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種と不死者と少女の物語  作者: 狸森
1章 神種の運び手
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34話「暴蛇との死闘」

――《暴蛇ウムガルナ


かつてライオネルは両親の仇である蛇の魔物の情報を求め王都リディアの大図書館に訪れた。

その際、大図書館の司書ダグラスに案内された禁書庫で発見し読んだ黒書グリモワール禍いの胎盤ユーベルプラセンタ》にはこう記されていた。


暴蛇ウムガルナ呪念集合霊レギオンが寄り集まり現出する魔物の一つ。腐食する毒を撒き散らし、生きとし生ける者全てを呪い、拒絶する者。残忍なる黒き蛇の姿をした冒涜の王の下僕。』


黒書グリモワールを読んだライオネルは膨大な魔力マナを吸われてその後1か月寝込んだが、それからというものギルドへ来る依頼の中でも特に瘴気の濃い場所へ進んで向かうようになる。


無論、暴蛇ウムガルナを探す為だ。


暴蛇ウムガルナを追い求め、同じリムリオで冒険者となった弟タイガーと共に依頼をこなしていく内に、いつしかライオネルは禍地まがちを練り歩く赤い髪の鬼――『赤鬼』と呼ばれるようになっていた。

タイガーも同様の理由で『青鬼』と呼ばれ、赤髪の鬼と青髪の鬼の兄弟は二つ名持ちのSランク冒険者となっていた。


しかし、結局暴蛇ウムガルナは見つからず、リエラとリーヤが産まれたのを期にタイガーに諭されてリムリオの冒険者ギルド長という役職に収まっていた。


「私が代わりに暴蛇ウムガルナをやっつけてあげるから、兄者は家族を守ってあげなさいね?」


かつて、母が別れ際に言った言葉と似たような事を言われ、納得するしかなかった。




それが今、現れた仇の姿を目の前に、ライオネルの精神のタガは外れてしまった。


自らの内に眠る、荒ぶる鬼人族の血の力。

その荒ぶる血に呼びかけ、強い精神力で手綱を握る。

燃え盛る炎のような赤い模様がその腕に、脚に、胸に、そして顔に、渦巻くように広がり、己の肉体に強化を施していく。


「ウガアァァァ!」


猛るライオネルの周囲には、バチバチと音を立てながら発火現象が起こり沼地の水分を蒸発させ、その蒸気で辺りを白く染めていく。


「フウウゥゥゥ・・・」


もうもうと煙る視界を裂いて現れたのは、真っ赤な炎を身に纏った一体の鬼。


戦鬼昇華せんきしょうか


鬼人族の中でも黒い角・・・を持ち得た者、もしくはその近親者にしか使えない、種族固有の肉体強化だ。

他種族にも稀に現れるその能力は、『固有技能ユニークスキル』と呼ばれる。


かつてライオネルが守護者の試練を受け、最後の試練だった《守護者の魔像ガーディアンゴーレム》との戦いの最中、右目と引き換えに発現した能力だ。

だが、急激な肉体強化と発火能力を扱う際の魔力マナ摩耗により、《戦鬼昇華》を使った後は向う一か月は全身に激痛が走るというリスクもあった。


それでも、ライオネルがこの能力を真っ先に使ったのは、両親を殺された怒りからでも、その仇を目の前にした高揚感からでもなかった。


十分に時間をかけ綿密に倒す算段を練り、《番人の鋼ヴェヒターシュタール》や《戦鬼昇華》を使って尚、勝てるかどうか分からない相手。


それが目の前に居る『冒涜の陰禍レギオン 暴蛇ウムガルナ』だった。


「さあ、やろうか!30年余りもこの時を待ったんだ!――俺の気が晴れるまで殴るから、簡単に壊れてくれるなよ!?」


吼えたライオネルに答える様に、暴蛇ウムガルナはその身を躍らせて小さき獲物へと襲い掛かった。




――身体が熱い。

だが頭の芯は凍えるほど冷えている。


己の内に燻っていた復讐者としての殺意を、ライオネルは歓喜と共に解き放つ。


ライオネルに食いつこうとその顎門あぎとを大きく開けた暴蛇ウムガルナの鼻面を右足で蹴り、大きく空中へ飛び上がった。

追撃で振るわれた巨大な尾を、炎を纏わせた《番人の鋼ヴェヒターシュタール》でいなし、重量操作で軽くなった体を空に舞わせ暴蛇ウムガルナの胴へ一撃を入れる。

ジュゥッと何かが焼ける音と鈍い金属音と共に、《番人の鋼ヴェヒターシュタール》が弾かれる。

硬い鱗に覆われ、金属すら溶かす腐食毒を纏うその体には、軽く焼け跡が残るぐらいでさほどのダメージは通っていない。

だが、炎を纏った戦斧もまた溶けてはいない。


「ちっ!やはり正攻法では無理か!」


地面に着地したライオネルは、先ほど暴蛇ウムガルナを蹴った右足に違和感を感じた。


見れば履いていた鉄靴ソールレットが溶け、革の中敷きとライオネルの右足の先、中指から小指にかけてぐずぐずと泡立ち煙を上げてとろけていた。


「あの一瞬でこれか・・・厄介だな!」


溶けた右足の先を発火能力で焼いて毒を消し、地面に擦りつけて火を消したところで再び襲い掛かってきた暴蛇ウムガルナの巨大な口を、左足で地面を蹴って躱す。

《戦鬼昇華》で痛みに鈍くなっているとは言え、踏み込むと鈍痛の走る右足も使い、次々と繰り出される暴蛇ウムガルナの攻撃を紙一重で避けていく。


「受けに回ると不味いな。」


なんとか暴蛇ウムガルナから距離を取ったライオネルは、《番人の鋼ヴェヒターシュタール》を両手で構え直し、一気に振り被って地面に叩きつけた。


ボゴン!


超重量の操作をした《番人の鋼ヴェヒターシュタール》を叩きこんだ地面からまるで谷のようなひび割れが伸びていき、暴蛇ウムガルナを飲み込んだ。

巨大な体躯を全て落とし切ることは出来なかったが、それでも動きの制限された暴蛇ウムガルナへ向かって一気にライオネルは距離を詰めた。


「うおらぁぁぁ!!!」


炎を纏わせ超重量化した《番人の鋼ヴェヒターシュタール》の連撃を、幾百と叩き込む。

空中を蹴り、一撃一撃に全身全霊を込め、炎を纏った身体ごと己の魂をぶつけていく。

巨大な黒蛇の目を潰し、鼻を割り、牙を折り、尾を切り裂き、鱗を焼く。


やがて鱗の隙間からぶすぶすと炎が走り、最後に渾身の一撃をその眉間に叩き込むと暴蛇ウムガルナの全身が火柱に包まれた。


「はぁ・・・はぁ・・・どうだ?」


未だ火の燻る焦げた巨体はピクリとも動かず、潰されくり抜かれた目玉をぶら下げたまま地割れの谷底に横たわる。


「は・・・はは・・・やった・・・やったぞ!」


ライオネルは感極まって勝利の雄叫びを上げる。






――しかし。



ドガァ!


「グハァ!!!」


足元から突き上げてきた黒い物に、ライオネルは吹き飛ばされた。


吹き飛ばされ地面に叩きつけられた所へ、さらに鞭のように幾度も攻撃を打ち込まれる。


激しい攻撃が止み、地面にめり込んでいたライオネルはなんとか起き上がろうとするが、上手く腕に力が入らない。


「――ゲフッ!ゴフッ!・・・なんだこいつはぁ!」


肋骨を数本折られ吐血しながらライオネルが見た物は、今まで見たことのない『黒い蛇』だった。


黒い掌の形をした鱗がびっしりとその体を覆い、時折その指が動くとその先から黒い靄が噴き出る。

白い腹には内蔵の様な物が透き通って見え、尾の先には人の顔の様な物がいくつも浮き出ては消え、しゅるしゅると音を立てる。

がぱっと開いた口の中にも、同様に苦し気な人の顔がいくつも浮き出ており、まるで呻き声のような音がその口腔から漏れ聞こえる。

不釣り合いなほど真っ白い牙と真っ赤な舌からは時折毒の雫がぽたぽたと落ち、地面に落ちる度にじゅうっと音を立てて煙を上げる。

そして長い髪を生やした頭には、血の様に赤い瞳と額には赤い宝石――《コア》が禍々しい輝きを鼓動のように明滅させていた。


一瞬呆気に取られたがすぐに我を取り戻し、先ほど自分が渾身の連撃を放った巨体の方へ振り向く。

黒焦げの巨大な蛇は、しぼむように潰れていった。


「まさか・・・こいつが本体か?――脱皮したのか!」


ライオネルの言葉を理解したのかしないのか、ニタァっと口元を釣り上げて嗤った暴蛇ウムガルナの本体は、瀕死の鬼へとさらに攻撃を加えるべく動き出す。


「――っくそ!がぁ!」


寸での所で《番人の鋼ヴェヒターシュタール》を盾にして防御したが、同時に吐き掛けられた毒液は炎を纏わせていない戦斧の刃を貫き、ライオネルの左肘を溶かした。


「ぐあぁぁぁぁ!!!」


《戦鬼昇華》の効果が切れかかっていたライオネルは、その激痛に絶叫を上げる。


「・・・くそ・・・ここまでか・・・」


力無く寝転がり溶けて骨が見えている左肘を見つめ、思わず諦めの言葉が出る。




『――あんた。』


ライオネルの脳裏に妻フィリアが現れ、優しく微笑みかける。


「あぁ・・・すまねぇ。お前の両親の仇も、取ってやれそうにねぇ・・・」



『――お父様。』


長く艶やかな赤い髪をなびかせて、長女リエラが微笑む。


「リエラ・・・後は頼んだぞ・・・不甲斐ない父で済まない・・・」



『――お父さん!』


まだ元気に走り回っていた頃のリーヤが、満面の笑顔でライオネルに笑いかける。


「リーヤ・・・元気でな・・・お父さんが赤龍レッドドラゴンの棲み処から取ってきた《龍の宝玉ドラゴンオーブ》があれば病気なんてきっと治る・・・・・・・・・ん?」


そこまで想いを巡らせて、はたと思い当たる。

リーヤの為に赤い繭の霊石コクーン、《龍の宝玉ドラゴンオーブ》をペンダントに加工させていた時だ。


たしかあのペンダントは、魔を祓う金属《精霊銀ミスリル》を使わせていた。


そして両親の形見の指輪も・・・



金属も肉も骨も溶かす暴蛇ウムガルナの腐食毒の中、なぜ遺品として残っていたのか。



半分溶けた左手の薬指で、形見の指輪はあの当時と変わらぬまま鈍く光っていた。



「ぐ・・・おぉぉぉ!!!」


血反吐を吐きながら最後の力を振り絞るように、半分溶かされた《番人の鋼ヴェヒターシュタール》を身体の支えにして立ち上がる。


スケールダウンしたとは言え、ライオネルと比べても未だ巨大な暴蛇ウムガルナを前に、ぼろぼろの身体をその闘志と気力だけで動かす。


「――ふっ・・・ふふふっ・・・ははははは!さあ来い!暴蛇ウムガルナ!俺を殺したければ、この命ごと食いちぎりやがれぇ!!!」


そう叫んで今にも千切れ落ちそうな左腕に業火を点す。


炎は《精霊銀ミスリル》の指輪を溶かし、残った魔力マナを駆使してその拳を覆い始める。


「――おっとこいつも忘れちゃいけねぇな。」


そう言って壊れたテレホンに内蔵されていた魔石を《精霊銀ミスリル》で覆った左手に握らせた。



きしゃぁぁぁぁ!


猛りを上げてライオネルに迫る暴蛇ウムガルナ


「――これでも・・・食らいやがれぇぇぇぁぁぁぁ!!!」


ライオネルは身を翻し振りかぶると、重量操作を施した左腕を振り抜いた。



ぶぢぃ!


異様な音を立てて血飛沫と共に《精霊銀ミスリル》の拳は暴蛇へと高速で飛んでいく。



鼻先へ当たった《精霊銀ミスリル》の拳は、暴蛇の肉を吹き飛ばし、眉間の《コア》へと突き刺さり無数のヒビを入れる。

それと同時に、持たせてあったテレホンの魔石が砕けて内包された魔力マナを弾けさせ、《コア》の内部で衝撃が共鳴する。


――!キョアァァァァ!


悲鳴の様な声を上げた暴蛇ウムガルナの眉間で、《コア》は粉々に砕け散った。


コア》を失った暴蛇は、一瞬その身を震わせるとずるずると溶けていき、やがて灰となって風に攫われていったのだった。



それを見届けたライオネルは、左腕からぼたぼたと血を流しながらばったりと後ろに倒れた。


「ふ・・・ふはっ!はははは!やったぞ!父よ!母よ!みんな!俺はやったぞ!!!フィリア!リエラ!リーヤ!――」


大の字に寝たまま残った右腕をゆっくりと、それでも真っ直ぐ突き出し、





「――俺はお前たちを!愛してるぞおぉぉぉぉ!!!!」





大空へと叫んだ。








やがて、付近には血の匂いを嗅ぎつけた食人鬼オーガが、じりじりと集まり始めていた。


ライオネルは傷だらけの身体をゆっくりと起こし、壊れかけた《番人の鋼ヴェヒターシュタール》を残った右手で掴んだ。


「――さあ!来い!俺はまだ生きているぞ!お前らを打ち倒し!絶対に家に帰るからな!」


ライオネルは血に濡れた満面の笑みで、にじり寄る食人鬼オーガの集団へと声高に宣言したのだった。





ライオネル編終了です。

いつもより長いエピソードになりましたが、少しはかっこよく書けたかなぁ。


あと全話見直して『』を《》に差し替えたり、加筆修正しました。


次回は4月16日木曜日投稿予定です。

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