10話「白い鴉と小さな聖女」
「部隊長ぉぉ!!」
「うわあぁぁ!!」
腐った黒い竜に頭から食いつかれた部隊長は、血を流しながらびくんびくんと痙攣している。
グゲァァァ!
部隊長の上半身を噛み千切った《腐死竜》は腐った体液をまき散らしながら雄叫びを上げた。
「くっ・・・これは・・・《恐怖》か・・・!」
魔導士は横にいたセレスの耳を手で塞ぎ、苦しげに呻いた。
自分はなんとか抵抗出来たが、周囲の兵士たちは再び恐慌状態に陥っている。
「そうか・・・先ほどまでの兵達の不自然な取り乱し方はこいつの能力か・・・!」
魔導士は再び詠唱をして《腐死竜》へ火球をぶつけようとするが、ふと自分が触れているセレスが小刻みに震えていることに気付き、一先ず安全な場所へ避難させることにした。
とは言えどこが安全な場所なのかがわからない。
ぐるりと周囲を見渡すと、いまだ燃え続けている炎――セレスたちが荼毘をしていた場所だけは《食人屍》達も寄り付いていないことに気付く。
セレスを抱いてその場所まで走り大事そうに降ろした後、魔導士は再び杖を構えて戦場へ戻ろうとした。
が、自分のローブを何かが引っ張って走り出そうとする自分を止めた。
「――?」
見るとセレスが魔導士のローブをきゅっと掴み見上げていた。
「おじいちゃん、いかないで?」
少女の青い瞳に見つめられた魔導士は思わず破顔してセレスの頭を優しく撫でた。
――この娘は儂が護らねば。
そう思い杖を掲げ《反響》の魔法を詠唱する。
その効果に声を乗せて叫んだ。
『兵士たちよ!これより高位の障壁を張る!戦えぬ者はこちらへ!戦える者も無理をするな!』
言い終えると魔導士は自身の持つ最も堅固な障壁魔法を行使すべく、長い詠唱を唱える。
詠唱と共に魔方陣が浮かび上がり、少しずつ重なるようにその範囲を広げていく。
ある程度兵士たちが集まったところで詠唱を唱え終わった魔導士は、ごっそりと魔力が削り取られる感覚を味わいながらそれを解き放った。
魔導士の持つ最大の障壁魔法《聖域》がその虹色の半球体が周囲を包み込み淡い光を放った。
一方シェルは《腐死竜》と対峙していた。
《恐怖》の効果は《魔族》の特性で抵抗できたのだが、これほどの巨体の魔獣と戦うことは今まで一度もなかった。
ひと噛みで部隊長を絶命せしめたその顎を何度も躱しながら斬り付け魔法を放つが、あまり効果がない。
――腐っても竜と言うわけか・・・
そんな諺を思い出して苦々しく顔をしかめる。
効果が有りそうな属性魔法は火と光なのだが、生憎とシェルが使える魔法は風と氷。
この場で火の魔法が使える魔導士も、今はセレスを護るために障壁を貼ったようで余り当てにはできない。
《腐死竜》が振るった尾を飛んで躱し、斬撃に風の魔法を纏わせた一撃――《風斬》を放つが、体表を撫でるだけでいまいち深く届かない。
打つ手がないまま防戦一方となるシェル。
――さて、どうしたものか。
距離を取り軽く思案したシェルはその一瞬で考えを纏め、再び《腐死竜》に向かって走り出した。
「まずはその邪魔な顎を除かせてもらう!」
キンッ!
十分に速度を上げたシェルの斬撃が竜の顎からこめかみにかけて穿った。
壁に『着地』したシェルは再び跳んで同じ場所を斬り付ける。
寸分も違わずに幾度となくその作業を繰り返したシェルは再び距離を取り、魔力を練って詠唱を始める。
「風よ、集い集まれ。我が標的を射抜く魔弾と成れ!レラ ニス アン シグ テール シェッド!」
シェルは《腐死竜》へ向けて《風弾》を放った。
いや、正確にはその下顎へと向けて。
ボルァァ!!
魔法が着弾した《腐死竜》は、その下顎が外れだらんと皮一枚で垂れ下がっていた。
シェルは何度も同じ場所を斬り付けて顎の関節部分を破壊し、風の魔法による衝撃を下顎の先に当て、梃子のようにして《腐死竜》の顎を外したのだ。
これが生きている《龍》なら硬い表皮と筋肉に阻まれて逆に剣が折れていた。
現に何度も竜の骨を斬り付けた剣は刃こぼれでぼろぼろになり無数に亀裂も入っている。
おそらく使っていたのがあの部隊長の剣でそれなりの名工の手によるものであったため、ここまで持ったのだ。
「・・・お前の剣で一糸報いてやったぞ」
《腐死竜》に食いちぎられ下半身のみになっている部隊長の死体をちらりと見てシェルは呟いた。
と、その時。
下顎を潰されて暴れていた《腐死竜》がその尾を振るい、建物の瓦礫をシェルに向けて飛ばした。
「何!」
剣を振って防御するが、それなりの質量と速度を持った瓦礫で剣は粉々に砕けてシェルの胸にぶつかる。
そのままシェルは広場に張られている障壁の付近まで吹き飛ばされた。
「おにいちゃん!」
「ぐ、うう・・・」
恐らく何本か肋骨が折れたのであろう、シェルは血を吐いて呻く。
もうもうと舞う瓦礫の煙からゆっくりと《腐死竜》が姿を現す。
ずしん、ずしんとその巨体の足音を響かせシェルへと近づいてきた。
「くっまだだ・・・まだ俺はやれる・・・!」
痛みで軋む体を無理矢理に動かし、傍に落ちていた錆びた剣を拾ってシェルは構えるが、相当のダメージを負ったシェルは構えるのがやっとという感じでふらふらしている。
「やあぁぁ!おにいちゃん!おにいちゃん!」
叫び駆け寄ろうとするセレスを生き残りの兵士達が抑えている。
「ここまで・・・かの?」
魔導士は悔しげに呻く。
「やだ・・・やだぁぁ!!」
セレスが絶叫した。
と、その時。
セレスの身体から黄金の光が溢れ出した。
優しく、
美しく、
清らかな光。
バササッ
魔導士達がそれを見渡していると、天上から一羽の白い鳥が舞い降りてきた。
その白い鳥――否、白い鴉はセレスの肩へ舞い降りた。
「――《聖鴉》・・・」
魔導士は呟く。
人の魂を『浄化』して運ぶ白き鴉。
魂を呼び、運ぶだけの《魂呼鴉》の最上位存在にして、その存在を反転させた聖なる存在。
そう古代の文献に描かれていたのを魔導士は見たことがあった。
セレスは、肩に乗った白い鴉を見つめて問いかけた。
「たすけて・・・くれるの?」
その言葉に《聖鴉》は、カァ、と一声鳴き飛び立つ。
荼毘の炎の上で円を描くように飛ぶ白い鴉。
と、その炎が白い光に包まれ広場全体へ広がった。
いや、広場だけではない。
戦場となった地域全体へと広がったのだ。
「これは・・・?」
炎はシェル達を焼くことはなく、ただ暖かな感触を残して広がっていく。
《食人屍》、そして先ほどの戦闘で死んだ兵士達。
それら《死者》は次々と燃えていき白い骨を残して崩れていった。
白い炎が治まると障壁の外に大量に居た《食人屍》は全て骨だけとなって動かなくなっていた。
だが、《腐死竜》だけは未だ身体に火が燻り焦げ付かせながらも、その凶暴性と敵意を失っていなかった。
「そんな・・・」
兵士の一人が絶望に呟く。
するとその時、周りにあった骨がカタカタと揺れ始めた。
みるみる内にそれは形作られていき、人であった姿へと近づいていく。
組み上がった《骨》たちは周囲を見渡し近くにある剣や槍、果ては木材や石など思い思いに持ち、《腐死竜》へと向かって行った。
《腐死竜》は《骨》達の攻撃を受け、抵抗をするも数の暴力を前に呆気なく崩れていった。
茫然と言葉にすることも出来ずにそれを見ていたシェル達だったが、《腐死竜》が《核》を壊され崩れ去ったのを見届けた後、疲れ切ったようにその場にへたり込んだ。
皆、目の前であった光景が夢の中のようで、何も言えずに座っていた。
ふと、一体の《骨》がシェルのほうへ歩いてきて手を差し伸べてきた。
シェルは戸惑いながらもその骨だけの手を握り立ち上がる。
するとその《骨》はシェルの肩を叩いて親指を立て、かたん と笑ったように音を立てた。
その仕草にシェルは覚えがあった。
「お前・・・いや貴方は・・・ユンゲルス隊長?」
その《骨》は、かたんと頷きシェルの肩を叩いた。
自分と共に戦い、そして此処で死んだ筈の《フェンリル》の部隊長、ライン・ユンゲルス部隊長。
その後ろでは別の《骨》が兵士に向かって剣を掲げている。
「まさか部隊長ぉ!?」
「まじすか!」
どうやら『彼』はあの部隊長だったようだ。
それを見たシェルはもう一度目の前の《骨》を見て、再びその骨の手を握りしめたのであった。
――数刻後。
やけに友好的な《骨》達と白い鴉を肩に乗せたセレスの治療をシェルと兵士達は受けていた。
魔導士――オジー・ハーレス・マ・エルフェリア は魔力が切れかけていただけで目立った外傷は無かったため、セレスの治療の手伝いをしていた。
一通り治療が終わりシェルと一緒に座っていたセレスの元へ、オジーが兵士を伴ってやってきた。
先ほどから何やら兵士達と話し込んでいたのだ。
するとフードを降ろし、その長い耳を出してからセレスに向かって膝を突いて最敬礼の姿勢を取り、
「セレスティーヌ様・・・いや、《聖女》様。我らと共に《聖都エフェルハイム》へ来ては貰えませぬか?」
そう告げたのであった。
次話でシェルの過去の話は区切ります。
予想以上に長くなっちゃった・・・・




