32話「強くて優しいお父さんと綺麗で優しいお姉ちゃん 中編」
「――魂呼鴉!」
ライオネルの声が聞こえた者は、冒険者も魔人間も問わず一斉に上空を見上げた。
「ゲギャ!アレハマズイ!大将!イッタン退イタホウガイイ!」
ライオネルの傍らに居た赤い帽子のゴブリンが進言する。
「なぜだ?」
「アイツラハ、魔物ヲヨビヨセル邪精霊!アイツラガ、ハコンデクルノハ、ヒトノタマシイデハナク、魔物ノタマシイダ!」
ゴブリンはガタガタ震えながらも、魂呼鴉の飛び交う空を睨み続ける。
そのゴブリンの言葉に、ライオネルは大きく目を見開いた。
「――!そういう事か・・・!」
何か合点がいったのかライオネルはゴブリンの言葉を聞き入れ、周囲の者達へ一時退避を命じ始めた。
「総員一時退避!南門内へ入れ!――リエラは居るか?!」
『はい、お父様!ここに!』
天馬型壁の魔像4番が動く死体を蹴散らしながらライオネルの元へ駆け寄り、リエラが音声で答えた。
「壁の魔像の魔力残量はどのぐらいだ!?」
『1番が5割、2番とこの4番が6割程。6番はエバンス様と共に南門上部の外郭塔で待機しておりましたので、8割残っております!』
「ならば6番をここに置いて、2番と4番を東西の門前へ!1番は北門前に配置しろ!急げ!」
『はい!』
リエラにそう指示すると、一瞬だけ魂呼鴉の飛び交う空を睨みつけ、自らも退避を始めた。
走るライオネルの脳裏によぎったのは、幼い頃に魔物の集団に襲撃され滅びた鬼人族の村。
そして自分を守って死んだ両親の事だった。
「――もうあんな事は沢山だ!絶対に・・・絶対に守って見せるぞ!」
そう言葉に出して、自らを奮い立たせるのであった。
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ライオネルが生まれ育ったのは、鉄の国ルドルフ近郊の山奥にある鬼人族の村だった。
人口300人程の狩猟と農耕が主な生活源の小さな村ではあったが、遠くエフェルハイムやアマル首長国からも戦士や冒険者のスカウトが派遣される程に住人の勇猛さで知られた村でもあった。
ライオネルはその村に住む鬼人族の族長の家で長男として産まれた。
幼いライオネルは、花や草を好み、虫や川のせせらぎを愛で、近所の女子達とおままごとに興じる心優しい気弱な少年であった。
戦士の家系ではあったが、ルドルフの戦士長を務めたこともある父も、エフェルハイムで魔法兵をしていた母も、そんなライオネルを咎める事もなくすくすくと育っていった。
「世の中は強さだけが全てじゃない。そんな事より誰に対しても優しいという事が一番大切だ。――ライオネル。優しく誠実な男になれ。・・・特に女の子には優しくしないと痛いしっぺ返しがくるぞ。」
隣の家の2歳年下のお転婆な娘フィリアに泣かされて帰ってきた日、父はそう言ってライオネルを優しく撫でた。
その横で母が、父に生暖かい目を向けてもいたが。
弟タイガーが産まれ2年経ち、ライオネルが7歳になった頃、その事件は起きた。
「――魔物だぁ!魔物の集団が来るぞぉ!」
鳴り響く警鐘の中、警護団の青年が必死に叫びながら走り回っていた。
その叫びを聞いたライオネルがふと空を見上げると、数えきれないほどの魂呼鴉が飛び交っていた。
「――ライオネル!ここに居たか!」
「お父さん!あれは一体何!?」
「魔物の襲撃だ!お前はタイガーとフィリアを連れて街道まで逃げろ!父さん達も後で向かう!」
父は連れて来たタイガーとフィリアをライオネルに預け、他の鬼人族の戦士と共に走って行った。
戦斧を肩に担ぎ走り去る父の背中を頼もしく思いながら、ライオネルは憧れの眼差しで見送る。
それが父を見た最後の姿だった。
次第に淀み始める空気の中を泳ぐように、靄に包まれた森を転がる様に走り街道まで辿り着くと、母が馬車の用意をしていた。
見れば他にも数人、いくつかの馬車を準備している。
「お母さん!」
「ライオネル!タイガー!フィリアも!この馬車に乗りなさい!」
「お母さんは!?」
「母さんはお父さんと一緒に後から行くから。いい?ライオネル。あなたはお兄ちゃんなんだから、タイガーとフィリアの面倒を見て守ってあげなさいね?」
母はそう言ってライオネル達を撫でて微笑むと、《言霊》の魔法を使い馬に行先を指示する。
走り出す馬車の幌から顔を出して、見送る母を見つめる。
と突如、今しがたライオネル達が走ってきた森の中から巨大な影が現れた。
「お母さん!」
「――!ここは絶対に通さない!ライオネル!行きなさい!」
母はその巨大な影――鎌首をもたげた巨大な黒蛇《暴蛇》に向けて杖を構えた。
「嫌だ!僕も戦う!お母さん!」
そうライオネルは叫んだが、すでに馬車は勢いを付けて走り出していた。
走り去る馬車の荷台から、次第に濃い靄と暴蛇の影に飲み込まれていく母を、3人は泣き叫びながら見続けていた。
やがて靄を抜けると、まるで何事もなかったかのように静かな草原が広がり、泣きじゃくる3人を乗せたまま馬車は走り続けた。
一昼夜も走り続けただろうか。
「――!どーう!どう!」
泣き疲れて眠る3人が乗る馬車を、何者かが止めた。
すぐさま起きたライオネルは、タイガーとフィリアを守る様に抱き寄せる。
気弱な少年は勇気を振り絞り、声を潜めて母の言葉を守ろうとしていた。
馬車を止めた人物はライオネル達が居る荷台へ回り込み、《光源》の魔法で幌の中を照らした。
「・・・子供?」
泣き腫らした3人の子供を見た人物は眉をひそめ、その荷台へ乗り込んできた。
黒い髪を団子に纏め、スリットの入った赤い武闘着を着た美しい女性だった。
「・・・大丈夫、何もしない。――飴ちゃん食べるかい?」
そう言って自分の鞄から、小さな紙に包まれた飴玉をそっと差し出した。
《拳聖 アンジェリーナ・キャスティロッティ》
世界最強の拳闘士と言われる人物であった。
ライオネルから事情を聞いたアンジェリーナはルドルフの宿屋へ3人を預け、すぐに襲撃のあった鬼人族の村へルドルフの兵を引き連れて向かった。
どうか、父と母が無事でありますように。
そうライオネル達は祈りながらアンジェリーナを待った。
一週間後、村から帰ってきたアンジェリーナが3人に見せたのは、柄の折れた父の戦斧、母の使っていた杖にあしらわれていた魔石、そして一組の指輪だった。
「残念ながら、フィリアの両親の物は見つからなかった。ごめんよ。」
それらの遺品を目の前に、再び泣き出したタイガーとフィリア。
だがライオネルは涙を堪え、震える声でアンジェリーナに決意を込めて告げた。
「アンジェリーナお姉ちゃん!オレを弟子にしてください!父と母の仇を討ちたいんです!」
しばらくライオネルをじっと見つめていたアンジェリーナだったが、やがてふぅっと溜息を突きライオネルの前に立ち上がった。
「あたしゃの修行は厳しいよ?」
「分かっています!」
「覚悟は出来ているのかい?」
「はい!」
再びライオネルをじっと見つめるアンジェリーナ。
すると今まで泣きじゃくっていたタイガーとフィリアからも声が上がる。
「わたしも弟子にして!」
「ぼくも!」
そう言って二人もライオネルの横に立つ。
その様子を見たアンジェリーナは、ポリポリと頭の後ろを掻きながら困ったような顔をしていた。
「ん~、どうにもこういうのに弱いんだよねぇ・・・あたしゃ。よし分かった、3人とも弟子にするよ。その代り厳しく行くからね?覚悟しな!」
「「「はい!」」」
こうしてライオネル、タイガー、フィリアの3人は拳聖の弟子となった。
アンジェリーナの修行は想像を絶するほど厳しかったが、同時に親を亡くした3人に愛情と優しさも与えてくれた。
数年後、アンジェリーナの結婚を期に3人は独り立ちをする。
タイガーはアンジェリーナの技を受け継ぎ、拳闘士の道へ進んだ。
フィリアは魔力の扱いに長けていたため、戦士としての修行と魔法の訓練を同時にこなし、魔剣士としての道を歩んだ。
そしてライオネルは、修復した父の戦斧を手にエフェルハイムで守護者の試練を受け見事突破した。
その戦斧は試練によって精霊武器《番人の鋼》へと変化し、ライオネルの相棒として長らく使われる事となる。
さらにその数年後、第8城塞都市リムリオにてS級冒険者として強く逞しくなったライオネルは美しく成長したフィリアと再会し、父と母の形見の指輪を贈り結婚をしたのだった。
その後、娘が2人生まれたのを期に冒険者を引退し、リムリオの冒険者ギルド長となった。
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「――お前とも長い付き合いになったな。」
一時退避した南門前で、そう言って《番人の鋼》を撫でるライオネル。
その父と同じ大きさになった左手の薬指には、形見の指輪が光っていた。
補足
ライオネルの現在の年齢は42歳。フィリアは40歳。タイガーは37歳です。
ちなみに今でも現役で世界最強の拳聖アンジェリーナの当時の年齢は25歳。
なので逆算すると・・・おや、誰かが来たようだ。




