38話「春と初めての戦い その2」
のっそりと路地裏から現れた8人の魔人間達に、じゃが君を胸に抱いたまま後ずさる春。
身構える春を囲むように、ゆっくりと近づいてくる魔人間達は、春の表情から何かを察したのか困惑したようにざわつきだした。
「な・・・なんですか?」
春の問いに対して、互いに顔を見合わせた魔人間達であったが、先程声を掛けて来たオークが前に出て来た。
「ダイジョウブ。オレタチ、ナニモシナイ。」
そんなオークの答えに訝しげに眉を潜めた春だったが、腕の中のじゃが君が春を見上げ、
「マスター、大丈夫です。この方々からは敵意も悪意も感じません。」
「ソウダ。ワレワレハ、アナタヲ、マモルタメニキタ。《神種ノ運ビ手》ヨ。」
そう言って魔人間達は、両拳を胸の前で合わせ深々と頭を下げた。
この礼の仕方は、魔人間の最敬礼なのだが、春は知る由もない。
「えっ?えっ???」
事態が良く呑み込めない春は、疑問符を頭に浮かべながら先頭のオークとじゃが君を交互に見る。
そんな春を見てにっこりと笑ったオークは、ここに来た経緯を話し始めた。
「ワレワレハ、各氏族カラ、選リスグラレタ、醜男。族長カラ、《神種ノ運ビ手》デアル、はる様ヲ、護ルヨウニ、命令サレテ、ココニキタ。」
「えっ!?わたしを?!」
「ソウダ。」
なぜそんな命令が出たのか訳が分からない春は、さらにキョロキョロと周りの魔人間の男達を見る。
見れば、皮鎧や鉄鎧など、それなりに立派な物を着用している。
リムリオ内に入るに当たって武器は取り上げられているようだが、それでも救護所で見かけた魔人間達よりも逞しい体つきをしていた。
「あ、あの・・・良く解りませんが、《核》探しを手伝ってもらえるんですか?」
春の問いにゆっくりと頷くオーク。
少し思案した春は、オークの前に手を差し出した。
「――コレ・・・ハ?」
差し出された手に戸惑うオークに軽く溜息を突いた春は、無理矢理オークの手を取ってぶんぶん握手した。
「――!はる様!オレタチ、魔人間デスヨ!?」
「いいの!――はいっ、これでわたし達は仲間ですっ。いろいろ頼むかもしれないからよろしくねっ」
実は春の内心は、これで小蜘蛛を踏み潰す作業を自分でしなくても良いかもしれないという打算もあったのだが、樹精霊達も居るとは言え日が落ちて暗くなりつつある道を歩くのに、目の前の逞しい魔人間達が頼もしい存在として映ったのだ。
先程のじゃが君の話もあり、どこか父親と一緒に働いていた土木作業員のおじさん達と似た雰囲気を持つオーク達はとても心強かった。
当の握手をしたオークは、握った手を見つめて頬を赤く染めていたりもしたのだが。
春に同行を許された魔人間達は沸き立ち、次々に握手を求めてくる。
「オレタチ、コレデ、《神種ノ運ビ手》ト、ナカマ!」
「ゲギャ!氏族ノナカマニ、自慢デキルゾ!」
「オレ、モウ、コノ手、洗ワナイ!」
自分との握手がそんなに嬉しいのかと少し苦笑いした春だったが、とりあえず《核》探しに出発しようと声を掛けようとした。
だが。
スパン!
「アレ?オマエ、アタマ、ヘンダゾ?」
「ゲギャ、オマエモ、ナンカ、カタムイテルゾ?」
最後尾のゴブリン達がお互いに顔を見合わせる。
少しずつ切れ目が入り、ずれていく首と胴体。
「え?・・・」
何が起きたのか分からない春も、茫然とそれを見つめる。
バシャ!
ゴブリンが2人緑色の体液を撒き散らし、春の目の前でばらばらになって倒れた。
「マスター!敵です!凄い悪意がすぐ傍に!」
「そんな・・・」
「ミンナ!はる様ヲ護レ!」
握手をしたオークが残り6人の魔人間に指示を出す。
目の前で人が死んだ。
こんなに呆気なく。
茫然と立ち尽す春に、ゴブリンの死体の向こう側から声が掛けられた。
「こんな汚い連中と群れるなんて、可愛い貴女には似合わないわ。」
どこか熱を帯びた艶声と共に暗闇から現れた者は、女だった。
紫色の髪。
リムリオで良く見かける街娘のドレス。
すらりと伸びた手足。
右の目元の泣きぼくろ。
「――ミアさん?・・・」
つい先程まで一緒に行動をしていたミアが、今までとまるで違う表情を見せて立っていた。
「どうして・・・ミアさんがここに・・・?」
「どうしてって、貴女を追って来たのよ?お手伝いしようと思って。」
にこにこと笑いながら、ミアは近寄ってくる。
未だ状況を把握できないながらも、春は後退る。
「マスター!悪意の元はこの方です!」
「五月蠅い精霊ね。黙ってて頂戴。」
ミアが手を翳すと、春の腕の中にいたじゃが君が宙に浮きあがった。
そのまま手を横に振ったミアの動き合わせて、じゃが君は建物へと叩きつけられた。
ドガン!
「うあ!」
轟音と共に建物に大きな穴が開き、じゃが君は瓦礫に埋まってしまった。
「じゃが君!」
「じゃが!」
春とポテちゃんが同時に悲鳴を上げる。
「コイツ!イイカゲンニシロ!」
皮鎧のオークと赤い帽子のゴブリンが、ミアを取り押さえようと掴みかかる。
がしかし、
「邪魔よ。汚らわしい。」
ミアが手の平を前に出すと、突っ込んだオークとゴブリンがその手前で動きが止まった。
「グ・・・ガ・・・」
「ゲギャ・・・ギャ・・・」
ミアが前に出した手を握ると、まるでなにかに縛られている様にオークとゴブリンがひしゃげていく。
ずぱん!
そのまま、見えない手に潰されたように、オークとゴブリンは体液と臓物を撒き散らして弾けた。
何が起きたのか春には解らない。
だが、それをしているのがミアだと言う事は解る。
困惑と恐怖を滲ませながら、春はミアに問いかけた。
「ミアさん・・・なんで・・・こんな事・・・」
「あぁ・・・良いわその怯えた表情・・・。可愛いハルちゃんが、この私に恐怖しているわ・・・。」
うっとりと紅潮した頬に手を当てて、うわ言のように呟くミア。
そんなミアの態度に、春の中には段々と言い様のない怒りが込み上げてくる。
「なんでかって聞いてるんです!答えて!」
声を荒げた春だったがミアは態度を崩さずに、それでもその問いに応えてきた。
「はぁ・・・怒った顔もとっても可愛いのね・・・。なんでかって?そうね――――――貴女が欲しいからよ。」
恍惚の表情で春を見つめるミア。
その答えに、春はますます混乱する。
「わたしが欲しい?・・・って何よそれ!意味わかんない!」
ミアは頬に手を当てたまま、まるで熱に浮かされたように語り始める。
「解ってくれないの?・・・貴女は私に優しい声を掛けてくれた。貴女は私に手を差し伸べてくれた。貴女は私に笑いかけてくれた。貴女は私の心に温もりをくれた。――だから私は、貴女が欲しいの。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。愛してる。欲しい。愛してる。欲しい。愛してる。愛してる。欲しい。愛してる。欲しい。愛してる。愛してる。欲しい。愛してる。欲しい。愛してる。愛してる。欲しい。愛してる。欲しい。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――だから、綺麗に、殺してあげる。」
何度も同じような言葉を並べ立て、うっとりと笑うミア。
その狂気がかった言葉を聞くな否や、ポテちゃんが春の頭の上からミアへと躍りかかった。
「――《魂祓いの串》よ!ポテに魔を砕く力を!」
左手に小枝を持ったポテちゃんは、右手に力を入れてミアを殴りつける。
が、紙一重で躱されたポテちゃんは、そのまま石畳を殴りつけた。
ドガン!
「うそ・・・」
予想外のポテちゃんの攻撃力に、あんぐりと口を開ける春。
ポテちゃんが殴りつけた石畳は、まるでクレーターのように3メートル四方ほどの大穴を空けていた。
「――本当に・・・邪魔な精霊だわ。消えなさい!」
ポテちゃんが空けた大穴の縁にふわりと着地したミアは再び手を前に出し、先程の魔人間と同じ様にポテちゃんを不可視の力で縛ろうとする。
が、
「――《癒し樹の盾》よ!邪まなる力を退けよ!」
男の子の声と共に、ポテちゃんを護る様に地面から幾本もの木が生えた。
不可視の力は、その数本の木を削り飛ばし沈黙する。
「じゃが君!無事だったのね!」
「はい!マスター!じゃがは大丈夫です!」
春の前で武器を構えるじゃが君とポテちゃんを見たミアは、ぴくぴくとこめかみを震わせ叫んだ。
「この・・・腐れ精霊共がああぁぁぁぁ!切り刻んで!潰して!焼いて!縛って!クソ溜めに捨ててやるわ!――あぁ、でも安心してハルちゃん。貴女は私がお花で飾って、綺麗な服を着せて、いっぱいキスして、いっぱい愛でて、それから殺してあげるから。そしたらずっと貴女は私の物。永遠に愛してあげるわ。」
「そんなのお断りします!」
狂気のミアに《精霊の贈り物》を向けて、春は声を大にして宣言したのだった。
次回は4月29日 水曜日 18時に更新予定です。




