閑話「神語りの一幕」
ちょっと短めです。
――夜の帳が降りた森の中。一軒の家があった。
母屋と納屋が繋がっている――日本風に言えば『曲がり家』に近い形状の建物であった。
《魔女の家》
近隣の住人からはそう呼ばれ親しまれていた。
その家には、いつ頃からか老婆と少女が暮らしていた。
2人は仲睦まじく、近隣の住人がその家を訪れるといつも少女の笑い声が聞こえて来たと言う。
パチパチと燃える暖炉の火の横で、老婆は椅子に腰かけて編み物をしていた。
もうすぐ寒さも厳しくなる。
少女の為に暖かい物を、とせっせと編む。
とととっと言う足音と共に、笑顔の少女が小走りに老婆の元へやってきた。
「ねぇおばあちゃん!あのおはなしきかせて!」
「おや、またあのお話かい?しょうがないねぇ」
暖炉にくべた薪が、ことり、と音を立てる。
編み棒を手元の籠に置き、老婆はゆっくりと話し始める。
「むかしむかーし、そのまた昔。まだ儂らが住まうこの神樹界が無かった頃の話さ。」
老婆の膝に手を当てて、目を輝かせながら聞いている少女。
そんな少女の頭をゆっくりとあやすように撫でながら、老婆は話を続ける。
「まだ世界には大地も空も無く、どろどろと光る《生命の海》と真っ暗な《深淵の闇》が《虚無空間》に漂うだけだったのさ。」
「きょむくーかんってなぁに?」
少女は首を傾げて老婆に訊ねる。
「虚無空間はね、本当に何もないところなのさ。光も、闇も。もしわたしたちがそこへ行ったなら、一瞬たりとも存在を許されない。ただ消滅させられる、そんなところさ。」
「うわぁ・・・こわい!」
「でもね、やがてその場所へ二柱の神様が御出でになった。光の神様と闇の神様さ。二柱はまず、その場所と虚無空間の間に壁を作った。それから手を繋いだ二柱は、生命の海を掻き混ぜて大地を作り深淵の闇を扇いで太陽と月を作った。こうして『最初の世界』が生まれたのさ。」
「ひかりのかみさまとやみのかみさまは、なかよしなんだね!」
「そうさ。二柱の加護を受けた大地にはやがて神樹が根を下ろし、様々な生命がそこに産まれたのさ。」
「さまざまってどのぐらい~?」
時として小さな子供の質問は、大人を大いに悩ませる。
少女に質問に口ごもった老婆は、「そうだねえ」と呟き、
「今この世界に生きているすべての生き物さ」
と答える。
老婆の話は続く。
生命を生み出した二柱はそれらに名を与え、加護を与え、神樹の大地に住まう事を許した。
やがて二柱の生み出した世界は、命溢れる楽園となった。
動物も、植物も、風も、水も、二柱に見守られて命を育み栄えた。
太陽の光は大地を照らし、月の光は闇夜を照らした。
生まれた命は魂を循環させ『死』という概念も生まれたが、それは決して悪しきものではなかった。
「じゃが、そんな楽園の日々も長くは続かなかったのさ。」
光から生まれ、死して闇へと還る。
その魂の循環を快く思わない者がいた。
《虚無の神》
名は無い。
ただ全てを無に帰す者。
彼の者にとって光の神と闇の神が作り出した『最初の世界』は疎ましく、眩しい物であった。
その無の心に湧いたもの。
疑念。嫉妬。憤怒。嫌悪。狂気。
だが、無であろうとするために虚無の神はそれらの心を切り離し、『最初の世界』に放り込んだ。
虚無の神によって放り込まれたそれらの心は同調しやすい生命に乗り移り、《陰》と言う存在になる。
《陰》に浸食されていく『最初の世界』は為す術もなく大部分が崩壊した。
「壊れてしまった世界を嘆いた二柱は、辛うじて残った神樹と大地の欠片を寄せ集めて、この「神樹界」をお作りになられたのさ。」
そこまで語った所でふと少女を見ると、老婆の膝を枕にすーすーと寝息を立てていた。
老婆は愛おしそうに少女の頭を撫でながら、まだ少女には語れない神話の闇の部分を思い起こす。
二柱が生んだ生命達の中には、自分たち『ヒト』が含まれていない事を。
老婆は少女を抱いてベッドへと運ぶ。
ベッドに寝かせた少女の頭を再び撫でながら、老婆はぼそりと呟いた。
「願わくば、この子の生きる時代は《陰の氾濫》が無き事を祈ります・・・」
それは、遠い昔の神語りの一幕。
老婆の祈りは、届くことは無かった。
これで第一章も折り返しになりました。
今後ともよろしくお願いします。




