39話「春と初めての戦い その3」
予約時間間違えてました・・・
「そんなのお断りします!」
「あら・・・つれない事を言うのね。でもそんな貴女も可愛いわ・・・――来たれ《無慈悲な刈り手》。」
ミアは独り言の様に呟くと、地面に手を置いた。
するとその手を置いた場所に闇が湧き出し、黒い渦を巻く。
そのまま闇に手を入れ何かを掴むと、ずずっと音を立てながら漆黒の大鎌を中から引き抜いた。
「黒イ大鎌ノ精霊武器!はる様!コイツハヤバイ!」
「えっ?」
「ゲギャ!オレタチノ、間デハ、有名ナ、殺戮者ダ!《冒涜》ノ使徒、《黒イ貴婦人》ラミア!」
大鎌の精霊武器《無慈悲な刈り手》を右手で掴んだミア――いやラミアは、手首を返してくるくる回すと大鎌を後ろ手に持ち腹に左手を当てた。
「《我が胎に宿りし精霊、安楽絹のコクヤよ、その手で紡ぎし闇の絹にて我身を包む黒き衣を織れ。》」
魔句を呟き、腹に当てた手を右足へ、左足へ、左肩へ、右肩へ、そして胸へとぐるりと円を描くように肢体をなぞる。
直後『黒い光』に包まれたラミアは、今までの街着ではなく妖艶な黒いドレスを身に纏う姿となった。
白い肌を惜しげもなく晒す真っ黒なビスチェ。
その右肩には蜘蛛の脚の様な飾りがあしらわれている。
短く黒いスカートは滑らかな光沢を放ち、腰から踵までを黒い蜘蛛の柄がついたレースが波打つように垂れ下がっている。
スカートから覗く白い脚線は、まるでこの世の物ではない様なモノクロカラーで暗闇の中に映えていた。
腰まであった紫色のウェーブヘアは後頭部の左側に纏められ、黒いレースで編み込まれた黒蜘蛛の飾りが、まるで獲物を待ち構えているかのように垂れ下がっている。
そしてその背中には、蜘蛛の巣のタトゥーが彫りこまれ、異質さを浮き彫りにしていた。
「マスター!この方はマスターと同じ《精霊使い》です!ご注意ください!」
「本当に煩い精霊ね。でも、そうよ。私もハルちゃんと同じなの。――こんな風にね。」
そう言うと傍にあったゴブリンの屍へと手を伸ばす。
ぐちゅり、と音を立てて死体から飛び散らかっている臓物に手を触れると、ラミアの周囲に紫色の魔方陣が浮き出て来た。
「《我が契約の精霊、安楽絹のコクヤよ。其の名を持ちて、汚れし骸を依代に現れ出でよ。その黒き八足にて怨嗟の糸を悲嘆と共に紡ぎ織り込め。》」
ゴブリンの骸はごぼごぼと泡立ち、次第にその形を変えていく。
黒い泡はその足を、腹を、頭を形成していき、現れたのは巨大な蜘蛛。
周囲の建物の2階まで届くその体躯は見る者に怖気を与え、春の前に居たオーク2人が驚愕の表情と共に後退りする。
「精霊の《受肉術》まで出来るなんて!識眼で感じたしこりの正体はこの《邪精霊》でしたか!」
「蜘蛛・・・まさか。」
その巨大な蜘蛛を見た春の頭に浮かんだのは、先ほどまで駆除して回っていた小蜘蛛。
「じゃが君、もしかして《核》を持っているのってミアさんが出したあれなの?」
「いえ、違うと思います。」
春の問いかけは即座に否定されたが、春の中には疑念がもやもやと渦巻く。
その疑念を払うべく答えたのはラミアだった。
「そうそう、ハルちゃんは《禍津碑》を探していたのよね。残念ながら私もこの子も持っていないわ。――私達は、ね。」
意味深に言葉を途切れさせ、薄ら笑う黒衣の女。
先程までのやり取りで、この女は春に対して異常な執着を見せているのが分かっている。
それともう一つ。
恐らくラミアは、隠し事はしても嘘は言わない。
この時点でその情報を晒したという事は、
「――ミアさん。あなたがしていたのは、手引きと攪乱?」
「そう言う事。――あぁ・・・ハルちゃんって頭が良いのね・・・素敵だわ・・・」
春の脳裏には、三国志や日本の戦国史が好きだった父の話が浮かぶ。
確か難攻不落の砦を、内側に送り込んだスパイが手引きして攻め落とした話があったはずだ。
ラミアの行動に何かが引っかかった春だが、大蜘蛛――蜘蛛の邪精霊、安楽絹《コクヤ》に恐怖したオーク2人が、転がっていた廃材を手に雄叫びを上げて突撃していったのを見て我に返る。
「だめ!迂闊に行ったら・・・!」
その制止の声も届かず、《コクヤ》が口から吐いた糸にオーク2人は絡めとられ、ラミアが《無慈悲な刈り手》を一閃する。
ぐしゃ
オーク2人は叫び声を上げる事もなく、切断された腹から臓物を撒き散らして地に倒れた。
「あぁ・・・やめて・・・」
その凄惨な場面に、春は顔に手を当てて嘆く。
「はる様、ワレワレガ、奴ヲ足止メシマス。ナントカ、逃ゲテクダサイ!」
先程、最初に握手したオークと、モヒカンのゴブリンがそれぞれ廃材を手に持ち構える。
「だめ!そんなのダメ!」
「シカシ、奴ハ、ツヨスギマス。はる様ガ、精霊ヲ使ッタトシテ、勝テルカドウカ・・・」
「だからって、死ぬ為に残るのは絶対にだめ!じゃが君とポテちゃんが居れば、何とかなるかもしれないじゃない!」
春の叫びに振り向いた樹精霊達は、少し俯いて答える。
「ご主人様・・・ごめんなさい」
「マスター。今の僕たちの力では、あの方に勝てないと思います・・・」
「そんな・・・」
その言葉に、春は打ちのめされる。
どうしたらいいのかが分からない。
足は震え、視界は歪み、浅い呼吸だけが何度も繰り返される。
「うふふ・・・良いわぁ・・・ハルちゃんの絶望した顔。――ぞくぞくしちゃう。」
歪んだ笑顔を浮かべたラミアが、春の恐怖を増幅させるかのようにゆっくりと一歩ずつ近寄ってくる。
先程ラミアに感じた怒りも鳴りを潜め、今はただ恐怖しか感じない。
誰も死なせたくない。
でも自分も死にたくない。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
近寄るラミアの歩幅に合わせて後退る春は涙を浮かべ、少しずつ距離を縮める魔性の者から目を離せずにいた。
「うふふ・・・ハルちゃん、私から逃げたい?でも、優しいハルちゃんは他人を見捨てるなんて出来ないのよね?その方が楽なのにね――」
その言葉に、春はぴたりと後退る足を止めた。
――そうだ・・・逃げちゃダメ。怖い事から逃げたらダメだってお父さんも言ってた。大事な物を無くすような時に逃げちゃダメだって。
春の目に光が灯る。
そんな春の内心の変化に気づかず、ラミアは喋り続ける。
「――皆に優しいハルちゃんは、逃げ出す事が出来ないのよね?本当は今すぐにでも元の世界に帰りたいのに、でも自分に与えられた役割を見つけてしまったから。だから必死になっていたのよね?だから逃げ出す事も出来ない。――まあ、逃がさないけどね?」
そう言ってラミアは《コクヤ》を一撫でして、春の後方を指差した。
《コクヤ》はその巨大な後体を海老反りに掲げ、出糸突起から大量の糸を吹き出した。
春の退路になりえる通路は、その大量の糸で隙間なく埋め尽くされる。
だが春は、それを一瞥すると再びラミアに向き直り、震える足を一歩前に出した。
「――?」
明らかに、先程までの恐怖に濡れていた時と違う決意を固めた様な顔をしている春に、訝し気に首を傾げるラミア。
「――オークさん。あなたの名前を聞いても良いですか?」
この場に似つかわしくない春の言葉に、不思議そうな顔をするオーク。
「オレハ、岩オーク氏族、族長オージュノ息子、オルグ。」
「わかりました。次に、ゴブリンさん。あなたの名前を聞いても良いですか?」
オークと同じような表情をしたゴブリンも答える。
「ゲギャ。オレハ、丘ゴブリン氏族、戦士ゴルヴァノ息子、ゴシン。」
「はい、わかりました。では、ここに来て亡くなった方々の名前も教えてください。」
春の意図が分からないものの、オルグは言われた通りに死んだ仲間の名前を告げる。
「最初ニ死ンダノハ、銅ゴブリン氏族、戦士ゴラノ息子、ゴレ、ト、ゴロ。兄弟ダ。次ニ、石オーク氏族、族長オラガノ息子、オロガ。池ゴブリン氏族、族長ゴクラノ息子、ゴグリ。ソシテ、サッキ死ンダノガ、鉄オーク氏族、戦士オジクノ息子、オスマ。岩オーク氏族、族長オージュノ息子、オラグ。オレノ弟ダ。」
目を閉じてその名前を聞き終えた春は、今聞いた名前を呟く。
そして再び《精霊の贈り物》を構え、意を決して眼前の狂気を見据えた。
「――今聞いた名前を、わたしは絶対に忘れません。オルグさん、ゴシンさん、一緒に戦ってくれますか?ただし、死ぬのは無しで。どうしてもダメな時はすぐに退いて下さい。」
春と同様に困惑と恐怖に彩られていたはずのオルグとゴシンは、その言葉を聞くと再び廃材を構え狂気の精霊使いへと闘志を込めて向き直った。
「オオ!ヤッテヤロウ!はる様ノ頼ミダ!」
「ゲギャ!ミナギッテキタゼ!」
春と魔人間達のやり取りに、今までの歪な笑顔が消えたラミアは苛立たし気に《無慈悲な刈り手》を構え直し舌打ちをする。
「そう、それがハルちゃんの答えなのね。つまらないわ。もっと泣き喚いて取り乱すと思ったのに。折角掛かっていた《恐怖》も吹き飛ばしちゃうし。本当、つまらない。」
そんなラミアの言葉に、ハルはにっこりと笑って答える。
「ありがとうございます、ミアさん。あなたの言葉で目が覚めました。――それに今、わたしがやるべきなのは、逃げる事じゃありませんから。」
そう言うと春は、《精霊の贈り物》を高く掲げ、内から湧き出る魔句の流れに身を任せた。
「《芽吹け、新緑の眷属。我等にその身を護る加護を与えよ――》」
こうして、春の初めての戦いが幕を開けたのだった。
次回は5月3日 日曜日 18時に更新予定です。




