36話「報告書と新しい神託」
~第8城塞都市リムリオ周辺の状況に関する報告書~
リムリオ商業ギルド長 タロウ・エチゼンヤ殿
作成者 エチゼンヤ商会 商域情報部 ジョニー・リーコック
表記の件について調査を行いましたので、下記の通りご報告いたします。
近年急速に進む瘴気の浸食の影響範囲とその原因について、依頼と報告の最も多かった《第6城塞都市ゴラン》と《第7城塞都市ミリアム》にて、浄化作業関係者に聞き込み調査を実施致しました。
同冒険者ギルドにて作業日時等の照会も行い照らし合わせて見ました所、以下の事が判明致しましたのでご報告致します。
1.瘴気に浸食された地域の調査と浄化を行っていた52組のパーティーの内、3組が《禍地化》の兆候、もしくはその発現を確認。
2、瘴気に浸食された地域にて、人為的な汚染の痕跡を14組のパーティーが確認。
3、瘴気に浸食された地域より、避難してきたと思われる魔人間と遭遇し、2組のパーティー戦闘を行った。
その際捕獲したゴブリン1体を調査したところ、洗脳の痕跡があった模様。
尚このゴブリンは、翌日に牢の中で頭部破裂で死亡しているのを発見され、犯人は目下捜索中との事。
4、ゴラン近郊の山村にて、井戸の中に魔物の《核》と思われる物が沈んでいるのを住人が発見し、冒険者ギルドへ処理の依頼が出された。
しかし依頼を受けて急行した一組のパーティが消息不明。
後日改めて現場へ向かったパーティが、山村全体が《禍地》となっているのを発見、救助に当たるも住人全員が死亡していた模様。
尚、問題の《核》も発見した為、持ち帰り調査中との事。
以上。
追記:今回の魔人間襲撃に際して、避難住人に紛れてゴラン山村で発見された物と同種の《核》が、リムリオ内に持ち込まれた可能性が出て来ています。
これは個人的見解なのですが、この《核》は《禍地化》を発現させる触媒なのではないでしょうか?
《核》を持ち込んだ何者かが潜んでいる可能性もあり、十分注意をお願いします。
『じゃあ街のどこかにあるかもしれない《核》の探索は、ハルと商業ギルド員がやってるのか?』
「そうです。ただ、エチゼンヤさんの部下からの報告書によると、何者かが既に潜入していると・・・。恐らく戦闘もあり得ますので、レインさんにハルちゃんの護衛を、と思ったのですが・・・」
『なるほどな。行きたいのはやまやまなんだが、知っての通り《大障壁》内部にも相当数の魔物が残っててな。今も醜鬼と交戦中だ。』
レインの持つ簡易念話石と冒険者ギルド通信室の念話石を繋げて現状確認を急ぐリエラだが、漏れ聞こえる剣戟の音からも今持ち場を離れる事は難しいのが解った。
「そうですか、わかりました。では引き続き《大障壁》内部に居る魔物の掃討をお願いします。」
『済まないな。出来るだけこっちも早く済ませる。――潜入している奴が居るとして、恐らくかなりの使い手な気がするしな。ライオネルの事も心配だろうが、街の方は取り敢えず任せた。』
そう言い残して、レインは通信を切った。
ふう、と溜息を突いてリエラは椅子に座る。
何か他に良い案は無い物かと額に手を当てて思案していると、通信室の入口から声を掛けられた。
「――なかなか大変そうだね。」
「あ、ナンネさん。」
リエラがその声に顔を上げると、金髪の老婆――リムリオの神事と薬師の二つのギルドを取り仕切る長、ナンネ・ブルームフィールドが、湯気の立つカップを二つ持って立っていた。
「あんたが私を探してるって聞いてね。こっちのほうは一段落したんで、その報告がてらここに来たのさ。」
「わざわざ済みません。」
「いいってことさ。それよりもほら、これでも飲んで落ち着きな。あんた、酷い顔色してるよ?」
カップの一つをリエラに手渡し、自分は隣の椅子へ金色の刺繍の入った紫色のローブを軽く捲って座る。
金糸の刺繍は神事を司る者の証。
そして紫は、病魔を退ける色として薬師が着るローブに使われる。
この二つをナンネが見に付けているのは、この街唯一の《浄化》の魔法の使い手である証でもあり、神事、薬師の両ギルドを仕切る事になった理由でもある。
勿論、それ以外にも事務能力や人脈など、ギルド運営に関する管理能力もズバ抜けている為、掛け持ちギルド長と揶揄されながらもこれまで一度も両ギルドの運営に支障をきたした事はなかった。
「この飲み物、美味しいですね。」
「ああ、それね。例の旅人の娘が、連れてた樹精霊の助言から作った異世界の飲み物らしい。」
「ハルちゃんが?」
まさかナンネの口からいきなり春の話を聞くとは思っておらず、思わず驚いた表情を出すリエラ。
「まさかシャンゴの煮出し汁が、人体への瘴気の悪影響を無効化するなんてね。薬師ギルドで散々研究されてきた瘴気の害、特に《瘴気毒》への特効薬が突然見つかったもんで、うちの者は大喜びしてるよ。――浄化魔法も使えるって言うし、私の後釜で育てたいところだがそうも行かないんだろうね。」
老婆はそう言って、カッカッカッと声を上げて笑った。
一体あの娘はどれだけ自分を驚かせるんだろうと思いつつも、それも良いかなと、リエラもふっと笑いを浮かべた。
「生真面目なあんたも、そんな顔で笑うんだねぇ。――まあそれはいいとして、報告さ。」
春の話題で緩んでいた空気が、ナンネが表情を変えた途端にぴしりと引き締まる。
「まず、避難してきた魔人間達の治療を担当していた薬師ギルドからだね。――エチゼンヤの部下からの報告通り、やはり洗脳の痕跡があったそうだよ。どうやら戦闘中のライオネル坊の《気》に当てられて、正気に戻ったようだね。」
「お父様の?・・・」
「そう、それともう一つ。治療をしながら聞き取りをしたんだがね。奴らが持っていた《結界破りの太鼓》なんだけど、洗脳を受けたと思われる時期に《竜人》と思しき人物から譲り受けた物らしい。」
「《竜人》?ミーネ大森林を抜けた先に居ると言われている種族ですね。」
ナンネは一つ頷くと、話を区切る様に持っていたカップのしょうが湯をすする。
「次に、神事ギルドからの報告さ。まず一つは、長らく行方不明だった《精霊の種》が出現――これはそのハルって娘の事だね。」
「そうですね。ギルドカードにも《神種の運び手》の表示がありました。」
「うん、それでだね。――『災禍の復活』の神託も一緒に出たらしいんだよ。」
「――!それは!」
「ああ、事が事だけに、何度も確認の《神託儀式》を行っていた直後のこの騒ぎさ。内容はこうだ――《亡き聖女の精霊の種、異界の娘に託され再び神樹界に現れん。災禍を孕む新しき国、これを狙う。》だそうだ。」
「新しき国?・・・」
神妙な顔で神託の言葉を告げたナンネに、眉を潜めたリエラが聞き返した。
ここ数年で新しい国が出来たなど聞いた事もないからだ。
「そう、それが二つ目の報告だよ。今日になって、また新しい神託が出たのさ。――《地に墜ちた竜人の国、新しき王によって新しき国を東に築く。新しき王、名を《禍根》と呼ぶ。》」
「《禍根》って確か・・・」
「そう。アインブルグ王を殺し自らが王となり、《災禍戦争》を引き起こした狂王《禍根のヴァーン》。――シェルやオジーが倒した筈の奴が、蘇ってまた国を手に入れたのさ。」
顔を凍り付かせたリエラに、ナンネは話を続ける。
「同じ神託は王都リディアやエフェルハイムでも出ただろうけど、恐らく再び《災禍戦争》が起こるだろうね。――そして、まだ殆ど何も知らないあのハルって娘を中心にして繰り広げられるんだろうさ。」
ままならないもんだね、と呟いて、ナンネは空になったカップをテーブルの上に置いた。
《大障壁》の外からは激しい地響きと爆発音が、何度も聞こえて来ていたのだった。
次回は4月22日水曜日18時に更新予定です。




