第45話 アレンとオズワルド
レイシアに別れを告げられたその日。
アレンは一人で家に帰った。
何が起こったのかわからなかった。
けれど、このままじゃダメだということはアレンにはわかった。
もう冬が来ようとしていた。
風が冷たかった。
♦︎
翌日の放課後。
アレンはレイシアと話すために、教室に向かった。
「レイシア!」
荷物をまとめるレイシアは顔を上げない。
アレンは黙ってレイシアが返事をするのを待つ。
レイシアは、荷物をまとめるとそのままアレンに目を合わせずに立ち去ろうとする。
「待って」
「ごめんなさい。用事があるの」
そう言って、目を合わせないままレイシアは教室から出て行った。
おかしい。
何かがおかしい。
何があったのだろう。
その時、アレンは思い出した。
おかしくなる前日、レイシアは王宮に行くと言っていた。
その時にレイシアはいつも通りだった。
そしてその翌日レイシアはおかしくなった。
何かを言われたのだ。
アレンはそう確信した。
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王宮。
資料の山に囲まれた、記録室の受付にて。
「……何があったのか説明してくださいとおっしゃいましても」
アレンは王宮に来て、記録管理官を訪ね、何があったのか開示してもらおうとしていた。
「どんなやりとりがあったのか、開示してくれといわれても、記録上はフローリア子爵令嬢は簡単な報告をすぐにして王宮から立ち去っております。それしか記録されておりません」
淡々と答える記録管理官。
少し迷惑そうな表情をしていた。
アレンは歯軋りをする。
違った。何もなかった。
これで振り出しだ。
拳を握りしめる。
けれどその拳のやり場はない。
「……そうですか。すみません。ありがとうございました」
そう言って一礼して、立ち去ろうとした。
その時。
「おや、ウィンフィールド男爵令息殿ではないですか」
見計らったかのように、入り口にオズワルドが立っていた。
「少しばかり話せますかね?」
オズワルドは笑みを浮かべた。
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アレンは宰相の執務室の隣にある、宰相用の私室に案内されていた。
私室といっても、大きめの教室くらいのサイズがある。
赤と黒が基調の複雑な紋様が織られたカーペットが敷かれている。
壁際には、陳列されているゴテゴテとした宝飾品の数々。
厚手のけばけばしい赤色のカーテンで窓は覆われ、宝石の散りばめられた燭台の火が灯っている。
「こちらにおかけください」
オズワルドがソファを示す。
革に動物たちの絵が描かれていて、なんとも悪趣味だ。
周りをこっそりと見渡すと、椅子や机にも、象牙や彫り物など過剰な装飾がつけられている。
金を持っていることをアピールしているような印象を受け、アレンは内心で顰めっ面をする。
ソファに座る。
扉が閉められた。
宰相と二人っきりだ。
オズワルドもソファの対面にある椅子に座ると、口を開き始めた。
「殿下。それでどうしたのですかな」
アレンは息を吸った。
香油の匂いがする。
顔を顰めないように気をつけて、アレンは話し始めた。
「フローリア子爵令嬢が先日王宮に来たはずなのだが、その際におかしなことはなかったか、知らないだろうか」
オズワルドが顎に手を当て、考え込むそぶりを見せる。
「……ふうむ。知りませぬなあ。何かあったのですか?」
アレンは事情を話すか少し迷った。
目の前のオズワルドをチラリと見る。
オズワルドはゆったりとした笑みを浮かべている。
「……実は先日恋人がいることを報告したと思うが、恋人のフローリア子爵令嬢の様子が少しおかしいのだ」
「まあ、なんと! どうされたのですか?」
「突然、『別れたい』と」
アレンは思わず俯いて、足元を見てしまった。
だから目の前のオズワルドがどんな表情をしているのか見えなかった。
「……王宮に行った翌日、突然豹変したのだ。『身分差があるから不幸せになる』と」
「……なるほどなるほど。女心は複雑ですからな」
アレンは顔を上げる。
オズワルドは考え込むように顎を撫でている。
「……正直、彼女のいうことにも一理あると思っている。今は男爵と子爵だから良いが、王家に籍を戻した時身分の差は大きくなる。それは事実だ」
アレンは黙ってしまう。
オズワルドが立ち上がった。そしてアレンに背を向ける。
「そうですな。それは事実かと」
アレンは膝の上の拳をぎゅっと握りしめた。
「でも、諦めたくないんだ」
「いけません!」
オズワルドが振り向いて叫ぶ。
その形相は本気で焦っているようだった。
「……すみませぬ。しかし、それは良くありません。女性の気持ちを大切にしなければ」
「でも……!」
「殿下。女性は追いかけると逃げるものです。冷たくすれば、向こうから勝手に擦り寄ってきます。私の長年の経験からそう、申し上げます」
ぐふふとオズワルドが笑う。
「……本当に追いかけなければレイシアは戻ってきてくれるんだろうか」
アレンはポツリと呟く。
「大丈夫です。他の女性と関わってごらんなさい。すぐに手のひらを返します。どうでしょうか。私が何人か素敵な令嬢を紹介しますよ」
そう言ってオズワルドは笑みを浮かべる。
「……申し出はありがたいが、今はそんな気分ではない」
「まあまあ、そんなこと言わずに。気晴らしにもなりますよ」
オズワルドがアレンの方に歩み寄り、肩にポンと手を置く。
「殿下、息抜きも必要です。フローリア子爵令嬢と同じ、栗色の髪に赤色の目の女性を探しますよ」
アレンは足元を見た。
他の女性と関わってみる。
けど、そう考えても頭に浮かんでくるのはレイシアのことばかり。
アレンは眉にぎゅっと力を入れ、カーペットを睨みつけた。
けれど、良い考えは出なかった。
♦︎
オズワルドとの会話が終わり、月が出てきた頃。
「息抜きも必要……か」
アレンは男爵邸に向かう馬車に乗っていた。
まだ、宰相の部屋の臭いが体に残ってる気がした。
(オズワルドのいうことにも一理あるかもしれない)
馬車は石畳の上を通り、揺れ続ける。
(これ以上強引にいけば、もっと嫌われてしまうかもしれない。だったら、他の女性と——)
アレンは拳を握りしめた。
想像しただけで、レイシアが悲しむ顔が浮かぶ。
首を横にふる。
(気を惹くために他の女性に行くなんて、想像するだけでおぞましい行為だ)
その時、何かが引っかかった。
オズワルドは、あの時何を言っていただろうか?
「殿下、息抜きも必要です。フローリア子爵令嬢と同じ、栗色の髪に赤色の目の女性を探しますよ」
オズワルドの声が蘇る。
アレンはハッとした。
(なぜ、オズワルドがレイシアの外見を知っているんだ?)
素行の調査をするにしても、細かい外見まで調査するとは考えづらい。
それに「諦めたくない」と自分が言った時、オズワルドは必死な形相で止めに入っていた。
まるで、もうレイシアがアレンを諦めたことを確信しているかのように。
レイシアのことを考える。
レイシアは一昨日、王宮に行った。それは間違いない。そして、その後おかしくなった。
アレンの中でレイシアとオズワルドが繋がっていく。
もし、そうだとしたら。
アレンは拳をぎゅっと握りしめた。
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そして二週間後。
アレンが王族として迎え入れられることが、正式に発表された。




