15話「殺意と拳」
「――ハラトだと?」
「シェル、知ってるのか?」
呻くように呟いたシェルにエンリケが問いかける。
「ああ、知っている。見たことは無かったがな。それにその名を聞いたのは600年も前の話だ。」
「600年?!ちょっとまて。こいつはどう見ても・・・」
ハラトの名を聞いたのは五災禍戦争の頃に一度、セレスの伴で各地の浄化をしていた時だ。
当時のエリディア領内で魔獣召喚テロを行っていた主犯格として名前が挙がっていたのだ。
しかし、各地に指名手配はされたもののついぞ捕まることは無かった人物だ。
だが、目の前に居る銀髪の少年はどう見ても10代前半。
春にもまだ言っていない事だが、過去の事件で身体に呪いとも言える《加護》をシェルは受けていた。
しかしそのシェルを除き、魔族の平均寿命が200歳ほどなのに対して、彼はどう見ても600年も生きているようには見えなかった。
そしてその加護をシェル以外に受けている者が居る事も考えられなかった。
「まさかシェル、貴方と同じ?」
見た目は同じ魔族であるシェルとハラトを見比べながらタイガーがさらに問いかけてきた。
「まさか、そんなはずは――」
「そうですよ?そのシェルさんの様に《死聖女の加護》は受けていませんから、僕は至って普通です。」
シェルは驚いた表情で目を見開くと気を取り直してハラトを睨み付けた。
「貴様・・・なぜそれを知っている!」
怒鳴り付けるシェルに涼しい顔のハラトが答える。
「簡単な話です。」
やれやれと言った身振りで困った顔をしたハラトが言葉を続けた。
「聖女セレスを殺した《狂信のヴィヒデット》や五災禍戦争を起こした《禍根のヴァーン》は僕の仲間でしたからね。彼らから直接聞いていた訳です。」
とんでもない言葉がハラトの口から飛び出した。
「なんだと?・・・」
思わずシェルは聞き返す。
「もう一度言いましょうか?聖女セレスから《種》を奪おうとして殺したヴィヒデットの馬鹿や、たかだか聖剣を持った3人に遅れを取ったヴァーンの負け犬は、残念ながら僕の仲間ですよ。尤も、ヴィヒデットもヴァーンも『代替わり』をしたとは言えまだ生きていますから貴方がたも無駄な苦労をした事になるんでしょうかね?」
ハラトの言い回しは、まるでシェルの心を逆撫でして煽っている様にも聞こえる。
だがそれでもシェルはもくもくと吹き出してくる怒りの気持ちを抑えきれない。
自らの敵として認識したハラトの口から、これ以上セレスの名を出されたくないのだ。
まるで、今まで大事にしていた者を穢されていく感触さえ感じる。
「もういい・・・黙れ。」
「つれないなあ。もっと話したい事があるのに。そうですね例えば、『聖女セレスはあそこで殺す予定は無かった』とか。」
「――何?」
「本来は殺さずに生かして利用する予定だったんですよ。それをヴィヒデットの馬鹿が先走った挙句に殺してしまったお蔭で計画がここまでずれ込みました。本当、いい迷惑です。」
事も無げにそう言い放ち、にやにやと嗤うハラト。
――コイツハナニヲイッテイル?
シェルは呆気に取られたまま深い思念の海に身を沈める。
――殺す予定は無かった?
――生かして利用する予定だった?
――と言うことはセレスが死ぬ必要が無かったということか?
――アイツが先走った?
――セレスは?
――セレスは死んだ。
――こいつらが殺した。
――こいつらが!
――こいつらがセレスを殺した!
――殺す!
「貴様等はああああ!」
「あははははは!良い顔です!その怒りと憎しみに塗れた表情こそ魔族に相応しい!」
さも楽し気に笑うハラトに向けて、左手で剣を抜きざまに風刃を無詠唱で纏わせて斬撃を放つシェル。
轟音と共にハラトは切り刻まれて弾け、余波で地面ごと爆散した。
はずだった。
「おいおい・・・今確かにあいつ切り刻まれてたよな?血とか飛び散ってたし。」
エンリケが呻く。
もうもうと舞う土埃の中、人影が蠢く。
そこには何事も無かったように肩に乗った草や土を払いのけているハラトが立っていた。
「まったく、いきなり酷い事するなあ。」
たった今切り刻んだはずのハラトは無傷、いや衣服の乱れすらも無い状態で愉し気にシェルを見て立っていた。
「おい、シェル。こいつは何かヤバい。逃げた方が良くないか?――っておい!シェル!」
撤退の提案を口にしたエンリケだが、横に居るシェルに目を向けて驚きの声を上げる。
「――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・」
虚ろな目で殺気を滾らせ、口の端から泡を出しながらぶつぶつとうわ言の様に呟いているシェル。
エンリケが新人だった頃から幾度となくパーティーを組み親友とも呼べる間柄のシェルだが、このような状態になった事は一度として目にしたことは無かった。
「おい!どうしたシェル!しっかりしろ!おい!――」
「エンリケ邪魔よ。ちょっとどいて。」
ゴガ!!!
シェルに近寄ろうとしたエンリケを押し退け、タイガーがシェルの横面を殴りつけた。
殴られたシェルはそのまま広場の端の樹まで吹き飛ばされ、激突してぐったりしている。
「ちょっまっ!」
「ふう、やっぱり精神系の攻撃には殴るのが一番よね!」
いち早くシェルの異常に気が付いたタイガーは、前もって拳にマナを集中してシェルを殴る準備をしていた。
タイガーの秘奥義《螺旋浸透撃》によってシェルに異常をきたしている魔力を吹き飛ばすためだ。
「お前、今奥義使っただろ・・・。あいつ、死んでねぇだろうな?」
「大丈夫でしょ。シェルだし。」
「それもそうか。」
そんなやり取りをしていると、背後からパチパチと手を叩く音が聞こえて来た。
「あれに気付くなんてなかなかやりますねー。オカマさん。」
拍手をしながらタイガーを褒めるハラト。
「どういたしまして。それで貴方はどうするのかしら?先に手を出したのはこちらだけど、一戦交えるつもり?」
「いえいえ、元々ここで戦うつもりは僕にはないんですよ。ちょっと挨拶をしたかっただけです。」
「あらん、そうなの?」
「そうですよ。《神種の運び手》の召喚に一役買ってくれたシェルさんにね。」
「神種の運び手?・・・」
その言葉にエンリケとタイガーは顔を見合わせる。
「あの日、この場所にシェルさんに来て頂いて《聖剣召喚》を使って貰わないと、この場所の召喚陣の起動が出来ませんでしたからね。苦労しましたよ。魔猟犬を大量に投入する羽目にもなりましたしね。」
「と言うことは、貴方がシェルを襲った魔猟犬の使役者?」
タイガーは軽く怒気を含ませてハラトに問いかけた。
「そうですよ?こんな風に――」
そう言ってハラトが両手を地面に向けると、魔方陣が二つ現れる。
怪しく光る魔方陣の中から、ずずっと音を立ててガルムが這い上がってきた。
「ね?こんな感じで魔猟犬を出しまくってシェルさんをここまで追い回したんです。」
「召喚者・・・」
エンリケが警戒しながら心底嫌そうな顔で呟くと、ハラトがそれに否定の言葉を投げかけた。
「いいえ?違いますよ。召喚者などと一緒にしないで欲しいなあ。」
ハラトはそう言うなりぱちんっと指を一つ慣らすと、彼の周囲に無数の魔方陣が淡い光を発しながら現れた。
その魔方陣の中から、赤い体毛の魔猟犬が次々と現れて地に立つ。
「――僕は《創造者》ですよ。」
そう言って、口の端をにいっと曲げて嗤ったのだった。
お蔭さまで1000PV達成しました!有難うございます!
ちょっとづつではありますが、前に書いた話も修正したりしてますので、これからも生暖かく見守って下さると狸は小躍りして喜びます!
遅筆ですが、これからもよろしくお付き合いお願いしますっ




