42話「草原と青い空 その1」
白い双剣《翼の姉妹》は、かつてライオネルが17歳になったリエラの成人祝いとして送った精霊武器だ。
その核となる二つの繭の霊石に込められた能力は、『重力軽減』。
持ち主の身体へ掛かる重力の負担をを、半減近くまで減らす事が出来る能力だ。
ライオネルが持つ《番人の鋼》の重量操作にも似た能力だが、こちらは使用者のみに効果が発動する。
元々は一つの繭の霊石で宿っている能力も『重力無効』だったのだが、あまりの操作の難しさとデメリットの多さに、誰も扱う事が出来なかった。
それを森人の隠れ里の鍛冶匠『クノ・イェーガー』が、敢えて繭の霊石を二つに割り能力を半減させた上で双剣に組み込み、交互に能力を発動させることによって扱いやすくした逸品である。
とは言え、それでも使い手が限られる事には変わりなく、ライオネルが娘の祝い事にとクノに拝み倒すまで工房の飾りになっていた物だった。
その後、白い双剣を携えたリエラは冒険者となり僅か1年でSランクまで登り詰めた後、ライオネルの大雑把な運営で破たん寸前だったリムリオ冒険者ギルドへ事務方として入り、その立て直しを成功させる。
かの大賢者から師事した転移魔法もあり、事務方でありながらその能力と戦闘力の高さも相まって、人手が足りない現場へ行かされる事も多々あった。
やがて彼女は《白の紅姫》と呼ばれ、男女を問わず憧れの眼差しを向けられるようになる。
だが、その彼女が双剣を向けた相手――ラミアを見て、困惑していた。
リエラだけではなく、レジィも軽く狼狽している。
「――ミア・・・?」
「ミア姉・・・なんで・・・?」
その問いかけに、毒のある笑顔を向けるラミア。
「二人とも、ミアさんを知っているんですか?」
春の言葉に、頷く二人。
「知ってるも何も・・・この街で俺の身元保証人になってくれてたの、ミア姉だし・・・」
「ミアは私の友人よ・・・。それに今回の事で最初に襲撃された集落は、ミアとレジィの出身地でもあるの。」
その二人を見て無言で口の端を曲げて嗤うラミアは、目の前の何もない空間へ《無慈悲な刈り手》を横に一閃する。
すっと黒い切れ目が入った空間から、何やら黒い染みのようなものが滲み落ちてくる。
それは、手の平ほどの大きさから小指の先ほどの大きさまで様々な黒い蜘蛛だった。
糸を伝い地面に落ちた蜘蛛達は、まるでラミアの周囲を護るようにざわざわと蠢き、広がる。
「これは・・・」
「ふふ・・・この子達は《コクヤ》の眷属、《夜蜘蛛》。魔力を喰らう者よ。」
リエラの呻きに答えたラミアは、《コクヤ》と共に再び攻撃の体勢を取る。
春は大量の《夜蜘蛛》を見て嫌悪で絶句し、レジィは未だ混乱から抜け出せずにいた。
「――なるほど。周囲の魔力を喰わせて乱し、私の転移攻撃を封じたのね。」
「そう言う事。」
「ついでに、蜘蛛が苦手なハルちゃんの動きも封じておいたって所かしら。――レジィは早く割り切りなさい。この人はもう、私達が知ってるミアじゃないわ。」
ちらりと後ろを見てレジィを叱咤したリエラは、一瞬身をかがめて勢いをつけるとラミアへと躍りかかった。
左手に持った剣を腰に構えて重力軽減の操作を行い、右手の剣で上段からラミアへ斬りかかる。
大鎌の柄でそれを受けたラミアは、そのまま刃を横薙ぎに振りリエラの胴を狙う。
その攻撃を重力軽減の操作を解いた左手の剣で受け、今度は右手の剣で能力を発動させる。
左手の剣を軸に横にくるりと回って大鎌を飛び越えたリエラは、《夜蜘蛛》を踏み散らしながら両手の剣でラミアへ斬りかかったが、《コクヤ》の脚に阻まれた。
右、左、下段、上段、中段。
最後に左斜め上段から袈裟斬りに攻撃を入れて距離を取る。
リエラの攻撃はその全てをいなされ、躱され、反撃されていた。
同じように、ラミアの攻撃も届かない。
先攻で翻弄するリエラと、カウンター主体のラミアの実力は拮抗していた。
「凄い・・・」
実力者同士の戦いを初めて目にした春は、《夜蜘蛛》の群れへの嫌悪も忘れ、ただただ見入っていた。
「アントニー!ハンス!準備は良いか?!」
レジィは屋根の上に配置させていた仲間へ声を掛ける。
「おう!」
「いつでもいいですよ!」
仲間の返事を聞くと、ラミアとは別の大蜘蛛の方へ視線を向けた。
「アントニー君とハンス君も居るの?」
春の問いにレジィが頷く。
「それなら」と肩で盾を構えるじゃが君と共に、《精霊の贈り物》を正面に構えた。
「じゃが君、気づいた?」
「勿論です、ご主人様。」
空気中に居た微精霊は、殆どが《コクヤ》に喰われて精霊魔法の行使が封じられている。
だが、土の中ならどうだろうか。
と識眼を使って探ってみたのだ。
案の定土の中に彼らは居た。
いや、避難していた、と言う方が正しいのかもしれない。
微精霊達は自分達よりも上位に位置する《コクヤ》に怯え、その捕食範囲から逃げていたのだ。
「ご主人様。今日二度目になりますが、《聖樹》の召喚をもう一度やりましょう。」
「《聖樹》って、リングホールで出したあれ?」
「そうです。あれなら微精霊を活性化させた上で、あの大蜘蛛もおいそれと捕食ができないはずです!」
そこまでじゃが君が説明したところで、《コクヤ》の糸から抜け出してきたポテちゃんが、春の右肩へと飛び乗ってきた。
「ポテも手伝うよ!」
「ポテちゃん!もう大丈夫?」
「うんっ!」
春の気遣いの言葉に、ポテちゃんは満面の笑みで答え地面に飛び降り、手に持った小枝を捧げる様に持つ。
不思議そうにそのやり取りを見ていたレジィは、視線を合わせた春の頷きで再び前を向く。
「なんだかよく分かんないけど、ハルの邪魔はさせない!ハンス!アントニー!援護を頼むぞ!」
剣を構え、春達を守る様に前に出るレジィ。
その背後で、ポテちゃんが魔句を唱え始めた。
「《魂祓いの串よ!ポテの名に於いて命ずる!聖なる樹の根を我が元まで呼び、不浄を退ける活力を注げ!》」
魔句を唱え終えたポテちゃんの足元から、何かが地面を押し広げて蠢き、石畳に無数の亀裂が走る。
「よーっし、いくよ!――《慈しみ、麗しき者よ!我、種の王の名に於いて、その大いなる根から育む露を滲ませ、分け与えよ!》」
掲げた杖でトンッと地面を突くと、春の周りに魔方陣が浮き上がる。
それに伴い、地面に走った亀裂から黄金の樹の根がいくつも現れ、表面から淡く光る露を地面に零した。
「――これは!」
零れた露は少しずつ周囲へ広がり、春に害意を持たない者へと纏わりついていく。
「これ、《治癒力活性》と、《身体活性》、掛かってる。――あと、この露飲むと、持ってきたのより、良質なポーションにも、なっている。」
手の甲についた露をぺろりと舐めたハンスが、いつもより言葉多めに驚いている。
春の精霊魔法《聖根の露》の効果に驚く一同。
だが、
「ありがとう、ハル!これで俺たちでも戦える!」
そう言って振り向いたレジィが見たのは、呆けた顔で佇む春だった。
「ハル?・・・」
春に向かって手を伸ばすレジィ。
どくんっ
その隣に居る人物から目が離せない春は、体内の『種』が脈を打つにつれ徐々に視界がぼやけていく。
カラン
春の手から《精霊の贈り物》が滑り落ちる。
右目の識眼を通して視えているその人は、春に優しく微笑みかけた。
『やっと、逢えたね。』
どさり。
レジィの手からすり抜けるように、春はその場に倒れ込んだのだった。
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一面の草原と青い空。
そこに春は立っていた。
「ここは?・・・」
戸惑う春は辺りを見渡すが、優しい風に波打つ草原と、青い空にゆっくりと流れる白い雲以外何も見えない。
「わたし・・・どこに来ちゃったんだろう?・・・」
不安そうに両手を前に組み、きょろきょろと周りを見る春。
「ここは、あなたの精神世界よ。」
突然掛けられた声にびっくりした春が振り返ると、そこに一人の少女が佇んでいた。
「こんにちは・・・いや、こんばんは、かな?初めまして・・・でもないか。」
「――あっ!」
見覚えがあるその少女に、春は思わず息を呑んで声を上げた。
「んーっと、こんばんわっ春ちゃんっ。お久しぶり?」
そこには、長い黒髪に青い目をした黒いワンピースの少女――
「――セレスさん?」
「うんっ。やっと春ちゃんと、お喋りできるねっ」
そう言ってセレスは、先程と同じように春に優しい微笑みを向けたのだった。
次回はちょっと未定になります。すみませんorz




