16話「少年と大男」
春ちゃんルート
「いらっしゃいませー!」
虹色の松明亭に春の声が響き渡る。
多少のハプニングはあったものの無事にバイト一日目を終え、サンディとレインにも太鼓判を押して貰った春は、不安も払拭されて生き生きとして二日目の仕事をしていた。
新しい従業員が働き始めたとの噂を聞きつけてやって来た常連達の間でも評判がよく、昨日にも増して客が増えていた。
春はTVや漫画で見たウェイトレスの接客の対応を思い出しながら真似ていたのだが、どうやらそれはこちらの世界ではかなり丁寧な物であったらしく、初日にそれを見たサンディからは今後もそんな感じでお願いと言われていた。
ただ問題が一つあり、春はこちらの料理の名前や素材の名前がほとんど分からないのだ。
そのためレインは、その日初めて注文を受けた場合に限り厨房に春を呼び、素材から調理まで春に説明をしながら作って見せて味見をさせていた。
その為、春は二日目にして虹色の松明亭の全メニューのうち9割は料理の名前も素材も調理も覚えてしまっていた。
「ハルちゃんは明るくて良い子だし、覚えるのが早くて助かるわぁ。料理を作るのも食べるのも大好きみたいだしそのせいかしら?うちの旦那もあんなにいっぱいしゃべってるの初めて見たわぁ。」
と、常連に春の事を聞かれたサンディは嬉しそうに答えた。最後の方は若干微妙な顔をしていたが。
「えーっと、トマソがトマトでシャンゴがショウガ。あれ?ミーフってどの箱だろ・・・レインさ~ん。」
今も厨房の横の部屋に並べて置かれている食材保存用魔道具《冷蔵箱》の中を覗きながら在庫のチェックをしていた。
「右奥の3番目だ。」
「あったっ。ありがとうございますっ。そういえばミーフってどんな生き物なんですか?お肉になってるのしか見た事ないので。」
「口が大きくてずんぐりした4つ足の動物だな。水辺に棲んでいる。家畜としても一般的だな。」
「へぇー。・・・ん?カバさん?」
「ああ、あと野生のミーフは羽が生えている。家畜用のやつは生まれたらすぐに切除して飛んで逃げないようにするがな。」
「飛べるカバさん?!」
ミーフの生態の一部を聞いた春は、地球とのギャップに目を丸くしていた。
春はまだ知らない事ではあるが、実はトマソやシャンゴもただのトマトとショウガではない。
収穫の際に武装が必要な半魔物化している野菜なのだ。
トマソは収穫の際、その赤い実を護るために蔓を伸ばして攻撃してくる。
知恵がついたトマソはもっと抵抗が激しく、石を投げてくる場合もある。
そのため、畑の周り落ちている石などはすべて拾い集め、収穫をする1週間前から水を抜いて弱らせてから作業に入るのである。
マンドラゴラの一種であるシャンゴは収穫の際、耳栓とガスマスクが必要になる。
シャンゴ畑の周りには防音の結界が施され、作業中は皆ハンドサインで合図を送りながら丁度良い頃合いの物を一つづつ慎重に掘り出していく。
強引に掘り出すと金切声に加えて幻惑のガスまで吹き出すため、熟練の技能が必要な作物なのである。
他にも、収穫前に迂闊に手を触れると破裂するレティアや、陸に生えて人に巻き付いてくるワクメなど、地球の物によく似ていながらファンタジーな凶暴性を兼ね備えた食材が虹色の松明亭には各種取り揃えてあった。
実はこの神樹界の農業は、攻撃性の無い穀物のイネやムギやダイズを除き引退した元冒険者が農夫をしている場合が多い。
そのため農業ギルドに所属する組合員は、下手な冒険者ギルド員よりも戦闘の練度が高い。
郊外の農場に複数の魔獣が出たと報告を受け急行したところ、一人の農夫が魔獣を全て駆除し終えていたなんて話も良くあるのである。
勿論そういう作物に関する話を春が知るのは当分先の話ではあるのだが・・・
お昼の忙しさも一段落しレインの作った賄いも美味しく食べ終わった午後、春はサンディと共に街へ出る事になった。
ショーとチーを仕入れる手配をしに行くためだ。
「すごいっ!街の周りの壁ってあんなに高かったんだ!家とか道も中世みたいですごい綺麗!」
初めて見るリムリオの街並みに感動してキョロキョロしているテンションの高い春の手を引き、どこかほっこりした表情のサンディ。
そんな二人が向かった先は、発酵食品の専門店《世界の農家から》である。
その名が示す通り、世界各地の農家で作られた保存食や発酵食品を独自の輸送ルートで仕入れ、エリディアの各城塞都市毎に支店を置く程になった店である。
そして、その本店はここリムリオにあった。
「らっしゃい。」
サンディが暖簾をくぐると、若干気の抜けた声で13~15才程の少年がカウンターから挨拶をしてきた。
「こんにちはぁ。今日はいつものショーとチーを3日後に届けて欲しくて来たのよぉ~」
「はい、じゃあこの配送票に名前と時間を――」
少年はそこまで言いかけて、サンディの後ろで店頭に並べてある商品に目を輝かせている春に気付いて固まった。
「ああ、あの娘ねぇ。今度うちで働く事になって預かっているハルちゃんよぉ。」
「そっそうなんですか?あ、この用紙じゃなかった・・・どこだっけな」
春に見惚れていた少年にサンディが春の紹介を簡単にすると、急に慌てた少年はギクシャクし始めて帳面をひっくり返したりしていた。
「ふふーん?・・・あ、ハルちゃん。私ここのご主人の所に挨拶に行くからここで待ってて~」
「はーいっ」
少年の表情を見ていたサンディは顎に手を当ててちょっとにやにやしながら思案し、そう言い残して店の奥へと向かった。
「あっあのおばさん余計な事を・・・」
「どうしたんですか?」
思わず呻いた少年に、カウンターにやってきた春が小首を傾げて尋ねた。
その様子に、うっと声を詰まらせた少年を見て春が笑顔を見せぺこりとお辞儀をする。
「はじめましてっ。わたしは五十鈴春って言いますっ」
「おっ俺は、レジィ・スレイン。」
「レジィ君ねっ。よろしくですっ」
「よ、よろしく・・・」
にこにこと手を差し伸べた春に、ドギマギしながら手を握り返して握手するレジィ。
こうして二人は出会ったのであった。
そしてこの日、もう一つの出会いが春にはあった。
レジィと雑談をしてサンディの用も済み、虹色の松明亭へ帰ると中から馬鹿でかい声が聞こえて来た。
「レイン!その娘はまだ帰ってこないのか!!」
「・・・もうすぐ来ると思うがね。――ああほら、来たよ。」
凄い剣幕のその声にドキドキしながら扉を抜けると、ガタッと座っていた椅子を倒しながらアフロの大男がどどっとこちらへ向かってきた。
「ひいいいい!」
「おおお!お前が異世界から来たという娘か!!シェルが会わせてくれないからこっちから来てやったぞ!」
「そんなんだから会わせたくなかったと思うが・・・。第一シェルは今不在だろ。」
いかついおっさんに詰め寄られて悲鳴を上げる春と冷静に突っ込むレイン。
赤いアフロの大男。ライオネル・リオールとの遭遇であった。
「とりあえず事情聴取をしに来たんだが!」
「はっはひっ・・・」
サンディになだめられ落ち着いて席に座ったものの声がでかいライオネル。
取り敢えず自己紹介をしたものの、まだビクついている春を見ながらライオネルがとんでもないことを言い出した。
「ハルに聞きたい事は山ほどありすぎるが、取り敢えず――」
「とりあえず?」
一呼吸置いて。
「大食い勝負をするぞ!!ハル!!」
「はっはいぃ?!」
なんの脈絡もなくライオネルはそう言い放ったのだった。




