27話「街の異変と精霊武器を持つ者達」
――奔る。
暗い森の中をただひたすらに、走る。
銀髪をなびかせ、数十匹の赤化魔猟犬を引き連れて。
彼女の居る、城塞都市リムリオへと。
――間に合え。
――――――――――――――――――――――――――――――
「――結界が・・・」
救護所の準備も終わり、春はアンドルフ先生の隣で樹精霊達と共に割れた空を見ていた。
破られ光の粒となって消えていく結界の最後を、瞬きも忘れただ見つめていた。
「お嬢ちゃん、よく見ておくんじゃ。数百年もの間、魔獣や魔人間から護り続けて来た結界の最後じゃ。恐らくこれから、リムリオだけでなく別の場所でもこういう事が何度も起きるじゃろう。――じゃが、おぉ・・・なんとも美しい光景じゃのぉ。」
空いっぱいに金色の飛沫を残し、泡の様に弾け消えていく結界片。
春はアンドルフ先生の言葉にただ黙って頷き、結界が消えていく空を見つめ続けていた。
――それに、この事はお嬢ちゃんの《種》と無関係ではないじゃろうしの。
春に聞こえないように、アンドルフ先生はそう呟いた。
「――アンドルフ先生!」
「なんじゃ?」
リングホールのほうから息を切らせて走ってきた紫髪の町娘が、アンドルフ先生へと駆け寄る。
「おぉ、ミアか。どうしたんじゃ?」
「はぁ、はぁ・・・。リングホールへ避難に向かっていた数人が、突然体調を崩し始めて・・・。今サンディさんが看てるけど、思わしくないからアンドルフ先生に聞いてきてって・・・」
「なんじゃとぉ?!」
アンドルフ先生は険しい顔で声をあげる。
これから魔人間との戦闘が本格化するという時に、図ったかの様に不調を訴える人が現れたというのは、余りにもタイミングが良すぎる。
「不味いのぅ・・・。今儂が此処を離れる訳にもいかんし、主立った治療師は南門外に皆出払っておる。」
元々深い皺をさらに深く寄せて、アンドルフ先生が呻く。
「マスター、マスター。」
横でそれを聞いていたじゃが君が、春の肩に乗って呼びかける。
「その人達、ぼく診れると思うよ?」
「えっ?じゃが君出来るの?」
「うんっ!」
力強く頷くじゃが君。
それを見てほえーと感心する春と、「ふむ」と白い髭を撫でるアンドルフ先生。
「お嬢ちゃん。どうやらお嬢ちゃんが思っている以上に、この樹精霊達は色々な事が出来るようじゃな。一度この子達から何が出来るか聞いて置いた方が良いかもしれんぞ。」
「うーん、そうですね~。」
「うむ。」
白い髭を撫でていた手を止め、アンドルフ先生は春に提案をする。
「お嬢ちゃん。樹精霊達を連れて、患者の居る所まで行ってきてくれんか?」
「え?わたしがですか?」
「うむ。精霊使いになったとは言え、未だ精霊魔法を使ってみておらんのじゃろ?」
「うっ・・・そうなんです・・・けど・・・」
言葉に詰まって渋る春に、アンドルフ先生は続ける。
「ならば実地で使ってみたほうが理解も早いじゃろ?どうやらお嬢ちゃんは攻撃的な事が苦手なようじゃしの。」
「はい・・・」
「お嬢ちゃんが何に不安になっているのかは何となく分かるがの。今は一人でも人手が欲しい時じゃ。行ってくれるかの?」
「・・・はい、わかりましたっ!」
アンドルフ先生は一つ頷き、じゃが君とポテちゃんを一撫でするとにっこりと笑った。
「なぁに、大丈夫じゃ。この子たちも付いておる。――それじゃミア、患者の所までお嬢ちゃんを案内してやってくれ。」
「わかりました!こっちです!」
樹精霊達を抱え、ミアと呼ばれた紫髪の町娘と共に春は走り出したのだった。
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「雄々おぉぉぉぉぉ!!!」
魔法によって泥沼と化した鈴穂平原。
ライオネルはぬかるみに足を取られ思うように動けないオークに、両手で持った巨大な戦斧《番人の鋼》を容赦なく振り抜き肉塊に変えていく。
オーク達は粉砕さればら撒かれていく仲間の残骸を浴びて一瞬怯むも、さらに怒気を膨らませて仲間の死骸を足場にライオネルへと突っ込む。
が、しかし。
あろう事かライオネルは突っ込んできたオークの頭を正面から片手で鷲掴みにし、そのまま数回振り回して後続のオーク部隊へと放り投げた。
いや、ライオネルの手にはオークの頭が残っていた。
放り投げたのではなく、胴体が首から千切れ飛んでいったのだ。
胴体が飛んで行った先の群れでは、まるで巨大な重量物が突進していったかのように屍が散乱し、包囲に穴が開いている。
ライオネルは掴んでいるオークの頭を振りかぶると、先頭にいた鉄の鎧を着こんだオークにぶち当てた。
ぐぼんっ!
異様な音に立ち止まった鉄の鎧のオークの腹には大きな穴が開き、その背後にいたオーク数体にも同様の穴が開いていく。
信じられない、と言う様な目をした鉄の鎧のオークは徐々に白目を剥いていき、緑色の体液を撒き散らしながらゆっくりと泥の中に倒れて行った。
《重量操作》
ライオネルが持つ『精霊武器』の戦斧《番人の鋼》の特殊能力だ。
この戦斧には春に渡された《精霊の贈り物》と同じように繭の霊石が埋め込まれている。
かつて守護者の試練でエフェルハイムにある聖者の地下墳墓へ潜った際に手に入れた物だ。
この戦斧の能力は、手に触れた物の重量を一時的に自在に操ることができる。
オークを片手で掴んだ時には軽量化を。
振り回している間には徐々に重量を増やし、千切れ飛び群れに当たる瞬間に一気に重量を数倍にしていた。
重量は増しても加速は変わる事がなく、まるで砲弾のように他のオークの肉片や体液を撒き散らしながら吹き飛んで行ったのだ。
鉄の鎧のオークに頭を投げつけた時も同様に、巧みに重量操作を行い胴体に風穴を開けるほどの威力を出していた。
「さあ!どんどん来い!全部ムギの肥やしにしてくれるわぁぁぁ!」
《番人の鋼》を構え直し、オークの群れに突っ込んでいくライオネル。
文字通り、千切っては投げ千切っては投げを繰り返していくのだった。
――そのライオネルから西へ300メルテ程離れたリムリオ南西地点。
ここではレインと数名のA級冒険者の部隊が、バグベアの群れと交戦していた。
皮の目出し頭巾をすっぽりと頭に被り、剛毛の生えた太く長い腕に筋肉質の身体、そして短い足。
異様な風貌のバグベアは、巨大な棍棒を振りかざしてレイン達へと迫る。
レインはバグベアに向かって銀色の短剣を構え、短い魔句を唱える。
「――纏い、逆巻き、斬り裂け。水刃の操作は任せるぞメリア!」
他の冒険者の目には見えないレインの契約精霊《水脈の麗人》は、魔句により生成された数十本の水の刃を主の周りに漂わせる。
振り落されたバグベアの棍棒を身を翻して躱し、銀色の短剣――精霊武器《波揺》をその毛深い剛腕に突き立てる。
と、《波揺》が一瞬揺らめくように振動し、ボキャッと音を立ててバグベアの腕が内側から破裂した。
突き刺した対象の水分を振動させ破壊する《波揺》の特殊能力である。
腕を失いぐらついたバグベアに、《水脈の麗人》が操作した水刃が一気に襲い掛かり、一瞬で細切れとなった。
「さすがレインだな!一線を退いていたとは思えないな!」
他のバグベアが振り回してきた棍棒を鉄の盾で防ぎながら、群れの中でも一際大きかったバグベアを瞬殺したレインに賛辞を送る小柄な地人。
その地人へ攻撃を仕掛けていたバグベアに、横から剣を突き刺してトドメを刺した骨人が、同意するように顎の骨をカタカタ言わせる。
「まったくだ!俺等が束になっても敵いやしねぇ!いっそまた冒険者に戻ったらどうだ!?」
さらにもう一体のバグベアを沼に沈めたレインへ、三又の銛を持った鱗人が感嘆を漏らす。
「アホウ!お前らみたいな呑んだくれ冒険者相手だと、このぐらい出来ないとやってけないぞ!」
「ハハァ!ちげぇねぇ!」
そう、この部隊は虹色の松明亭の常連の集まりなのだった。
「サンディが祝勝会をするって言ってたから、お前ら気合い入れろ!」
「まじか!」
「よっしゃ!タダで呑めるぞ!」
――カタカタカタカタッ
いつもの寡黙な虹色の松明亭の主人とは違う冒険者としてのレインは、常連の冒険者達と共にバグベアの群れの中を冗談を飛ばしながら削り取っていった。
戦いはまだ、始まったばかり。




