第53話 拍手
パーティー会場である鏡の間はざわついていた。
「殿下の姿もないし、どうなっているんだ……」
「まさか、本当に誰かが襲われたのでしょうかね?」
どこかの侯爵令息が、参加者の一人に暴行をしようとして捕まったらしい。
そんな話が会場内に広がっていた。
場のざわめきが止まらない。
「おい。どうなっているんだ!」
一人の貴族が兵士に話しかけた時。
鏡の間の中央にある大扉が開いた。
「綺麗……」
「誰だ、あれは」
そこには、ふわっと裾が広がる、ウエストがキュッと絞られた、赤みのかかった紫色のドレスを着たレイシアがいた。そのドレスにはチューリップを始めとした様々な花の刺繍がされていて、一目で上品さが伝わってくるものだった。
隣には、黒色を基調としつつも、銀色の糸で縫われた、レイシアのドレスのものと同じ花々の刺繍が入った礼装を着ているアレンが立っていた。
会場に置かれた沢山の鏡に反射して、レイシアのドレスはアメジストのように光り輝き、そしてアレンの黒はその輝きをさらに引き立てていた。
レイシアはアレンの方を見て微笑みかける。
アレンが微笑んだ。
「……変じゃないかしら」
「いいや、とても似合っているよ。独り占めしたいくらいだ」
レイシアは顔を背けた。
しかしすぐに前を向く。
アレンの腕をとり、二人一緒に歩き始めた。
会場内に自然に拍手が起こる。
喉がカラカラだ。
でも、一歩ずつ前に進んでいく。
そうして会場の中央近くまで来た時、二人は足を止めた。
「皆さん、新しく王族に加わったアレン・ヴァレンティスです。本日はお集まりいただきありがとうございます」
会場を静寂が支配する。
「今日は、私が王族に加わったことへの祝いの場であります。それに加えて、もう一つ皆さんにお知らせしたいことがあります」
黙って顔を見合わせる参加者の貴族たち。
なんのことだか、さっぱり見当もついていないようだ。
「私は王族に戻る前、学院に通う前、そして幼い時からずっと一人の女性に恋をしていました」
会場中が息を呑んでアレンの話を聞く。
「私は男爵家の人間として育てられました。慎みを持って、そして身分をわきまえて生きるようにと。だから彼女にアプローチすることはできませんでした。彼女は私に恋心を抱いておらず、家格も異なる。そんな人に声をかけることは貴族の倫理に反する。そう思って」
アレンは息をここで切った。
「しかし、ある日。彼女が教えてくれたのです。行動することの大切さを。自分の意思を貫くべきだということを。それから私は少しずつアプローチを始めました。もちろん迷惑にならないように、細心の注意を払って」
アレンが拳を握りしめたのが、レイシアにはわかった。
「気持ちを伝えてから、彼女に振り向いてもらうまでの道のりは、平坦ではありませんでした。正直なところ、絶望したことも何度もあります」
アレンが微笑む。
会場から黄色い声が小さく起こった。
レイシアは顔を顰めないように、顔に力を入れた。
「でも、今日。この場を借りて、発表します」
アレンの声は続く。
「私、アレン・ヴァレンティスはレイシア・グランヴィル伯爵令嬢と婚約いたします」
会場を一瞬沈黙が支配した。
次の瞬間、会場を包み込む拍手が起こった。
同級生の顔、先生の顔、クロエ、テオドール。
みんなの顔がレイシアから見えた。
拍手はしばらく続いた。
拍手がまばらになった頃、一人の手が上がった。
「殿下。ご婚約、誠におめでとうございます。一点確認したいことがあります」
「もちろんだ」
ヴィオレッタだった。謹慎から、どうやら復帰していたようだ。
ヴィオレッタの目が細められる。
「そこにいらっしゃるレイシア嬢は、記憶違いでなければ、レイシア・フローリア子爵令嬢だったはずですが」
会場がざわめく。
「確かにそうだ」
「なんでグランヴィル家の名前を?」
疑問が会場に満ちていく。
「殿下、これはどういうことでしょうか?」
アレンは右手を挙げた。
会場のざわめきが収まる。
「これについては、マティルダ・グランヴィル前伯爵夫人から説明いただくのがいいだろう。マティルダ殿、出てきていただけるか」
「はい」
そこには、レイシアにマナーなどを教えているマティルダ夫人の姿があった。
袖の長い、深い緑色の重厚なドレスを着たマティルダ夫人は、やはり今日も上品だった。
「私から説明いたします。グランヴィル伯爵家の決定として、レイシア・フローリア嬢はグランヴィル家の養子として迎え入れることになりました。これは現当主の決定です」
ヴィオレッタが息を呑んだのがわかった。
レイシアも、この情報を知ってはいたが、改めて言葉にされたことで現実なのだとじわじわ感じていた。
ルシアンの開拓村送りに関する話が終わった後、着替えた。その後、準備をしている最中に、アレンに選択肢としてグランヴィル家の養子にならないかを提示された。
少し迷った。けれども、元の家族とも今と似たような関係でいられること、それからマナーのレッスンでとてもお世話になっているマティルダ夫人だからこそ、レイシアは頷いた。
そして今それが公になった。
息を大きく吸う。
胸が温かい空気で満たされる。
「公表はされていなかったのですが、手続きや両家のやり取りの準備は進んでいます。そのお披露目をしたに過ぎません」
マティルダが言葉を切る。
「なので、正式な手続きはまだなのですが、レイシア・フローリア、改めレイシア・グランヴィルとして、我が家の一員となるレイシアをよろしくお願いいたします」
そう言ってマティルダ夫人が一礼する。
「……ご説明ありがとうございます。承知しましたわ」
ヴィオレッタは悔しそうな表情で礼をすると、後ろに下がっていく。
「他に何か物申したい者はいるか?」
しーんとする会場。
アレンが頷いた。
「では、改めてここに宣言する。アレン・ヴァレンティスとレイシア・グランヴィル伯爵令嬢は、今日この時をもって婚約する!」
会場を万雷の拍手が包み込む。
今度こそレイシアを待ち受けていたのは、本当の祝福だった。
次回最終話です!




