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種と不死者と少女の物語  作者: 狸森
1章 神種の運び手
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51話「瘴気の回廊とリーヤ」

「お姉ちゃん?」


ふと姉リエラの呼ぶ声が聞こえた気がして、リーヤはベッドから身体を起こした。


「なんだろ・・・変な感じ。」


窓の外を見れば赤黒い闇が広がり、月明かりも、それに照らされた町並みも全く見えない。

それどころか違和感を含んだ空気だけが、病室に重くねっとりと漂っていた。


「これ・・・瘴気?」


自分が寝た切りになった原因を思い出して、リーヤはベッドの上で身震いする。


父や母の教えからなのか、それとも鬼族としての本能なのか。

リーヤは枕元に置いてあった《龍の宝玉ドラゴンオーブ》を首にかけたミーフのぬいぐるみを抱き寄せると、震える足を床に落とした。


「――此処に居たらきっとダメ・・・。助けを呼ばないと・・・」


昼間飲んだしょうが湯の効果なのか、いつもなら慢性的な咳による疲労感と重苦しい胸の異物感で動けなかったのだが、今日は嘘のように体が軽い。

とは言え寝た切り状態がずっと続いていたため、久しぶりに立ち上がったリーヤは軽い眩暈と体力の低下による足のふらつきがある。


だがそれを踏まえても、一刻も早くこの場から立ち去らねばならない。

リーヤの脳内ではけたたましく警鐘が鳴り響いていた。


それを後押しするように、ミーフのぬいぐるみにかけた《龍の宝玉ドラゴンオーブ》が2度、3度と明滅する。


「――うん、そうだね。ふぁーちゃんが居るからきっと大丈夫。」


そう言ってリーヤは病室のドアを開けた。


ふぁーちゃんと呼んだぬいぐるみを抱き締め、これから迫りくる困難からの脱出の一歩を踏み出したのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――



数年前、リーヤは近所の子供達と共にリムリオ北区の廃屋へと遊びに来ていた。


400年ほど前に貴族が建てたというその屋敷は、数十年前に最後の住人が病死してからは誰の手に渡る事も無く朽ちていく外観を晒していた。

建てた当初は白磁のように白かった壁も風雨に当てられて変色し、至る所が崩れている。

窓ガラスはすべて割れ、青い屋根には大きな穴が開いてとても人が住めるような状態ではなかった。


だがなぜかその廃墟には鳥も虫も動物も寄り付かない。


樹木は年数経過で大きく育ってはいるが曲がりくねり、草花はまばらにしか生えていない。


近隣の住人からは、『青の屋敷』と呼ばれあまり近寄る者は居なかった。


だが、大人たちがなぜか恐れるその場所も、子供達にとっては格好の遊び場でもあった。

広い庭でかけっこをし、崩れてきてはいるが頑丈な屋敷の中ではかくれんぼをし、大きく曲がりくねった樹は木登りをするには最適な形をしていた。


その日、リーヤ達は屋敷の中に入りかくれんぼをしていた。


「ブラウン君みっけ!」

「だあぁぁ!リーヤは見つけるのはえーよ!」


わずか5分で全員見つけた鬼役のリーヤは、役割を交代して隠れる為に走り出す。


「いーち!にーい!さーん!――」


鬼役のカウントの声が響く中、リーヤはかねてより目を付けていた場所へと走る。


そこは、鉄の扉で仕切られた地下倉庫だった。

以前は錆び付いて開かなかったのだが、前回来た時にその扉が開かれているのを見つけたのだ。

瓦礫が引っかかり全部は開けられていないが、子供一人ならなんとか入れるぐらいには隙間が開いている。


何の疑いもなくリーヤはその隙間に体を滑り込ませた。


「――もーいーかい!?」

「もーいーよ!」


地下倉庫の暗闇に入り切る直前に聞こえた鬼役の声に、リーヤは答える。

そうして闇の中に入ったリーヤだったが、直後思いもよらない事が起きる。


ビシッ


倉庫に足を踏み入れた途端、リーヤが踏み込んだ足の裏から亀裂が走った。


「――えっ?」


ビシッ・・・ビシッ・・・


その亀裂は床全体に広がっていき――


バシャン!


「きゃあぁぁぁ!」


割れた床と共に、リーヤは更なる闇の中へと落ちて行った。




どのぐらい時間が経っただろうか。

落ちた穴の底でリーヤは目を覚ました。

意識は覚醒したのだが、あまりの暗さに未だ目を瞑っているような錯覚を覚える。

鬼族の身体の丈夫さもあって、落ちた際に怪我などはしていないのだが、ねばつくような闇に体が溶けてしまいそうな感覚さえある。

ふと見上げると鉄扉の隙間から光が漏れているのが見えた。

その光に安心感を覚えたリーヤは、助けを呼ぼうと声をあげた。


はずだった。


「――!――!――――!!」


声は出している。

だが、自分の耳にさえ声が届かない。

まるで闇が、自分の声を喰っている様に。

あまりの異常さに届かない叫びを上げながらリーヤの瞳からは涙が溢れる。


怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


やがてその闇は、リーヤに沁み込むようにその濃度を上げた。

声に出来ない叫びを上げるリーヤは、ただただ涙を流しながら絶望をした。


が、その時――


「リィィィヤアァァァァ!!!」


自分を呼ぶ声と共に、見上げていた鉄の扉が粉砕された。


そこから現れた大男――ライオネルは、穴の底のリーヤを見つけると戸惑いも無く飛び込み、瘴気を吸い込んで痙攣を起こすリーヤを抱きかかえて脱出したのだった。




後から聞いた話だが、地下からの轟音を聞いた子供たちは直ぐに大人を呼びに路上へと飛び出したのだそうだ。

そこへ、リーヤを迎えに来たライオネルが現れ、事情を聞くな否やすぐさま屋敷の中へと飛び込んだらしい。

あと少し助けるのが遅ければ、リーヤは『瘴気毒ヴェノム』によって命を落としていた。


だが――


「――『瘴気浸食反応症』、じゃな・・・」


駆けこんだアンドルフ医院で受けた診察結果は、聞き慣れない病名だった。


「なんだそれは?・・・」

「体内の魔力マナオドが、瘴気の浸食に対して過剰に反応する病気じゃ。常人なら即死しかねない程の濃度の瘴気毒ヴェノムに対して、鬼族の強靭な肉体が抵抗力を上げた結果じゃろうな。今後リーヤお嬢ちゃんは僅かな瘴気に対しても咳込んで嘔吐を繰り返し、慢性的に倦怠感を訴えるようになるじゃろうな。」

「それは・・・治るのか?」

「難しいのう・・・」


眼鏡を外して眉間を押しながら、アンドルフ先生は完治の困難を告げたのだった。



その後の調査で、『青の屋敷』の地下には高濃度の『瘴気毒ヴェノム』が溜まっている事がわかった。

病死した前の住人が、瘴気を研究する魔術師だったらしい。

地中の瘴気を貯め込んで『瘴気毒ヴェノム』へと変える魔方陣を仕込み、それを研究材料として使っていたのだ。

無論これは違法行為であり、近隣の住人はおろか魔術師に縁を持つ者達も誰一人知らない事であった。

そして皮肉な事に、その魔術師の罹った病気も『瘴気浸食反応症』だった。


『青の屋敷』は、ナンネ・ブルームフィールドの浄化を受けた後取り壊されたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――



「――ふぁーちゃん、どう?何か居る?」


リーヤは二手に分かれた廊下の手前で立ち止まり、ミーフのぬいぐるみ――否、《龍の宝玉ドラゴンオーブ》へと問いかける。


『右へ向かえば大丈夫だ。』

「ありがとう。じゃ、行くよ。」


自分にしか聞こえない声に礼を言うと、小走りに右へ。

薄らと赤い空気の中を、数年ぶりに歩いた少女は一目散に走る。


『拙い!リーヤ!止まれ!』

「えっ!?」


龍の宝玉ドラゴンオーブ》からの声に、ぺちぺちと素足で走っていたリーヤが止まる。

見れば前方の空間が歪み、何かが蠢きながら出現しようとしていた。


「ひっ!」

『我が巫女よ、恐れるな。あの程度ならば我が力で燃やして見せよう。』


その声と共に、ミーフのぬいぐるみにかけられた《龍の宝玉ドラゴンオーブ》が赤く輝いた。


瞬間


歪んだ空間から現出しようとしていた魔物が発火し、軋む様な声を上げながら消し炭となった。


「ふぁーちゃん凄い!」

『さあ、我が《火龍の巫女》リーヤよ。しょうが湯とやらの効果があるうちに、先を急ごう。』

「うん!」


頷いて再び駆け出したリーヤの背後には、薄らと赤い龍が彼女を護る様に浮かんでいた。



お久ぶりです。

まだちょっと安定していないですが、書き上がった分を投稿させてもらいますっ

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