第七話 モンフォール家の夜会
夕方、レイシアが子爵邸に帰った時。
「お嬢様、モンフォール家より、一通の手紙が届いております」
侍女から言われた一言に、レイシアは顔を顰める。
あれだけ目の敵にしておいて、何の用だろうか。
侍女から手紙を恐る恐る受け取る。
白い封筒に、モンフォール家の家紋の形に固まっているロウで封がされている。
どうやら封筒は本物らしい。
部屋に戻って開けてみる。
モンフォール伯爵夫人からだった。
「娘ヴィオレッタより、学院で些細な行き違いがあったと聞いております。来る春の小夜会が、お二人の誤解を解き、親交を改めて結ぶ機会となれば幸いです」
とても丁寧な文面だった。
手紙を裏返す。
何度も読み返すが、特に不審な部分はない。
開催日時・場所・返答期限。丁寧な文言に、そんな情報が続くだけだった。
怪しいのに怪しくない誘い。
……どうしようか。
手紙を持ったまま、レイシアはじっと考える。
正直なところ、気乗りはしない。
断りの理由を考え、ペンを動かそうとする。
けれど、いざ書こうとすると手が止まった。
伯爵家からの招待を、子爵家が理由もなく断る?
相手は和解の場を提供すると申し出ているのだ。
それを断るということは、公に家として敵対する宣言に等しい。
さらに、レイシアは身分を意識して生きていこうと決意したばかり。
レイシアのため息が部屋に大きく響き渡った。
そして出席の返事を書き始めた。
♦︎
モンフォール家の夜会当日。
王都にあるモンフォール伯爵邸にて。
二十〜三十人ほどが入れる会場に、数人の使用人が飲み物の乗った盆を持ち給仕をしている。
ヴィオレッタと、ヴィオレッタと同じ赤髪に、黒い目をした貴婦人であるモンフォール伯爵夫人のところにレイシアは挨拶に向かっていた。
モンフォール伯爵夫人がレイシアに気がつく。
「ようこそおいでくださいました、フローリア子爵令嬢様」
レイシアは深緑色のドレスの裾を摘み、カーテシーする。
「モンフォール伯爵夫人、今日はお招きいただきありがとうございます」
「いえいえ。きていただけて嬉しいですわ」
そう言って、にっこりと微笑んで、目を細める。
「少し娘と行き違いがあったみたいですが、今日、この場を借りて仲直りしていただければ嬉しいですわ」
「……そうですね。私としてもヴィオレッタ様と仲良くできると嬉しいです」
その答えを聞くと、モンフォール伯爵夫人は隣にいたヴィオレッタに合図をした。
「レイシア様、先日は少し行き過ぎた表現を使ってしまいすみません。仲良くしていただけると幸いですわ」
謝罪の言葉を述べ、微笑むヴィオレッタ。
仮面のようなその笑みから、レイシアは感情を読み取ることができない。
「……ええ、こちらこそ。仲良くしていただけると嬉しいです」
そんな二人を見てニコニコするモンフォール伯爵夫人。
「では主催の役割があるので私たちは行こうと思います。楽しんでくださいね」
「レイシア様、ごゆっくり」
ヴィオレッタの口元が一瞬いびつに歪む。しかしすぐに元に戻る。
モンフォール伯爵夫人とヴィオレッタは一礼し、他の参加者の相手をするため、人ごみの中に消えていった。
ふう、やっと終わった。
そうレイシアが安心していると、後ろから声をかけられた。
「あら、フローリア子爵令嬢じゃありませんか」
そこにはニヤニヤしている、ヴィオレッタの取り巻きたちがいた。
クロエも、申し訳なさそうな顔をしながら、取り巻き達の中にいる。
「あのような事件がありましたが、体調はもう大丈夫なのですか?」
少し大きな声で、取り巻きの一人が聞いてくる。
周囲の人間がちらりと見てくるのがわかった。
答えないわけにはいかない。
「……ええ、おかげさまで良くなりました」
「まあ!」
大袈裟に取り巻き達が驚く。
なぜだろう、嫌な予感がする。
「侯爵家の令息様をあのような状態にして、もう大丈夫なのですね!」
レイシアに、周囲の注目が集まる。
しまった。やられた。
そう思った時には遅かった。
次の攻撃が仕掛けられていた。
「後悔や反省はないのですか?」
令嬢達の声が、さらに一回り大きくなる。
「……もちろんあります。後悔していますし、反省しています」
「具体的には?」
「!」
レイシアは思わず言葉に詰まってしまった。
ルシアンにイタズラをしてもいいと思わせてしまったことは後悔している。
けど、それを言ったら、また別の悪意のある切り取られ方をしないだろうか。
「あら、具体的に聞いただけなのにどうしたのですか? まさか、言葉だけで反省も後悔もなさっていない、そんなことないですわよね?」
周囲からの注目がさらに集まる。
自分の呼吸の音がやけに大きく聞こえる。視線を痛いほど感じる。耳がキーンとなる。
その時だった。
「もう、その辺にしたらどうですか?」
声の主は、クロエだった。
クロエは一歩前に出て、令嬢達とレイシアの間に入る。
令嬢達が思わぬところからの反撃にびっくりしているのが、レイシアに分かった。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻す。
「お黙りなさい。今、私がフローリア様と話しているの」
「しかし……」
「礼儀知らずな子ね。これだから男爵家は……」
クスクスと笑うヴィオレッタの取り巻き達。
クロエは肩を縮こませて、泣きそうだ。
気がつくと、レイシアの口から言葉が飛び出していた。
「身分と正しさは別のことでしょう。それがわからず、身分でしか人を判断できないなんて、とても立派ですわね」
「なっ!」
クロエに黙るように言った令嬢が、顔を真っ赤にする。
「あら、失礼。何か気に触ることを言ってしまいましたか? 今度は具体的に反省するので、よければ教えてください。あら、それとも言葉に詰まっているのですか?」
そう言ってレイシアはにっこりと笑った。
「……この!」
令嬢の一人が顔を震わせる。
そして、すぐにくるりと後ろを向くと、使用人が持っていた盆からワイングラスを手に取る。
何をするつもりなの。
そんなことをレイシアが言う前にその令嬢は動いた。
中身がレイシアにかかるように、手に持たれたグラスが振られる。
赤い液体が宙を舞った。




