52話『作戦会議と春の鞄』
「ごめんね、ハルちゃん。先に来たのに全然進展していなくて・・・」
「そんな事ないですよっ。それにあそこに残ったお蔭でシェルさんとも合流できましたし。」
「シェルさんも大変だったみたいですね・・・。依頼の事といい、《聖剣召喚》を使っている事といい・・・」
「そんな事はいい。――それよりも、二つのパーティーによる曼荼羅の同時侵入・・・か。」
「サブシステムで空間縮小の作業をしていたら解りましたんや。曼荼羅の構成パターンが、過去にワイの故郷『東宮』で発生したものとかなり似てましてん。恐らく二箇所の侵入口から魔力経路を中心部に向かって繋ぎ、始点地から『開錠』を施す事で核のある中枢への侵入が可能になるはずですわ。」
リングホールのロビーで合流した春とシェル、そしてリエラとエチゼンヤは現在の情報の照らし合わせを行っていた。
避難民の殆どは万が一に備えて地下施設へと避難させ、今4人が居るロビーで忙しく動き回っているのはギルド関係者だけだ。
「それで、どういう構成で組むんだ?禍津碑とやらが通常の浄化石を使えるなら話は別だが、そんな甘い物じゃないだろう?」
「まず正面の入口からは、シェルはんとハルはんに入ってもらいます。曲がり角ごとに魔力経路確保用の魔石を設置してもらう手間がありますが、そこはハルはんの精霊さんに手伝ってもらう方向で考えてもらいますぅ。浄化魔法もハルはん使えますしな。」
「もう一つの班は?」
「まずリエラはんでんな。それと――」
「――あたしも行くよ。」
声がした方を振り向くと、紫色のローブを羽織った老婆が立っていた。
神事と薬師ギルドの長、ナンネ・ブルームフィールドだ。
「ナンネ婆さんも行くのか?大丈夫か?」
「あたしより年上のジジイに言われたくないね。それに今は人選にあれこれ言っている場合じゃないだろう?今はこの老骨に鞭打ってでも動く時さ。」
「ナンネはん以上の浄化魔法の使い手もおらんもんで、ご苦労かけますぅ。」
エチゼンヤの部下が用意した椅子に腰かけたナンネは、春を一目見ると、ふむ、と頷いた。
厳しい目つきでしばし見つめていたナンネだったが、ふと目元を和らげて春へと声を掛ける。
「ふぅむ、あんたがハルちゃんかい。」
「は、はい。そうです。」
「なるほどなるほど。こりゃあ中々良い逸材だね。あたしの若い頃にそっくりだよ。」
「それはちょっと盛り過ぎでんな――ぐほぁ!」
余計な事を口走ったエチゼンヤに、ナンネの杖が飛ぶ。
みぞおちを突かれてもんぐり打ったエチゼンヤは、崩れる様に地面に頭をつけてぷるぷると震えていた。
的確に急所を狙う辺り、容赦のない老婆である。
「さて五月蠅いのも黙ったし、話を進めようかね。」
「・・・その五月蠅いのから説明を受けていたんだが。」
「こいつが話すと回りくどいからね。それよりも、こんな人数で突入する気なのかい?」
春と契約をしている樹精霊達を抜いても4人。
それも二組に分かれての行動だ。
エチゼンヤも居るが、彼は魔力経路の中継役としてロビーの残ると言う事らしい。
「すんまへんなぁ。ほんまならワテも付いて行きたい所なんやけど、魔力経路を繋いだ後の曼荼羅中枢への『開錠』は多分ワテしか使えまへんのや。二組の進行状況もモニターしますんで勘弁しておくんなまし。」
「あんたの部下の中に突入班に組みこめそうな奴は居ないのかい?」
「居る事は居るんですが今別件で動いてましてん、すぐには此処へ来れまへんなぁ。」
丸眼鏡をくいっくいっと動かしながら、どうしたものかと考えるエチゼンヤ。
ナンネの懸念通り、Sランクの冒険者が2人居るとは言え曼荼羅を攻略するには心もとない。
リムリオの存亡がかかっている為ほんの少しでも不安材料は減らして置きたいのだが、刻一刻と迫るタイムリミットがある以上、準備に時間をかけている訳にもいかない。
「仕方ない、このメンバーで行くしかないな。」
「そうですね。ナンネさん行きましょう――」
「――ちょっと待ったぁ!」
待ったをかける男の声に振り返ると、
「んもぅ!私達を置いて行く気?!」
「エンリケ!タイガー!」
入口から現れたのは、南門への増援に置いてきたエンリケとタイガーだった。
ずかずかと大股で歩いてくるエンリケと、くねくねと腰をくねらせながら歩いてくるタイガーに、若干春の顔が引き攣る。
「大丈夫だハル。こいつらは仲間だ。」
春の様子に苦笑いを浮かべたシェルだったが、取り敢えずエンリケとタイガーに向き直る。
《聖剣召喚》により若返っているシェルと春を見たタイガーは、「あらん?」と眉を潜めてくねくねとした動作のまま近寄ってきた。
その様子にビクッとした春は、サッとシェルの後ろに隠れる。
「あら~?ちょっと怯えさせちゃったかしら?」
「まぁ、普通はそうだろうな。――ハル、こいつは大丈夫だからそんなにびくつかなくてもいいぞ?」
「はっはひ・・・」
とは言え、筋肉隆々の巨体でアフロ頭のオカマなど地球でも滅多に見ない珍種だ。
比較的人懐こい春であっても、初めて見る風貌のタイガーには気後れしてしまっていた。
だがそれも、タイガーが差し出した物を見るまでの話だった。
「はい、これ。ハルちゃんのでしょ?」
「――! これ!」
差し出されたのは紺色のスクールバッグ。
人気キャラクター「野良エ門」のマスコットがぶら下がったそれは、黒山羊森で無くしたと思っていた春の鞄だった。
「よかったぁぁぁ~!ありがとうございます!」
「どういたしまして。もう無くしちゃだめよん?」
笑顔でタイガーから鞄を受け取った春は、早速中身の確認を始める。
暫くごそごそと鞄の中を探っていた春が取り出したのは、『ネクタードロップ』と書かれた手の平より少し大きめの缶。
その蓋を開けて傾けた後にトントンッと揺すると、ころり、と転がり落ちて来たのは鮮やかな桃色の飴玉。
それを満面の笑みで口へ放り込んだ春は、「んん~~っ!」と声を上げて久しぶりの地球の味を堪能していた。
「あら?美味しそうねぇ。」
「あ、タイガーさんも一つどうぞっ!」
と、口の中で飴玉をころころと転がしながら、先程の様にタイガーの手の平へトントンッと飴玉を落とすと、今度は緑色の飴玉が出てきた。
それを口に入れたタイガーは、「あら美味しい」と呟いた後、「んん???」と眉を潜めた。
「――ハルちゃん・・・これ」
「どうかしました?」
何とも言えない表情になっているタイガーに首を傾げていると、その背後から違った雰囲気を纏った空気が流れ込んできたのを感じ、そちらに目を移した。
そこでは、
「――リエラ。また無茶をしたんだろう?」
「ごめんなさい・・・。」
「でも無事で良かった。ほら、これを飲め。」
「これって、ジラフ工房のマナポーションじゃない。高かったでしょう?」
「お前の為なら良いんだ。」
「エンリケさん・・・」
「リエラ・・・」
口の中で転がしている飴玉よりも甘い空間が出来上がっていた。
「うわぁ・・・」
「あ~あの二人?いつもの事だから気にしないほうがいいわよ?」
タイガーに促されて頬を染めたまま頷いた春だったが、ある事に気付いて「あれ?」と目を擦り始めた。
「どうしたの?」
「あ、いえ・・・。エンリケさん、何も無い所から物を出してたなーと・・・」
「ああ、『魔法の鞄』の事?」
「『魔法の鞄』?」
初めて聞く名称に春が聞き返すと、一つ頷いたタイガーはエンリケの腰にぶら下がっているポーチを指差した。
「ほら、あれがエンリケの『魔法の鞄』。ちょっと触れて魔力を通すだけで、中に入れている物を取り出せるの。内容量は所持者の魔力で変動するけど、エンリケの場合だとギルドホールの面積分は入るって言ってたかしら。」
「ふわぁ~!すごい!」
感心する春の様子に、再び「んん???」と訝し気な表情をするタイガー。
そんなタイガーの様子に気づいた春は、首を傾げて訊ねてみた。
「タイガーさん、どうかしたんですか?」
「えーと、ハルちゃん。貴女も持ってるじゃない。」
「――? 何をですか?」
「『魔法の鞄』」
「え?」
タイガーが指差したのは、春のスクールバッグ。
差された指と自分の鞄を交互に見た春は、「え~?まさかぁ」と言いながらも不安を覚え始める。
間違っても自分の鞄にそんな便利機能は付いてなかった筈だと試しに軽く触れて念じてみると、ふわり、と目の前にジョイフルのメニューチラシが現れた。
「そっそんな筈は・・・」
と呻いた春の脳裏に浮かんだのは、セレスから聞いた《月代五十鈴媛命》の話。
『今《種》を持っている春ちゃんには、《種》自体の加護と媛様からの餞別で受けた幾つかの加護ぐらいしか無いのよね。』
思い出したその話と、目の前の『魔法の鞄』化したスクールバッグという現物に、唖然とする春。
さらに追い打ちをかけるように、識眼でその鞄を見ていたじゃが君から衝撃の言葉が飛び出る。
「マスター、マスター。この鞄、『魔法の鞄』じゃなくて、《精霊の巣》と言う『神宝具』のようです。」
「へっ?」
「あと、先程口に含まれていた飴玉ですが、《神々の雫》と言う『神薬』の一種のようです。《神々の雫》が入っていた缶も、時間経過でそれを生成する『神宝具』になっていますね。」
「・・・そう言えばおかしいと思っていたのよ。口に含んでから体力と魔力がみるみる回復してるから・・・」
「他にも色々と入っているようですが、全部確認しますか?」
自分の私物が、『神宝具』やら『神薬』やらに変えられていたという事実に、ただ茫然自失して立ちつくす春。
取り敢えず自分をこの世界に送った神に逢う事があったら文句を言おうと、固く心に決めた春であった。




