37話「春と初めての戦い その1」
「ご主人様!今度はあっち!」
鼻をすんすんさせるポテちゃんを胸に抱き、指差す方向へと走る春。
《禍地》を引き寄せる《核》と聞いて、そんな大仰な物は一つだけだと思っていた春だったが、
「もぉ~!なんでこんなに居るの?!」
腹が赤く光っている小蜘蛛が、街の至る所に巣を作っていた。
見つける度に樹精霊達と共に駆除を行う春であったが、基本的にこの手の気持ち悪い生き物が苦手な女の子な為、見つける度に半泣きで踏み潰し浄化の精霊魔法をかけていた。
とは言え、踏み潰してぷちっという感触が足の裏から感じられるたびに、春の心のHPはガリガリと削られていた。
「居ました!マスター!」
「ふえぇぇ・・・」
「ご主人様!がんばって!」
樹精霊達の声援を受けながら、持ってきた箒で路地裏に巣を作っていた小蜘蛛を叩き落とし、踏みつける。
「えいっ!」
ぷちっ
駆除しないといけないとは言え命を奪わなければならないと言う忌避感と、苦手な生き物を潰すという行為そのものに半べそをかいた春は、半ばやけっぱちに気合いを入れて小蜘蛛へと足を落とした。
「うぅ・・・ぷちぷちって・・・ぷちぷちってぇ・・・」
春はどこか遠い目をしながら、潰した小蜘蛛の死骸を見ないように足をどける。
「《瘴疫に侵されし魂よ!穢れし躰を脱ぎ捨て、清浄を取り戻せ!》」
「《リィン ニス ウィール フォル ニス デラ グラン スル レルム!》」
手を繋いだじゃが君とポテちゃんが、魔句を唱えながら盾と小枝を小蜘蛛の死骸にかざした。
すると死骸から黒い靄が湧き出し、それを囲むように光が渦を巻きはじめる。
やがて小蜘蛛の死骸と黒い靄は、光の粒となって溶ける様に消えてしまった。
「ご主人様!次はあっちです!」
「うえええん!まだ居るのぉぉ!」
「この蜘蛛達は《核》の痕跡です!これを辿っていけば、きっと大元にたどり着くはずです!」
肩と頭に乗った樹精霊達に励まされながら、涙目の春はポテちゃんの指し示す方向へとよろよろと走っていくのだった。
その後ろを付けてくる者が居る事も知らずに。
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《メリア》の操作する水刃が、醜鬼のその巨体に似合わず小さな目に突き刺さる。
思わず目を覆った醜鬼の腹へ《波揺》を突き立てると振動破壊により硬い表皮と肉を破られ、その臓物を地面へびちゃびちゃと落として倒れた。
レインは銀の短剣《波揺》を一振りして、刃に付いた醜鬼の血を弾き飛ばす。
「醜鬼の群れは、大体終わりか?」
横で《探査》の魔道具を操作しているドワーフへ、レインは訊ねた。
「うむ。《大障壁》で隔離された魔物は、今ので最後だったようだな。――まあ、この西側では、なんだが。それに――」
ドワーフは《探査》を仕舞い、辺りを見渡した。
纏わりつくような白い瘴気の靄が、黒く変色した地面を這うように漂っている。
「《大障壁》で浸食の急速な進行が抑えられたとは言え、じわじわと禍地化は進んでるな。」
「他の場所も、一応戦闘は止まったみたいだな。外のライオネルの方も、さっきのどでかい音の後戦闘音が聞こえてこないらしい。無事かどうかはわからんが。」
一旦の区切りはついたものの、この場を離れて春の方へ向かうか別の門へ向かうか思案していると、レインの持っている簡易念話石からけたたましい呼び出し音が鳴り響いた。
「レインだ。どうし――」
『飛竜が!城壁に激突して死んでいた飛竜の死骸が変異した!――《腐死竜》になりやがった!』
「なんだとぉ!」
南門に居た冒険者からの叫ぶような通信に、レインも怒鳴って答えた。
「わかった!今すぐ行くから持ちこたえさせろ!」
レインは、持っていた簡易念話石をドワーフに預け、南門へ向けて走り出したのだった。
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「なんですって!」
「腐死竜じゃとぉ!」
救護所に走り込んできたスキンヘッドの冒険者からの一報に、ロレインとアンドルフ先生が同時に声を上げた。
「どうして!飛竜の死骸には《焼却》をかけて処分してたんじゃないの?!」
「それが、他の9体は処分が終わってたのですが、その1体だけ崩れた城壁に埋まってて作業が難航していたようなんです!」
禍地化が始まった時点で、飛竜の死骸の魔物化を防ぐ為に《焼却》の魔法で骨まで残さずに処分するように指示が出ていた。
だが、城壁に激突して死んでいた飛竜は、掘り出さないと魔法の効き目が無い為に後回しにされていたのだ。
時間をかけて地面から禍地の瘴気に汚染され、ゆっくりと魔物化していった飛竜の死骸は腐死竜となって蘇り、作業に当たっていた数名を食い殺し南門前で暴れていた。
「今は冒険者と魔人間の混成部隊で対処していますが、レインさんが来るまで押さえきれません!ロレインさんにも援護をお願いしたく!」
「どうしよう・・・」
実はロレインは、街で《核》探しをする春の護衛に向かおうとしていたのだ。
何人かの者は、すでに春を探しに街へと入っている。
ロレインもそれを追って、アンドルフ先生から予備のポーションの入った小さな鞄を受けとり、街を走り回っている春を捜索しに行こうとしていた矢先の腐死竜の出現だった。
「――なら俺達がハルの所へ行くよ!」
迷うロレインに、テントの入口から声を掛けて来たのは、レジィ、アントニー、ハンスの少年三人組だった。
「あんた達聞いてたの?」
「ああ!腐死竜の方はロレイン姉が必要なんだろ?悔しいけど俺等が向かっても役に立てないし、それに――」
「それにレジィは、大好きなハルさんの方に行きたいんですよ。」
「ばっ!アントニー何言ってんだよ!お、俺はただちゃんと手伝える方に行かないとって・・・」
ニヤニヤとしながら余計な補足を入れたアントニーにレジィが赤くなって反論するが、尻すぼみに声が小さくなっていく。
「俺達、腐死竜行っても、役に立てない。だから、少しでも手伝えそうな、ハルの方行く。」
独特の口調で、ハンスが短くまとめる。
「そう・・・ならそっちはお願い。言っておくけど、ハルちゃんの方が危険って事もあり得るから、気を付けてね?」
「なら、尚更だ!アントニー!ハンス!行こうぜ!」
ロレインからポーション入りの鞄をひったくる様に受けとり、少年三人組は日が沈み始めて薄暗い街へと走って行った。
「それじゃ、こっちも頑張らないとね!行くわよ!」
「ロレインも気を付けるんじゃぞ!」
スキンヘッドの冒険者を連れ立って、ロレインも南門へと走り去っていったのだった。
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「ご主人様!止まって!何か変!」
頭の上のポテちゃんが、春の額をぺしぺしと叩いて注意を促す。
「どうしたの?」
「瘴気の臭いも強いけど、なんか悪意みたいなのを感じる!」
「悪意?・・・」
ポテちゃんの言葉に悪寒を感じた春は、薄暗くなってきている街を見渡した。
住人は全員リングホールへと避難している為、家々にも生活の灯りが無く、誰も居ない石畳の通路を真っ暗な窓が囲んでいた。
見れば石の地面を、どこからともなく白い靄がうっすらと這うように流れて来ていた。
その光景に怖気を感じた春は、顔をこわばらせて腕の中のじゃが君をきゅっと抱きしめる。
「オマエガ、《神種ノ運ビ手》、はる、カ?」
突然掛けられた声にびくっとした春は、怖々と声の方向を見る。
薄暗い路地裏から緑色の肌をした大男と浅黒い肌の小柄な男――オークとゴブリンが数人、ぞろぞろと春を囲むように出て来たのだった。
次回は4月26日 日曜日 18時に更新予定です。




