21話「春とレジィ」
春とロレインが冒険者カードを眺めて悩んでいる所へ、サンディがレジィを連れてきた。
足元にはなぜか小さなジョガー芋がぽてぽて歩いている。
部屋に入ってきたレジィを見ると、ロレインは真剣な表情になりそちらへ向かう。
「ロレイン姉、なにか用なのか?」
「うん、まあね。」
少し言葉に悩んだロレインは、小さく溜息をするとレジィに向き直る。
「本題から言うとね、レジィ。あなたは今日から私の徒弟になったから。」
「え?何言ってるんだよロレイン姉。だって俺、オデク師匠の徒弟だし・・・」
戸惑うレジィは、ロレインの言葉がよく呑み込めない。
本来、一度誰かの徒弟になると、余程じゃない限り変わることはないのだ。
「オデクさんは・・・亡くなったわ。」
「――え?だってロレイン姉と一緒に調査にいくって・・・そんなに危険じゃないから楽だって言って出かけたのに・・・」
「私たちを飛竜から逃がすために、囮になってくれたの。逃げる私たちの後ろから、オデクさんの叫びが聞こえたわ。『レジィをたのむ』って。」
そう言ってロレインは机の上に置いてあった短剣を取り、レジィの前に差し出した。
「これは師匠の・・・」
「オデクさんが使っていた《鎧貫き》よ。逃げる時に預かったの。」
震える手でロレインから受け取った《鎧貫き》を見つめ、レジィが半泣きで呟く。
「これ欲しいって俺言ってたからなぁ・・・。いつか、俺が一人前になったらくれるって言ってたのに・・・」
形見となった短剣の鞘をそっと撫でながら、レジィは歯を食いしばって涙を堪えていた。
そんなレジィを見つめる一同は、かける言葉が見つからない。
冒険者に関わる者であれば、誰でも一度や二度は見る光景だ。
死に別れ。
打ちひしがれるレジィに、何も声を掛けられない自分にもどかしさを感じながら、春もただ涙を流すのだった。
そんな春を、小さなジョガー芋が見上げていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
――夕刻。
レジィは城壁の上から鈴穂平原を見渡していた。
夕焼けに染まる黄金の平原に風が渡ると野生のムギの穂が揺れ、サーっと音を鳴らす。
波打つムギの穂が、まるで鈴の様に心地良い音を奏でる。
鈴穂平原の名の由来でもあるその光景はリムリオの名物の一つでもあり、また師匠であったオデクが好きだった景色でもあった。
だが時折風に紛れてドンッドンッと聞こえてくる魔人間達の太鼓の音に、レジィは歯を食いしばって平原の向こう側を睨み付けていた。
「――ハル。居るんだろ?」
振り向きもせずに声を掛けられ、監視台の影から恐る恐る顔を出す春。
「よくわかったね・・・」
「バレバレだよ。」
「うー・・・」
そんな軽いやり取りをしながら、春はレジィの横に立った。
春の頭の上には、いつの間にやら小さなジョガー芋が乗っかっている。
「・・・綺麗だね。」
「うん。」
「地平線までずっとムギなんだね。こういうの初めて見た。」
「そっか。」
「でも、たまに聞こえてくる太鼓みたいな音が嫌な感じ・・・」
その光景に似つかわしくない異質な音に、春もまた眉をひそめる。
「魔人間共が鳴らしているらしい。あの音で結界の力を弱めているって聞いた。」
「結界?」
小首を傾げる春をちらっと見た後、また音のする方角を見ながらレジィが説明をする。
「昔、聖女セレスが施した浄化結界があるんだ。聖別された結界石を設置して、瘴気に浸食された者を一切通さないんだ。冒険者が各地へ調査とかに行くのは、その結界石の保全と結界の範囲を広げる為なんだ。」
「そうなんだ・・・」
思いがけず聞いたセレスの名前に、春は複雑そうな顔をする。
シェルから聞いた話では、セレスは汚染された土地の浄化をする旅をしていたと聞いていた。
ならば『汚染されたヒト』は浄化できなかったんだろうか?
魔人間も、元は普通のヒトであったと聞いていた。
そんな者達もその結界は弾いているらしい。
シェルの話の中の命を大切にしようとしていたセレスと、結界を張って不浄なものを遮断しているセレスとの奇妙な違和感を感じた春だが、上手くまとまらない。
「――師匠はさ、」
「うん。」
再び語り始めたシェルの方を振り向く。
その反動で、頭の上に立っていたジョガー芋がぽてっと落ちてころころと転がって行った。
「訓練の後にここにきて、よく俺に語ってくれたんだ。――重戦士って職業はこの城壁みたいなもんだ。俺は誰かを護る『壁』でありたい。――てさ。でも俺、師匠みたいにガタイも良くないしさ。その言葉通りに死んだって聞かされて、俺は師匠のようにやれるのか不安なんだ。」
そう言ってレジィは、形見の短剣と拳をぎゅっと握りしめた。
「レジィ君は誰かを護って死ぬのが目標なの?」
はっとして振り返ると、口をへの字に曲げて涙を滲ませながらぷるぷる震える春が睨んでいた。
「死んだら誰かが悲しむんだよ?例え誰かを護れたとしても、自分が死んじゃったら意味ないじゃん!わたしはみんなに生きてて欲しいもの・・・お父さんもお母さんも美香子もカズマ君もシェルさんもサンディさんもレインさんもアンドルフ先生もライオネルさんも、もちろんレジィ君だって。笑って生きてて欲しいもん!」
「ちっ違う!俺が言いたかったのはそういう事じゃ――」
「違わない!レジィ君はレジィ君なんだよ?お師匠さんが言ってた意味を理解してない!」
そこまで言って、春はしゃがみこんでわーっと泣きはじめた。
レジィはそんな春をどうしたらいいか、ただオロオロするばかり。
お手上げ状態のレジィは、壁にもたれて座り込んだ。
「――お師匠さんが言っていたのはね。最後、たのむって言っていたのはね。生きて頑張ってほしいっていう意味なんだよ?」
鼻をぐずぐすさせながら、春は座り込んだレジィを見つめて言う。
レジィはただ無言で、春の言葉を待っていた。
「最後、レジィ君にあてた言葉を言ったのは、ぐずっ、自分のそういう気持ちを引き継いで欲しかったから。戦い方とかそういうんじゃなくて――」
「――師匠は俺に、自分の心得を託したんだな。」
「そうだと思うよ、ぐずっ。シェルさんとセレスさんの話も聞いてたから、余計にそう思ったのかもしれないけど・・・」
鼻をすする春の横で、心配そうに見上げるジョガー芋。
「シェルって、あの《黒騎士シェル》?ハルは知り合いなのか?」
「うん、わたしがこの世界に来た時に、この街へ連れて来てくれたの。シェルさんの徒弟になるんだって、わたし。今ちょっと居ないから、帰ってくるまでは仮でロレインさんの徒弟になってるみたい。」
「ちょっ待った!てことは、ハルも冒険者になったのか?今は俺と一緒にロレイン姉の徒弟?!」
「うん、ほら」
そう言って胸元から紐でぶら下げた冒険者カードを取り出して見せる。
「――聞いてないよ?」
「だって、ついさっき聞いた話だから・・・」
顔を見合わせる二人。
「「ぷっ」」
やがてどちらからともなく吹き出して、笑い始めた。
夕焼けの中ひとしきり笑った後、再び二人は立ち上がって平原を眺めた。
「ありがとな、ハル」
「うん、ごめんねレジィ君。」
いつの間にやら頭の上に戻ったジョガー芋を乗せたまま、春はレジィに笑いかけたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「――起動まであとどのぐらいかかる?」
石造りの部屋の中、コンソールの前でせわしなく手を動かす職員にライオネルが問う。
「現在、マナの充電率は30%ほどです。この分だと夜明けぐらいには貯まるかと。」
「そうか、では引き続き頼むぞ。」
「はい、でも大丈夫なんですかね?造られてから数百年、一度も動いてないんですよね?」
コンソールの上部に付いているモニター型の魔道具を見つめるライオネルは、ふーっと溜息を突いて答える。
「動かなかったら、魔人間共にこの街を蹂躙されるだけだな。」
そう言って再びモニターを見る。
モニターには、《壁の魔像》とタグが付けられた人型のモノが映し出されていた。




