49話「風の魔法と聖剣セレス」
「――《レラ スィーン ウォリ ニス。アン スル フェリア ラ トゥルム シェッド》」
静かな詠唱と共に視線で目標位置を捕捉し、渦巻く刃を纏った風の砲弾を放つ。
轟音と共に髑髏蜘蛛へと襲い掛かり、その黒い身体に開いた幾つもの穿孔から体液を吹き出しながら再び倒れ込んだ。
「――す、すげぇ・・・」
周囲を殆ど巻き込む事も無く、正確に穿たれた孔を真横に見ながら、レジィは感嘆の息を漏らす。
「まだだ。」
シェルはそう言うと春の肩から手を離し、髑髏蜘蛛へと向ける。
「《レラ ニス オル ウィール レルム》」
体内に留まっていた風の砲弾は、シェルの詠唱と共に圧縮し炸裂音と共に爆ぜた。
「魔法の追加詠唱!?・・・初めて見ました。――でも周囲に魔力が無いのに、どうやってこれだけの威力を・・・」
アントニーの呟きに答える様に、シェルは身体から魔力を流し、周囲に溢れさせる。
その奔流は、魔力の枯れた一帯を包み、満たす。
「す・・・すごい。」
「・・・魔術師を目指すなら魔力吸収や魔力封鎖の対処法は覚えておくといい。もっと鍛えろ。」
「はい・・・」
今回、殆ど攻撃に参加出来ていなかったアントニーは、歯噛みして俯く。
「まあそれでも、こいつを相手に良くやっていた方だな。――再生するぞ。」
シェルは目を凝らし、細切れになった髑髏蜘蛛の各部を注意深く見渡す。
「――シェルさん!」
「ハルも気づいたか?」
シェルが満たした魔力を喰らい、肉体を再生させていく大蜘蛛。
春が指差したその中心は――
「――影!あいつの影が本体です!」
「正解だ。――散開しろ。大技を使うぞ。」
その言葉に皆頷き、少し長めに距離を取った。
春を護る様に前に立ち、月に向かって手を伸ばす。
静寂。
異常な魔力の収束に、まるで時が止まったような錯覚を覚える。
月に照らされたシェルは、淡い光と共にその身を活性化させる。
翳していた左手を、右肩に添えて更なる力を込めると、足元から魔方陣が展開され、積層していった。
瞬間、黄金の光が弾けた。
「ひゃぁ!」
余りの眩しさに、春は変な声を出してのけ反ってしまった。
「悪いな、ハル。ちょっと眩しかったか?」
先程よりも張りのあるシェルの声に、瞑った目を恐る恐る開く春。
そこには先程までの老年に差し掛かった美丈夫ではなく、銀髪の若い男が立っていた。
「え?・・・シェルさん???」
「そうだ。ハルも離れてろ。」
そう言うとシェルは、黒い革のマントを翻して右手に持った剣を掲げた。
金色の柄に青い石が嵌っただけの細身の剣。
だが、簡素な作り故の静謐さがその剣にはあった。
「――《解き放て、セレス》」
シェルはそう呟くと一気に距離を詰め、髑髏蜘蛛の影を《聖剣セレス》で一閃した。
黒い影に描かれた聖なる光の一筋。
それが幾重にも広がり、ヒビを入れていく。
まるでガラスの様にその影が割れると、髑髏蜘蛛は一瞬苦しそうに身をよじり、ざあっと音を立てて崩れていった。
割れた影から現れたのは、赤い宝石の嵌った脈打つ心臓。
ぼとり、とその心臓が地面に落ちた瞬間、周囲の禍地化が急速に勢いを強め、瘴気を吹き出す。
「うぉぉ!」
「きゃぁ!」
一気に吹き荒れる瘴気の嵐に、目を開けて居られない春達は悲鳴を上げて跪く。
だがシェルは無詠唱で風の防御魔法を纏い、悠然とその心臓へと向かっていく。
「――済まないな。」
そう言うと、《聖剣セレス》を心臓に埋め込まれている赤い宝石へと突き立てた。
短く明滅した赤い宝石は、びしりと音を立てて真っ二つに割れてただの石になり、脈打つ心臓は灰となって風に攫われていった。
辺りに静けさが戻る。
「オ・・・オワッタノカ?」
不思議そうに辺りを見渡すオルグが見たのは、禍地ごと浄化された広場だった。
「――シェルだ。こちらは取り敢えず終わった。次はどこへ行けばいい?」
『ご苦労だったな。それでは、ハルと言う娘を連れてリングホールへ向かってくれないか?あっちは《曼荼羅》化して、かなりヤバい状況らしい。事情等はその娘が知っている筈だから、そっちから聞いてくれ。』
「了解・・・」
テレホンを通して南門のエバンスに報告をしたシェルは、春へと向き直る。
「それじゃあハル。何があったのか聞かせてくれ。」
シェルの切れ長の瞳に見つめられ、どきりとする春。
若返ったシェルの眩しさに、直視できないほど心がぐらぐらする。
銀色のロングヘアは月の光を溶け込ませ、風に軽くなびいている。
皺の無くなった顔は、10代でも通じるほど白く透き通った肌を晒し、顎で整えられた無精ひげはそれに反して歴戦の勇士を思わせた。
鋭い目はその奥に熱い炎を宿し、だがそれでも春を見つめる目はどこまでも優しかった。
「――シェルさん・・・」
最初にぶつかった時と同じシェルの様相に、春の頬が熱くなる。
ときめくような動悸に軽く狼狽しながら、春はシェルの元へと歩み寄る。
「――ハル。」
名を呼ばれる。
動悸がさらに激しくなる。
「わたし・・・わたし・・・!」
そう言って頬を赤らめた春は、シェルの元へと走り寄った。
ゴガ!!!!
「――ぬがぁ!!!」
シェルへと助走を付けてジャンプした春の頭は、吸い込まれるようにシェルの鼻先に激突した。
顔を押さえてもがくシェルに、少しくらくらする頭を押さえて春は立ち上がり、怒声を上げる。
「――どんだけ心配したと思ってるんですか!全然連絡も取れなくて、誰に聞いても判らないって言うし!なんかどんどん変な事になっていくのに、わたしどうしたら良いか判らなくなるし!どうしようもなくなった時にいきなり帰って来て、かっこつけてるし!」
「・・・ハル。」
「――わたし、がんばったんですからね!・・・すごく、がんばったんだから・・・」
春の目からは、締めていた緊張が解けたのか涙声と共に雫が零れ落ちる。
「みんなが居てくれなかったら・・・みんなが居てくれたから・・・だから・・・わたし!」
そう言って、春を見上げるシェルの胸に、倒れ込むように抱き付いた。
「・・・シェルさんの・・・ばかぁ・・・」
そのまま胸に顔を埋めたまま、春はわんわん泣きはじめた。
「・・・悪かったな、ハル。一人にさせて。」
胸の中で春は首を振る。
すでにシェルの胸元は、春の涙と鼻水でぐしょぐしょだ。
左手で鼻血を拭ったシェルは、解放されたままの右腕で春の肩を抱きしめた。
そんな二人の元に、ついさっきまで一緒に戦っていた者達が集まってくる。
じゃが君とポテちゃんは、満面の笑みで春へと抱き付き、オルグとゴシンは両拳を合わせた最敬礼の体勢でシェルへ頭を垂れる。
春とシェルの様子に複雑な表情をしていたレジィの肩を叩いて促し、アントニーとハンスも一緒に歩いてくる。
「・・・ハルが世話になった。」
「ポテとじゃがはご主人様の契約精霊だから、当たり前なの!」
「ワレラモ、ハル様ニ救ワレタノダ。気ニスルナ!」
「ゲギャ!」
「僕達も、春さんの友達ですから。手助けしたいと思うのは当たり前です。ね?レジィ。」
「・・・お、おう。」
皆の様子に少し顔を綻ばせたシェルは、春を抱いたまま立ち上がり頭を下げた。
そして顔を上げると真剣な表情になり、ここまでの戦いでボロボロになっている者達を見つめ告げた。
「――これから俺とハルはリングホールへ向かう。君達は南門へ行ってくれ。」
「――は?なんでだよ!俺達はまだ戦える!」
反論するレジィに、シェルは厳しい目を向ける。
「レジィ、と言ったか。見た所、まだ駆け出しの冒険者のようだが?」
「それがどうしたんだよ!」
「《曼荼羅》に入ったことがあるのか?」
シェルの言葉に、ぐっと言葉を詰まらせるレジィ。
「そっそれなら!そんな危険な所にハルを連れて行くなんて・・・」
「悪いが、ハルの力が必要の様なんだ。」
「そんな・・・ハルはそれでいいのか?!」
シェルの胸から泣き腫らした顔を出した春は、こくりと一つ頷く。
「うん、多分そうなるだろうなって思ってた。」
静かに、決意を秘めて春はレジィへと告げた。
「――だけど!」
「レジィ、駄々を捏ねるのもそこまでにしましょう。恐らく時間も無いんですよね?」
アントニーの言葉にシェルが頷く。
「なら、僕達は僕達でやれる事をしましょう。オルグさんとゴシンさんもそれで良いですか?」
「ゲギャ、モチロンダ。《曼荼羅》ナド、俺達ガ入ッテモ足手マトイニナルダケダ。」
「ソウダナ。」
春は目をごしごしと擦って涙を止めると、オルグとゴシンに向き直る。
「オルグさん。ゴシンさん。ありがとうございました。亡くなった方々の事も忘れません。」
「ハル様も、オ気ヲ付ケテ。」
「ゲギャ!」
春は頷くと、次はレジィへと向き直る。
「レジィ君、ありがとね。でも、こないだ言った事、忘れちゃ駄目だよ?」
「・・・ハル、絶対に生きて戻れよ。じゃないと俺・・・」
「うんっ!約束っ!アントニー君とハンス君も、後お願いね?」
春の言葉に頷いたアントニーとハンスは、レジィの肩を抱いてガッツポーズをする。
そんな3人の様子に少し微笑んだ春は、シェルに向き直る。
「じゃあ、シェルさん。行きましょう。いろいろ話したい事もあるんです。」
「ああ、行こう。」
そう言って走り出したシェルを追いかけて、春は駆け出したのだった。




