43話「草原と青い空 その2」
「――メリア!《穿て!》」
腐死竜が撒き散らした腐肉から大量に湧き出した屍の魔物《腐者》に向けて、レイン独自の短縮詠唱魔句で見えない腕を振るった《メリア》が水弾をいくつも放つ。
動きの遅い《腐者》へ着弾した水の塊は弾け、その腐肉を周囲にばら撒く。
だが、散らかされた腐肉はずりずりと動き、ある程度の大きさに寄り集まるとその姿を形成し始める。
人、家畜、獣、果ては植物のような物にまで。
「ちょっとー!キリがないわよ!」
ロレインは、そのロングメイスで叩き潰した犬型の《腐者》の肉片が再び蠢きだしたのを見て、うんざりした顔で周りの屍達も殴りつけていく。
「――《焼却》班は、魔力回復したら直ちに腐者の破片が変体する前に処分していけ!1回でも2回でも使えればいい!少しでも数を減らすんだ!――魔力回復薬中毒の兆候が現れた者はアンドルフ先生の所へ行って解毒してもらえ!」
魔法によって消費された魔力を急速に回復させる魔力回復薬は、過剰に摂取すると中毒を起こしうる物だ。
軽い内はまだいいが中毒が進むと意識が混濁し、体内の魔力が自然に正常化するまで普通に生活が出来なくなる。
見れば《焼却》を使っている魔術師の中には、目の下に大きな隈が浮き出て蒼褪めている者もちらほらいた。
「そろそろ次の手を打たないとだな・・・」
《メリア》の魔法で水を纏わせ長剣の様にした《波揺》を振るい、人型腐者の一団に一閃する。
振動する水の刃は、一度に十数体の腐者を斬り裂き、その胴や腕をどさりと地に落とした。
「メリア!《流せ!》」
レインが魔句を唱え腕を翳し方向を指示すると、《メリア》がその両手を横に広げる。
すると石畳の隙間から水が湧き出し、一気に激流となって腐者の肉塊を門外へと押し流した。
「ちっ、まだ腐死竜も居るってのに、厄介だな。」
「あんな異常な速さで変体する腐者なんて初めて見たわよ・・・。禍地の影響だと思うけど。」
外に押し流した肉塊が蠢きだしたのを見ながら、2人は苦々しい顔で溜息を突いた。
「多分、腐死竜の肉から出て来た奴らだからだろ。――まあそれでも、腐者を撒き散らす腐死竜なんてのも聞いた事ないんだがな・・・」
「もしかすると新種かもねえ・・・中央支部に報告入れたらボーナス貰えるかも?」
呑気な事を言うロレインに苦笑したレインは、水の長剣を再び構え指示を出す。
「取り敢えず、もう一度腐者共を流してくる。ロレインは《焼却》班を連れてアンドルフ先生の所に行って来てくれ。彼らも限界だろうからな。」
「了解っ!」
そう言って二人は別々の方向へと走り出したのだった。
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「ハル!どうしたんだハル!」
意識を失って倒れた春の肩を揺すり起こそうとするレジィ。
見れば樹精霊達も同様に春の周りで倒れていた。
「レジィ!とにかく彼女達を一先ず安全な場所へ!」
「――っ!分かった!」
倒れた春を見て取り乱していたレジィだったが、アントニーの声で我に返り少女と樹精霊達を抱き上げて建物の中へと走る。
幸い《聖根の露》の効果はまだ続いており、倉庫にあった槌を手にしたオルグと短槍を持ったハンスが大蜘蛛を相手になんとか立ち回っていた。
その横ではリエラとラミアが、白と黒の軌跡を描きながらハイレベルな戦いを繰り広げている。
「一体どうしちまったんだよ・・・ハル・・・」
民家の中に入り、柔らかい絨毯の上へそっと春達を寝かせたレジィは、意識の戻らない少女の顔を見つめながら呟いたのだった。
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「――それでねっ、その時おにいちゃんが相手に言ったのっ!『セレスには指一本触れさせねぇ』って!」
「うわぁ・・・良いなあっ。わたしも言われてみたいっ」
「その時かなぁ・・・あ、わたし、おにいちゃんが好きなんだって自覚したのっ」
「うんうん、それは恋に落ちちゃいますよっ。ピンチの時に助けて貰った上にそんなセリフ言われたらっ」
「でしょでしょ?」
時間の流れが外とは違う精神世界の中、体感時間ではすでに3時間ぐらいだが、その間ずっと春とセレスの女子トークが続いていた。
当初は青と緑が広がる周りの景色と聖女セレスの登場に戸惑っていた春だったが、怒涛のごとくおしゃべりし始めた少女に釣られ、何やら周囲にお花畑が広がっていそうなテンションで語り合っていた。
内容のほとんどは食べ物の話と恋バナなのだが、それでも話の随所に聞く人によっては卒倒しそうな重要案件が含まれてもいた。
「――ところで、何でセレスさんはわたしをこの世界に連れて来たんですか?」
「あ~それなんだけどね、正確には『連れて来た』んじゃなくて、『連れて来て貰った』が正しいのよね~」
「んん???どういう事ですか?」
「あのヴィヒデットって人に胸を貫かれた時に、自分の魂をいくつかに分けて種を持たせて守ろうとしたの。その時に、あの人の能力の余波だと思うんだけど時空流に巻き込まれて、種を持ったわたしが春ちゃんの居る世界に流されちゃったのよ。」
困り顔で頬を掻きながら、ようやく事情説明を始めるセレス。
「それでね、たまたま流れ着いた場所に居た土地神様に頼んで神樹界に戻してもらおうとしたんだけど、丁度時期的に悪い感じで、わたしに裂ける力の余力がないって言われてねー」
「ほへー、それっていつの話なんです?」
「んーと、80年ぐらい前かな。戦時中って言えばわかるかしら?」
「80年!?――あれ?でもシェルさんの話だと600年ぐらい前って・・・」
「向こうとこっちとじゃ時間の流れがだいぶ違うみたいね。だから、もし今春ちゃんが向うの世界に戻ったとして、そんなに時間は掛かってないと思うわよ?」
「そうなんですか?それなら戻るまで多少時間が掛かっても、そんなに心配かけなくて済むのかなぁ・・・」
時間が掛かれば掛かるほど、両親や親友に心配をかけると思っていたのだが、春の懸念材料がこれで一つ消えたことになる。
「あ、それで、なんでわたしだったんですか?」
「んとね、ほら、最初にわたしと遭った所って神社の前だったでしょ?」
「あ、そう言えば・・・確か月代神社・・・」
「そ。春ちゃんの血筋――五十鈴家って、月代神社に祀られている《月代五十鈴媛命》の巫の一族だったのよねぇ。――あ、巫って言うのは、その土地に祀ってる神様の依代になったり、交信したりする役目を持った人達ね。」
初めて聞く自分の家のルーツに、ぽかーんと口を開けるしかない春。
そう言えば、父と母は何かあると必ず月代神社に行っていた記憶がある。
「それで、その神様から――わたしは媛様って呼んでるけど、戦争が終わったから土地を守る加護に回していた神力を借りられる事にはなったんだけど、それを扱える人材が居なくてね。強い巫の力を使うには女性じゃないといけなかったんだけど、戦後からずっと五十鈴家は男の子ばっかり産まれててねぇ・・・」
「あ~・・・確かに。わたしが何十年ぶりかに産まれた女児だって言われたかも・・・」
「さすがに産まれてくる子の性別を操作するのは色々と不味いらしくて、春ちゃんが産まれた時は媛様も泣いて喜んでいたんだよっ」
「まじですか・・・」
春が産まれた時は、父も狂喜乱舞して喜んでいたらしいが、まさか神様までとは思ってもみなかった。
そこまで聞いて、春はふと気づいてはいけない事に気付いてしまう。
「あの・・・もしかして。」
「なぁに?」
「わたしこの世界に来た時に太ってて、なんか一気に痩せちゃったからアンドルフ先生に診てもらったんですけど。その時に種に魔力を吸われて痩せたって聞いたんですが、まさかとは思うんですけど・・・」
嫌な予感がするが、少しドモりながらセレスに聞いてみる。
「あーその事ね。――そうだよっ。媛様が種の力に負けないようにって、春ちゃんに一番ストレスが掛かる時期を選んで《食欲の加護》を与えていたのよね~。予想通り春ちゃんふっくらしていったから、我ながら良い仕事したって媛様喜んでたよっ」
「うあ~~!やっぱりぃぃぃ!!!」
受験ストレスで自分が太った事に神様が関与していたというセレスの爆弾発言を聞き、いたたまれなくなった春の心からの叫びは青い空に溶けて行った。
見て下さってる方々、お待たせしました。
しばらくの間は、なかなか更新出来ないかもしれませんが、大目に見てあげてくださいorz




