50話「暴虐の王と霊獣契約」
15話からの続きのエピソードにもなりますので、一度見返してもらえるとわかりやすいかもしれません?
「ハルは精霊使いになったんだな。」
後ろから付いてくる春に歩調に合わせて立ち止まったシェルは、一緒に付いてくる樹精霊達を見つめてシェルが呟く。
「はい。じゃが君とポテちゃんって言います。」
「・・・なるほどな。」
春のネーミングに少し苦笑しながら、再び歩き出す。
未だ危機が去ったとは言えないリムリオの街中を、春が精霊使いになった経緯を聞きながらシェルは周囲の警戒を怠らずに足早に歩く。
実際ここに来るまでに2度程、禍地から湧き出した魔物に襲われ撃退していた。
「――そういえば、シェルさんは森の調査に行ったって聞いていましたけど、何かあったんですか?」
シェルが黒山羊森へ向かってから約一週間。
半日ほどで行ける森での調査にしては時間がかかりすぎている上に、リエラの話では開戦前に連絡を取ろうとした所、まったくテレホンが通じなかったと言う。
日々に振り回されていたとは言え、春は常にシェルの安否を心配していたのだ。
「どこから話せばいいか・・・。そうだな、取り敢えずハルが現れた場所には行った。そこでハルの持ち物らしき鞄は見つけたんだが・・・」
「わたしのカバンあったんですか?!」
「ああ。今は一緒に行ったタイガーと言う奴が預かってるから、色々終わったら受け取りに行くと良い。」
「そうしますっ!――あぁ~よかった~・・・」
無くしたと思っていた鞄が発見された事を聞き、春は安堵の溜息を突く。
あの中には財布や教科書、そしてポテチやパッキーなどの菓子類も入っていた筈だ。
久しく食べていない現世のお菓子の味が思い出され、自然と春の頬が緩む。
「・・・もしかして食い物でも入ってたのか?」
「――はっ!」
にやけながら立ち止まり、鞄に入っていたお菓子の数々をうっとりと思い浮かべていた春を、シェルのツッコミが現実に引き戻す。
表情を見て食い物と判断するあたり、シェルも春の思考が読める様になってきていた。
「そ、それはそうと、その後は何をしてたんですか?」
「・・・ハラトと言う人物に遭っていた。」
振り向かずに放たれたその名に、春の足が止まる。
「・・・ハラトって。」
セレスが《精神世界》で語った協力者の名前。
ハラトの名がシェルの口から出た事に、春は驚きを隠せなかった。
「――その話、詳しく聞かせて貰っても良いですか?」
振り返ったシェルは頷き、ゆっくりと語り出した。
ハラトに遭遇し、我を失ったシェルが攻撃を加えた事。
その攻撃は一切効かず、逆に精神攻撃を受けて錯乱したシェルをタイガーが殴り飛ばした事。
そして――
――――――――――――――――――――――――――――――
「――僕は《創造者》ですよ。」
そう言ったハラトは、口の端を上げて嗤った。
聞いたことも無いその単語に、不吉な予感を感じたタイガーとエンリケは身構える。
だが周囲には、さらに召喚――否、創り出された赤化魔猟犬が大量に湧き、2人の周囲を唸り声を上げて囲んでいた。
「怯えなくても大丈夫ですよ。さっきも言った通り、僕に戦うつもりは全くありませんから。」
「――なら、なぜ俺達の前に現れたんだ?」
木立の間から、鼻を押さえたシェルが現れる。
タイガーの奥義をまともに顔面に受けたシェルは、鼻の奥に溜まっていた血を、ふんっ、と地面に飛ばす。
まだ頭はくらくらするが、先程ハラトから《憤怒》を受けていた時よりはずっと頭がすっきりしている。
「あら?まだ寝てても良いのに。」
「こんな時に寝ていられるか。――取り敢えずタイガーには後で言いたい事があるから覚えておけよ。」
「はいはい。」
軽くやり取りをしつつも、その目は警戒を緩めずにハラトを見据える。
挨拶をしにきただけとは言っていたが、明らかに何かを試されているのが判るのだ。
「さすがに判っちゃいました?」
「そもそも、敵意そのものが無いからな。さっきの《憤怒》も試しついでの遊びと言ったところだろ。」
「ご名答。」
そう言ってハラトが手を挙げると、赤化魔猟犬達は威嚇を解いて地に伏せる。
「で、本来の目的はなんなんだ?」
エンリケが《魔刀イヅナ》を鞘に納めながらハラトに訊ねる。
「そうですね。かいつまんで話すと、僕はかの聖女とある約束をしてまして。」
「・・・セレスと?」
セレスとハラトに接点があったなど初めて聞いたシェルは、訝しげに眉を潜める。
「彼女は、あのくそったれな《陰》の呪縛を解いてくれたんですよ。まあ、そのお礼として貴方がたに力を貸せって言われましてね。」
「・・・どういう事だ?」
「忌々しい事に、彼女の聖骸はシェルさん、今貴方に宿っていますね。――それじゃ魂は何処へ行ったんでしょう?」
問い掛けを弄ぶ様に、要領を得ない言葉を繋げていくハラト。
だが、言わんとしている事はシェルには判る。
「・・・ハルか?」
「そう言う事です。どうやらヴィヒデットの馬鹿の能力で開いた『次元の穴』によって、セレスの魂が《種》ごとその娘の住んでいる異世界に飛ばされたらしくて、向こうの神に手伝ってもらって神樹界に戻る算段を色々と付けてたんですよ。」
「それをお前はどうやって知った?」
シェルの問いに薄く笑ったハラトは、両手で自らの頭を掴む。
その動作の真意が判らないシェル達を尻目に、みちみちと音を立てて自らの頭を引き抜いた。
「――なっ!」
頭を失った首からは血潮が吹き出し、みるみる地面を赤く染めていく。
だが、ハラトは何もなかったかのようにその頭を首に繋げて元に戻した。
見れば地面を濡らしていた血も、その痕跡を残さずに消えている。
「――とまあ、こんな感じで。僕も今は魂だけの存在なんですよ。実体化だけはしていますけどね。」
驚愕を張り付けたシェル達の顔を満足げに見たハラトは、
「僕の本体は此処。」
と地面を指差した。
「この森の云われは聞いていますよね?」
「森の形が山羊に見えるとか、太古の魔獣が封印されてるとかだったな。」
「その魔獣が僕ですよ。」
事もなげにそう言い放ったハラトを、3人は唖然として見つめる。
「――お前、魔族じゃないのか!?」
「これは仮の姿ですよ。さすがに本体のままではうろつけませんからねえ。――それでまあ、魂だけの存在同士なもので、なんとか連絡をつけれたんですよ。」
意味が判ったような判らないような表情をする3人に、悪戯っ子の様な笑顔を向けるハラト。
「《暴虐の魔獣王ハラト》。そう呼ばれていましたが、《陰》に浸食される前は、僕は『霊獣』だったんですよ。僕の《創造者》の力は霊獣だった頃の名残です。」
「お前が霊獣?・・・」
「元々魔獣と呼ばれる者達は、霊獣の眷属が《陰》に浸食されて生まれた者ですからね。この魔猟犬達も、僕の眷属に変成術を施して生み出した者です。他の地域の魔獣も、変異した霊獣を中心に発生している筈ですよ。」
「・・・確かに、その土地の主になっていた魔獣を倒したら、一気に沈静化したって話はよく聞くわね。」
タイガーが納得したように頷く。
「それで、色々と突っ込みを入れたい話ばかりだったが、用件はそれだけじゃないんだろう?ただ事情を話すだけで終わるような奴にも見えないしな。」
威嚇を混ぜ込んだ言葉でエンリケが訊ねる。
それを涼しげに流し、嬉しそうにハラトは口を開いた。
「皆さんには僕の手足となって動いて貰いたいんですよ。此処に封じられている手前、大っぴらに動けないのでね。」
「・・・なんだと?」
ハラトの不遜な言葉に、怒気を込めて聞き返す。
「あ~、ちょっと言い方が拙かったかな。セレスにも怒られたんですよね。もう少し言葉を選べって。」
セレスの名を聞いたシェルは、眉をぴくりと動かす。
一応大人しく聞いて居るものの、不信感しか覚えないハラトの口からはセレスの名を出して欲しくないのだ。
苛立ち始めたシェルを一瞥する事もなく、ハラトのおしゃべりは続く。
「本当はシェルさんだけを下僕として使いたかったのですが、僕に敵意しか向けない彼に渡しても面白くないので・・・そうだ、貴方達にも渡そう!そうしよう!」
「言ってる意味が判らなくなってきたわ・・・」
一人芝居の様にうろうろしながら自分で結論を出してはしゃいでいるハラトを見て、タイガーは深い溜息を突いた。
「よし、決めました。貴方がた3人に《霊獣契約》を施します。上手く有効活用してくださいね。」
「・・・はぁ?」
「なぁに、ちょっと2~3日昏倒すると思いますが、命に別状はありません。安心してください。」
「ちょっちょっとまて!」
嬉々として謎の魔方陣を描き始めたハラトを止めるべく3人は掴みかかるが、見えない壁に阻まれて届かない。
「あ、おまけで《魔獣使役術》も使える様にしてあげますよ!魔猟犬達を置いていきますので上手く使ってあげてください。」
「なにぃ!まてまてまて!何を勝手に――!」
瞬間、光に包まれた3人は意識を失う。
2日後に森の中で目覚めた彼らの周りには、数十匹の赤化魔猟犬と一通の手紙が置かれていた。
『言い忘れていたので書置きしておきます。おそらく《冒涜のラプラス》がリムリオを襲っていると思いますので、起きたら直ぐに向かった方が良いですよ。』
手紙を握りつぶしてわなわなと震えるシェル。
「――あの野郎!こんな大事な事はさっさと言え~!」
振り回された挙句の放置という仕打ちに、シェルの心からの叫びは暗い森に木霊していった。
読者どころか作者も置いてけぼりにしたハラト君、まじ暴虐。




