24話「精霊の贈り物と夜空の亀裂」
「レインさんも精霊使いだったんですか?」
「ああ。とはいえ、その樹精霊のように強い精霊じゃないけどな。」
春の両脇で、サンドイッチもどきをはむはむと食べている樹精霊達をじっと見つめながらレインは言う。
「じゃが君とポテちゃんの強さがわかるんですか?」
「判ると言うよりな、そもそも精霊が普通に受肉出来ている時点でとんでもない事なんだよ。――と言うかなんだその名前は・・・」
「え~可愛いじゃないですかっ。」
「・・・まあ良いけどな。」
レインは苦笑すると樹精霊達から目を離し、春の傍らにある《精霊の贈り物》を見つめる。
「・・・その杖。」
「あ、はい。リエラさんとロレインさんがギルド倉庫にあった物だからって、貸してくれたんです。」
「貸したんじゃないわよ?」
食べ終わってお茶を啜っているロレインが、口を挟む。
「それはもうハルちゃんの物よ?」
「えっ?」
「扱える人物が現れたら無償で渡すようにって、前の持ち主の遺言があってね。」
言われてみて、じっくりと《精霊の贈り物》を手に取り眺めてみる春。
自然石そのままのごつごつした青い結晶を頭に据え、白い古木を削り出した台座は妖精の羽を思わせる飾りが付いている。
春の足から肩ほどの長さの同材質の白い柄にはなにか文字が刻まれ、地面と接する尻の部分にも青い石が嵌っている。
「よくよく見ると、すごく高そうなんですけど・・・」
「そうねぇ。値段は付けれないけど、もし買おうと思ったらリムリオ行政の年間予算の半年分ぐらい?」
「・・・それってどのぐらいですか?」
「ハルが毎日腹いっぱい食べて4~5年過ごせるぐらいか?」
「・・・えっと、わたしの食費ってそんなにかかるんですか?・・・」
春は無言で頷くレインを見て、がっくりと肩を落とす。
「まあ、それはそうと。気にせず使っていいよ。《精霊の贈り物》もハルちゃんを所有者として認めたみたいだしね。」
「えっ!いつ?!て言うか認めたって?!」
「精霊契約した時だねー。その杖の核になっている石は《繭の霊石》って言って、精霊が宿る石なのよね。精霊って好き嫌い激しいし、そもそもその杖に居る精霊自身が認めていないと、契約自体できないからねー。」
「なっ!」
そんな杖を特に詳しい説明も無く渡されていた事実に、絶句する春。
「ちなみにさっき言ったお値段は、《繭の霊石》一個のお値段。柄の部分の材質は不明なのよねー。でも故人の遺言もあるから、適性がありそうな人には一度渡してみる事にしてるの。」
「俺も精霊使いになりたての時に一度渡された事があったが、初級の精霊魔法の行使すらできなかったな。まさかハルが持つ事になるとはなぁ。」
次々と飛び出す事実に、「そうですか・・・」と遠い目をするしかない春。
試す為とは言え、行政予算並の物をポンと渡す人達に、軽く眩暈すら覚える。
「まあ、前もって冒険者カードで所持技能を見れたから用意出来たんだけどね。」
「それでも貰えないですよ・・・。こんな高級な杖・・・。」
「あー、もう無理だな。使用者を選ぶ武具ってのは、一度認めると手放しても戻ってくるぞ。余程酷い扱いをしない限りな。」
「うわぁ・・・なんですかその怖い仕様は。」
まるで友人に聞いた都市伝説のような話に、嫌そうな顔をする。
春の脳裏には、何度捨てても戻ってくる人形の話を嬉々として話す美香子が浮かぶ。
怖がる春を面白がって、その手の話をたくさん聞かされたものだ。
「ところで、精霊魔法ってなんですか?」
幽霊の真似で春を追い回す友人の幻影を振り払うために、話題を変えてみた。
「契約した精霊にマナを渡して行使する魔法だな。この魔法の利点は、長ったらしい詠唱や儀式をせずに魔法を行使できる点が挙げられるんだが、いかんせん消費するマナが多くてな。便利だが使い勝手の悪い魔法、ってのが一般的な認識だな。」
「ほえ~、わたしはちゃんと使えるのかなぁ・・・?」
「大丈夫だろ。術者と精霊の意志の疎通が出来れば問題ない。あー、魔法の種類とかは聞くなよ?俺とハルでは使い方が全く違うだろうからな。」
「と、言うと?」
春は首を傾げる。
その両脇ではじゃが君とポテちゃんも一緒に首を傾げている。
「俺の場合だと、よく使うのは武器に精霊を宿らせて使う《精霊憑依》という技だな。俺が契約しているのは実体がない水の精霊なんだが、物に宿らせやすいという性質もあってな。最近の使い方だと、包丁に宿らせて切れ味を増させたりとか、その他調理器具に宿らせて水分調節やら温度調節やらで使っているな。」
「レインさんの美味しい料理にそんな秘密が!」
まさか普段食べていたレインの料理に、精霊魔法なるものが使われていたとは微塵も思っておらず、春は感嘆の息を漏らす。
と言うより、精霊魔法という技術を調理技術に転用して普段使いにしているレインも、多少ズレた感性の持ち主ではあるのだが。
「だいたい受肉した精霊と共に使う魔法など見たことがないからな。その杖の前の持ち主も、そこまで強い精霊と契約はしていなかったはずだ。それだって120年ぐらい前の話だったしな。」
「そうそう、ハルちゃんが120年ぶりの持ち主なのよねー」
「まじですか・・・」
気の長い話に難しい顔で呻く春。
両脇に居る樹精霊達も、心配そうに春を見上げる。
こうして慌ただしい喧噪の中、夜は更けていったのだった。
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月に照らされた夜の街を、春は樹精霊達と共にギルドホール横のベンチに腰掛けて眺めていた。
時折風に紛れて聞こえてくる太鼓の音も、心なしか夕方聞いた時よりも大きい気がする。
ふと夜空を見上げると、月の光の加減か細長い筋がいくつも、まるで亀裂のように空に走っている。
あれは何だろう?と見つめている所へ、サンディが歩いてきた。
春が見つめている夜空をサンディも見上げ、「ああ」と呟く。
「あれね、多分結界の亀裂よ。」
「結界の・・・?」
聞き返した春の声に不安が混ざる。
「ハルちゃんは怖い?」
サンディの言葉に、春は俯いて「はい・・・」とか細く答える。
正直な所、日本にいた頃と全く違う状況にただ流されてきてしまった感がある。
平和な場所で友人達とただ笑いあって、美味しい物をただ美味しいと言いながら食べて、じゃれ合う父母を呆れ交じりにただ見つめて、ずっとそういう時間が過ぎていくものだと、そう思っていた。
世界に来ても楽観的な性質は変わることは無く、周りの親切な人たちに甘えてしまっていた。
だが、初めて晒されるであろう悪意の予感は、どこか他人事の様に思いながらも少しずつ春の心に浸食してきていた。
夕方のレジィとの一件は、春の心に溜まっていた不安や鬱憤というネガティブな部分が噴き出してしまった結果だ。
――あんな事言う資格なんて、わたしには無いのにな・・・
遠く聞こえる太鼓の音と共に広がる不安が、夜空に見える結界の亀裂のように春の心に広がっていく。
「大丈夫よ。」
サンディの声に、顔を上げる春。
「皆本当は怖いのよ?私も凄く怖い。だって今までずっと護って来てくれた結界が無くなるんですもの。逃げ出すか、立ち向かうか、それしかないの。」
サンディはそっと春を胸に抱き寄せて、「でもね」と続けた。
「逃げる事も立ち向かう事も、多分同じ事。自分を、みんなを守ろうとした結果の選択なんですもの。」
春はハッとして、サンディの胸の中の顔を上げる。
「ハルちゃんにはそんな不安そうな顔は似合わないわよぉ?ハルちゃんは笑顔が一番っ!だってみんなに元気をくれる笑い顔なんですものっ」
サンディの言葉を聞いた春はもう一度胸に顔を埋め、「はいっ」と一言。
そのまま泣きながら笑ったのであった。




