかもしれなかった。



ビキッ


乾いた音を立てて扉の取っ手に差し込んであったかんぬきにヒビが入る。


「くっ・・・。戦える者は前に出て! そのほかの人はなるべく後ろへ!」


魔力マナ枯渇の頭痛で朦朧としながらも、フィリアは支持を出す。

扉越しでもじわじわと魔力マナを吸われ、もうあと数秒も防壁の魔法を張っていられないのだ。


「諦めない・・・。 私はあのライオネルの妻だもの・・・。 絶対に諦めない――」


フィリアの脳裏によぎる、夫と子供たち。

その姿を思い出し、萎えかけている心を奮い立たせる。


「私は絶対に・・・あの人を看取ってから死ぬんだから・・・だから、ここで死ぬ訳にはいかないのよ!」


フィリアは最後の魔力マナを振り絞り、絶叫する。


そして――


バギン!


ついにかんぬきが折れた。





「《――リィンルヤ スィーン リィン ニス ヤム イズン ヲ フォルーヤ ウル》」


静かな詠唱の声と共に、こじ開けた扉の隙間からフィリアに伸ばそうとしていた魔素体ブロブの触手がぼろぼろと崩れた。


「――え?」

「――続いて、《ウォリ スル ムゥラ フォルーヤ スィーン リィン ニス》」


更に繋いだ詠唱は、浄化魔法で弱体化した魔素体ブロブへと迫る2人へと魔力経路マナラインを繋ぎ、聖なる力をその身に与える。


浄化魔法と聖属性魔法の複合付与魔法『聖騎士パラディン』。


ナンネ・ブルームフィールドの代名詞でもあるこの魔法は、魔素体ブロブへと斬りかかるリエラとエンリケに瘴気すら斬り裂く聖なる浄化の力を与えた。


「せあぁぁぁ!」

「おぅらぁぁぁ!」


2人が粘性の体を斬り裂く度に、瘴気を撒き散らして苦しむ様に蠢く。


やがてその身の奥から露出した《コア》にリエラが剣を突き入れると、ぼろぼろと崩れながら声無き絶叫を上げて消え去った。




「助かったわ・・・リエラ、エンリケ君。 それにナンネさんも有難う御座います。」

「なぁに、礼は良いよ。 それよりもあんた、大丈夫かい? 魔力マナ切れを起こしかけてるじゃないか。」

「お母様、無茶し過ぎです。」


魔素体ブロブの消滅と救援の到着に沸く大部屋の中で、リエラ達とフィリアは無事を確認しあっていた。

ふと何かに気付いたようにリエラが周りをきょろきょろと見渡す。


「――リーヤは? 一緒じゃないのですか?」

「ごめんなさい・・・。一度は助けに向かったのだけれど、ホールの構造自体が変わり過ぎていて辿りつけなかったの・・・」

「そう・・・ですか。」


行方不明のリーヤを想って、2人は暗い顔で沈みこむ。


「あの人は来ているの?」

「お父様は・・・来れません。 タイガー叔父様からは無事だと聞いていますが、重傷で直ぐには動けないと・・・」

「重傷?! あの人が?! なんで!?」

「・・・暴蛇ウムガルナ、です。」


それを聞いたフィリアは、何かを悟ったように薄らと笑った。

まるでその戦いの結果が判った様に、安堵の目をリエラに向ける。


「お父様が、勝ちました。」


フィリアの予感を確信に変えるべく、リエラはその結果を伝えた。

それを聞いたフィリアは涙を流しながら何度も頷き、ゆっくりとリエラを抱き締めて「よかった・・・よかった・・・」と何度も呟く。


と、リエラの腰に付けていたテレホンから呼び出しアラームが鳴り響いた。

ここまで引いてきた魔力経路マナラインを通してシェルが連絡を入れて来たのだ。


「はい、こちらリエラ。」

『リエラか。 取り敢えず報告だ。 こちらでリーヤを保護した。 だが、今から連れて戻る訳にもいかないので、このまま奥へと進むが良いか?』

「リーヤは無事なのですか?!」

『ああ、大丈夫だ。 ちょっと疲れ切っているようだが、今ハルが例の神薬エリクサーを与えた所だ。』


リーヤの無事を伝えるシェルからの通信に、リエラとフィリアはホッと胸を撫で下ろす。


『しかし驚いたぞ。 リーヤが精霊使い・・・それも火龍の巫女になっているなんてな。』

「――は?」


続けて告げられた報告に、ぽかん、と口を開けて絶句する二人。


『亜精霊状態の火龍と共に、魔物を薙ぎ倒しながら脱出を図っていたらしい。 さすがあいつライオネルの娘と言うかなんと言うか・・・取り敢えず報告は以上だ。』

「はい・・・判りました。 こちらもお母様を含めた避難民の方々を保護しましたので、対処が終わり次第また奥へと進みます。」

『了解。』


通信を切ったリエラは、微妙な顔をしたままフィリアへと向き直る。

リーヤが精霊使い――それも《火龍の巫女》。

なぜそうなったのか、原因は良く解る。


「あれ・・・ですよね?」

「あれね・・・」


2人の脳裏に浮かんだのは、ライオネルが病床のリーヤへと贈った真紅の繭の霊石コクーンだ。

ドラゴンから譲り受けて来たと聞いていたが、まさかそれが《龍の宝玉ドラゴンオーブ》。

しかも《火龍の巫女》と言う事は、その契約をする為の物だったのだ。


「・・・あのライオネルには、一度ちゃんと話し合いをするべきでしょうねぇ。」

「お母様・・・目が笑っていません。」

「貴方もね。」


引き攣った笑いを浮かべる美女二人に、エンリケを含めた周りの人々は冷や汗を掻きながら後退るのだった。



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