35話「春と初めての冒険者任務」
――ライオネルと暴蛇の死闘より少し前。
「じゃあ、出来上がったしょうが湯を南門へも持っていきますねっ」
「お願いね~ハルちゃん。」
サンディから頼まれた、出来立てのしょうが湯入りの《簡易重量軽減》の付与魔法が永久付与された大鍋を、春は軽々と抱える。
両手に付けているトラ猫柄のクッキングミトンは、虹色の松明亭でバイト中に露店から買った、これまた《断熱》の付与魔法の掛けられている物で、春のお気に入りだ。
魔法で軽くなっているとは言え、重心が上手く取れずに少しよろよろしながら大鍋を抱えて1階の出口へ歩いていた春を、エチゼンヤが呼び止めてきた。
「ハルは~ん!」
「あ、エチゼンヤさん。そちらの作業はもういいんですか?」
「いやー、他にもやる事色々出て来てん。ハルはん悪いけど、この文書だれか南門にいてはる人に渡して来てくれへん?あ、自分も見てええで?と言うか見て?」
エチゼンヤの言葉に首を傾げながらも大鍋を足元の床に置き、エチゼンヤの持ってきた書類を広げる。
「なんでしょう・・・――!これ・・・!」
「な?さっき使用人から渡されたんやけど、かなり不味いやろ?今なら多分間に合うさかい、南門のだれぞえらいさんに持ってって~。ライオネルはんは忙しいやろうから、リエラはん辺りが良いかな?ワテはこの件で動き始めるさかいに。」
「わかりました!すぐに持っていきます!」
慌てて大鍋を持って走り出そうとしたその時、足がもつれて春はつんのめった。
「はわわわわわ!」
「あっ!マスター!」
「ご主人様!?」
悲鳴をあげるじゃが君とポテちゃんの横で、ゆっくりとスローモーションで倒れていく春。
あわやアツアツのしょうが湯を床にぶちまけ、その上に転ぶ大惨事を思い浮かべた。
「あぶないでぇ~ハルはん。そないに急がんでええから、ゆっくりいきーや?」
気づくといつの間に回り込んだのかハルの目の前にエチゼンヤが立っており、春も転ぶ前の状態で立っていた。
「へ???今わたし確かに・・・」
「うん、転びそうになっとったなぁ。」
頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべた春の横を、「ほな任せたでぇ~」と眼鏡をくいくいさせながら手をひらひらさせ、ガニ股で2階への階段を上っていくエチゼンヤ。
――エチゼンヤさんって、実は只者じゃないんじゃ・・・
しょうが湯の大鍋を抱えたまま、エチゼンヤが上がって行った階段を呆気に取られた樹精霊達とともに、茫然と見つめる春であった。
「ハルちゃ~ん!」
リングホール入口の階段を下まで降りると、今度は上から春を呼ぶ声。
「あれ?ミアさん。もうお加減はいいんですか?」
「うんっ。もう大丈夫。貰ったしょうが湯のお蔭で元気でたよっ」
ミアは春が持っているのと同じ大鍋を抱え、一気に駆け下りてきて笑顔で答えた。
「なんだか体もぽかぽかするし、ハルちゃんのお手伝いしようとおもってっ。一緒にいきましょ!」
「あ、でも大丈夫ですか?エチゼンヤさんのお話だと、結構危険な状態になってるかもですし。」
「うん、大丈夫!」
そう言ってミアは、春の横を歩き出した。
救護所に着くと、そこは大勢の見慣れない人種で溢れかえっていた。
「魔人間――!」
救護所前に居る魔人間を見て蒼褪めるミア。
何があったのか分からない春は、魔人間達に整列指示を出している少年を見つけ駆け寄った。
「――そこ!ちゃんと並べ!・・・あ!ハル!」
「レジィ君!――この人たちは?」
「うん・・・実はさ。」
怖々と春の元へ来たミアと共にしょうが湯をテントの中まで運び、居なかった間の顛末をレジィから聞かされる。
「へぇ、じゃあこのオークさんとかゴブリンさん達も避難民って扱いにしたんだ。」
「そう言う事らしいな。アンドルフ先生も一気に患者が増えたとかで悲鳴上げてるよ。――ほとんどうちらでつけた傷なんだけどな・・・」
「はぁ・・・じゃあもう戦闘は終わり?」
と聞いた瞬間、城壁の外に空まで届くかのような光の壁が現れ、リムリオ全体をぐるっと囲んでいった。。
「ふぇ!何あれ!」
「わかんねぇ!俺も見たことが無いぞ!」
突然の異変に慌てふためく春とレジィの横で、しょうが湯を取りにきたアンドルフ先生が呻くように呟いた。
「儂も初めて見るが・・・あれが《大障壁》じゃろう。」
「《大障壁》・・・」
「すごい・・・」
初めて見る巨大な魔法に感嘆を漏らす春達。
その横で一人、口を歪めて昏い笑みを零し、春を見つめて居た。
――――――――――――――――――――――――――――――
「お父様・・・どうして・・・」
すでに全て魔力を使い切った《壁の魔像6番》の視覚からは、なんの映像も送られてこない。
掌型のコンソールに手を置いたまま俯くリエラの瞳からは、止めどなく涙が溢れる。
祖父と祖母を殺した暴蛇の話は父から聞いていた。
しかし、いかな強力な魔物でも《大障壁》を越えてくるとは思えない。
なのに、なぜ父は一人で向かって行ったのか。
そこまで思いを巡らせて、ふと気づく。
父、ライオネルは意味の無い事はしない男だ。
毎日、朝になるとジョガー芋達と運動場を走り回っていた。
だがこれは、走り込めば走り込むほど旨みが増すジョガー芋をリムリオの名産にまで引き上げた。
新人冒険者には鉄アレイを贈っていた。
身体が資本の冒険者にとって、街に居る間は自主訓練を欠かすことは出来ない。
まだ財布の中身が心もとない新人にとって、ライオネル印の鉄アレイはその自主訓練に大いに役立っていた。
一人で暴蛇に向かって行った父を思い浮かべる。
いかに精霊武器持ちのS級冒険者でも、あのクラスの魔物を一人で相手どるには命知らずもいいところである。
普通に考えれば短慮にも程があるライオネルの行動であるが、リエラはそこに何か意味があるように感じた。
リエラは涙を拭い、考える。
「お父様が《大障壁》発動の指示を出したのは、暴蛇が現出する前。――ならなぜ発動の指示を出したんでしょう?魔人間達は既にこちらへの戦意を喪失していましたし、禍地化にしても魔物の脅威さえ無くせば、結界石設置による浄化結界だけで清浄に戻せます。」
恐らく本人も勘だけで指示していた理由、リエラはその答えを導き出そうと思考を巡らせる。
「もしかして――」
リエラの中で、様々な事象の点が線になっていく。
「――本当の脅威は街の中?・・・《大障壁》は外から防ぐ為じゃなくて、中から逃がさないようにする為?」
リエラはそこまで思い浮かべ、コンソールを操作して待機状態にした後、現状確認の為に南門へと転移した。
南門付近は、沢山の怪我人と魔人間の避難民でごった返している。
門外からは父の激しい戦闘音が地響きと共に聞こえてきていた。。
「――!あっ!リエラさん!」
「ハルちゃん?」
転移で南門へ来たリエラへ、近くをうろうろしていた春が駆け寄ってきた。
「どうしたの?ハルちゃん?」
「えっと、エチゼンヤさんからこの文書を届けてくれって頼まれて・・・」
「――!あの人来てたの?!」
春の口から、父が待っていた人物の名前を聞き驚いたリエラは、とりあえず渡された書類に目を通した。
「これって!」
「エチゼンヤさんは、わたしにもこの書類を見せてくれて、この件で自分も動くって言ってました。」
春が言った言葉に目を見開くリエラ。
「もしかしてハルちゃん・・・」
「はい。精霊魔法で瘴気の浄化を出来る様になりました。多分エチゼンヤさんは、それでわたしにもその書類を見せたんだと思います。」
リムリオでも神事ギルド長1人しか使えない、単独での浄化魔法。
それを、まだ精霊使いに成りたての目の前の少女が使える様になっていた。
――この娘には色々驚かされるわね・・・
じっと見つめるリエラに、首を傾げる春。
何か変な事を自分は言ったんだろうか?という様な表情に、リエラは思わず軽く微笑んだ。
「ハルちゃん・・・危険な作業になると思うけど頼んでも良い?」
「はい。大丈夫です。じゃが君とポテちゃんも付いてますしっ」
リエラは「そう」と軽く呟くと姿勢を正し、春へと緊急任務の命令を下す。
「ハル・イスズ。貴女は今からリムリオ内を探索。禍地を引き寄せていると思われる《核》を探し出し、直ちにそれを浄化して下さい。場合によっては戦闘も想定されますので、後程増援の人員を派遣します。これは緊急の任務ですが、冒険者ギルド長代理、リエラ・リオールの名で正式に受理します。――では幸運を祈ります。」
「はい!」
気持ちよく返事をした春は、《精霊の贈り物》を手に樹精霊達を連れ街へと走って行った。
「後は、他のギルド長へも連絡しないとね。」
激しい戟音のする《大障壁》の外へ目を向ける。
「お父様。こちらも頑張りますので、絶対に生きて帰って来てくださいね?」
そう言って、各方面へ支持を出すべく念話石のある冒険者ギルドへと、リエラは転移したのだった。
今までは「お手伝い」でしたので、ここからが初めての任務になります。
次回は4月19日 日曜日に投稿します。




