第51話 ルシアンの処遇
庭園の植木が、辺りに影を落としていた。
アレンが取り押さえられているルシアンたちを見下ろした。
「あとは彼らの処遇か。口の縄を解け」
「離せっ! 俺たちは侯爵令息と伯爵令息だぞっ!」
騎士たちは少し顔をあげ、アレンの方を見る。
力は緩めないままだ。
「お前たち、何をしたかわかっているのか」
ランベール侯爵が何かを言おうと、一歩前に出た。
「父上っ! 我々は国に寄生しようとする蛆虫を排除しようとしただけなのです! しかも、こいつは子爵家の娘。身分的にも我々以下だ! 我々が罰せられるのはおかしい!」
ルシアンは血走った目で、レイシアのことを見ながら叫ぶように言った。
レイシアの手が強張ってうまく動かせなくなる。
ふと、レイシアが小さい頃にルシアンと遊んだ記憶が蘇る。
水辺で一緒に笑い合って、かけっこしあった。疲れて、土手に寝そべった。
無邪気な二人の記憶。
レイシアの頬に、涙が伝った。
思わず手で拭う。
アレンが横からぎゅっと抱きしめてくれた。
思わず、レイシアの体は強張る。
けどすぐにその温かさに余計な力が抜けていった。
ぎりり。その光景を見て、ルシアンが歯軋りをした。
セドリックは全てを諦めた表情をしている。
「……お前、俺のことが好きだったんだろう? 殿下の身分がわかった途端に乗り換えやがって。この尻軽女め!」
ルシアンが暴れ出す。
慌てて抑える騎士たち。
レイシアは思わず俯いた。そして手に力を入れ、開いては握ることを繰り返した。
息を大きく吸う。
冷たい空気で肺が満たされた。
「お前さえ、お前さえいなければ!」
ルシアンが唾を吐き散らしながら、憎しみのこもった目でレイシアのことを見る。
「もうやめろ、ルシアン」
ランベール侯爵がポツリと言った。
「父上! どうしてですかっ!」
ルシアンが暴れるのを止め、驚いたような表情をした。
ランベール侯爵は無表情だ。
そんな中、テオドールが言う。
「いいか、フローリア嬢が殿下と恋仲になられたのは、公表される前だ。学院にいた俺が確かに見た。その時には、殿下の身分のことは知らなかったはずだ」
「そんな、そんなはずが! こいつは俺のことが好きだった。なのに、どうして身分も知らないのになびくんだ!」
一歩前にレイシアが出た。
「テオドール、それは間違っているわ。ここだけの話だけど、確かに恋仲になるのは公表される前だったけど、その時からやんごとなき方だということは知っていたわ」
「ほらみろ! この尻軽が!」
急に勢いづくルシアン。
「でも、彼のことを選んだのは身分じゃないわ。むしろそれを知らされて、身分が邪魔に思ったくらいよ」
「嘘つけ! この偽善者が! じゃあなんで殿下を選んだんだ!」
レイシアは、息を軽く吸った。手を握りしめる。
「それは殿下が私のことを常に尊重してくださったからよ。あなたと違って。殿下は私のことを揶揄うことも決めつけることもしなかった。身分で人を見ることもしなければ、強引に急かすこともしなかった。それが全てよ」
「なっ……」
まっすぐにルシアンのことを見た。
空色の瞳が動揺で揺れていた。
ランベール侯爵が悲しげな表情をする。
「お前が単純に男としての魅力で殿下に負けたのだ。身分の差も関係なくな」
「言い訳だ! 見苦しい言い訳だ!」
暴れるルシアン。
「ルシアン。見苦しいのはお前だ。お前は男として負けたのだ。真っ正面からな。いい加減にそれを認めるのだ」
「そんな、そんな馬鹿な、俺は認めないーー!!!」
叫び声が響き渡る。
気がつくと、ルシアンが咽び泣いていた。
誰もが黙っている。
その時。
「殿下。こいつを息子と呼ぶのさえ恥ずかしいですが、愚息は罪を犯しすぎました。つきましては、こやつの自裁の許可をいただきたく」
「自裁か……」
それを聞いて、再びルシアンが暴れ出す。
「嫌だ、死ぬのは嫌だ! 助けてくれ! 助けてください殿下! 助けてください父上!」
誰も目を合わせない。
「レイシア! 頼む! 君でいい! 助けるよう、言ってくれ!」
ルシアンの瞳とレイシアの目が合う。
大好きだった、空色の瞳と。
レイシアは何も言えずに俯いてしまった。
「誰か! 誰もいないのか!」
ルシアンの表情が段々絶望に染まっていくのがわかった。
「嫌だ! 死ぬのは嫌だ! 助けてくれーー!」
「僕は何も見なかった。ランベール侯爵令息は、取り押さえられる際に、自裁した。そうだな」
「はっ」
騎士たちが返事をする。
そして、ランベール侯爵に抜き身の剣が渡された。
レイシアは思わず拳を握りしめた。声を出そうとするが、何も出てこない。
「ひっ! 父上! お願いです」
「……頼むルシアン。これ以上、恥を晒さないでくれ」
ルシアンの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「うう……どうして……これも全部お前のせいだー!! レイシアー!!」
すぐにルシアンの口が塞がれる。
そして騎士たちによって、首が見えるように、両腕と体を押さえつけられる。
もがこうとするが、ルシアンは動けない。
それを見て、ランベール侯爵の瞳から涙が一筋流れ落ちた。
「ルシアンすまない。お前を立派に育ててやれなくて」
ランベール侯爵が剣を振り上げた。
「あの世でまた会おう」
剣を振り下ろそうとしたその瞬間。
小さい頃にルシアンと遊んだ時の記憶が再び蘇った。
川のそばで遊び終わった後、ルシアンはレイシアに誓うように言った。
「俺、これから立派な貴族になるんだ」
あの時のルシアンの真剣な表情と、今のルシアンの表情が重なった。
「待ってください!」
思わずレイシアは叫んでいた。
首から紙一重で、ぴたりと止まる剣先。
レイシアの口はカラカラだった。
「あ、あの。生かしてあげることはできないのでしょうか?」
アレンが考え込む。
「……ランベール侯爵殿、どうだろうか?」
「私としては、生き恥を重ねて欲しくないのですが、殿下のご意志なら」
アレンが難しい顔をする。
「レイシアは、どうして欲しいんだい?」
「……私は、ルシアンのことは嫌いだわ。デリカシーがないし、創立祭では邪魔してくる。そして何よりも、女としての尊厳を壊そうとしてきた。決して許すことはできない」
アレンは黙って聞いてくれている。
レイシアは息を大きく吸った。
「でも、だからと言って死んで欲しいとまでは思っていない。だから、罪を犯せないように、でも生き延びさせることってできないかしら?」
場が再び静まる。
レイシアの心臓だけが、緊張から大きく鼓動を打っていた。
「……殿下。我が公爵家に開拓村がございます。そこでの労働に従事させるのはどうでしょうか?」
テオドールがアレンに告げる。
「開拓村か……」
そこで働くということは、一から村を作る厳しい労働が待ち受けており、不作になれば死がすぐそこに迫ってくるということだった。そしてもちろん、辺境のため逃げる手段もない。
アレンがランベール侯爵の方を見る。
ランベール侯爵がアレンに頷く。
「では、このものは開拓村送りにするように陛下に進言する。それまで、王宮の牢に閉じ込めておけ」
「殿下、ご厚意に感謝します!」
助けたのはレイシアのはずなのに、レイシアの方をルシアンは見ようともしなかった。
「殿下。このものは本日をもって我が侯爵家とは絶縁します。なので、平民用の牢で十分です」
「わかった。では、そいつを連れて行け」
「父上! お願いです! それだけは!」
そう言って騎士に追い立てられるように連れて行かれるルシアン。
「こちらの者も、伯爵家から処罰の希望がない限り、同様に開拓村送りで陛下には進言する」
セドリックは黙って俯いている。
「では、この者も連れて行け」
セドリックは自ら立ち上がり、トボトボと歩き始めた。
その後ろ姿が消えるまで、レイシアは見ていた。
「レイシア。聞きたいことがある」
セドリックが行ったのを見送った後、アレンがレイシアに話しかけた。




