第43話 王宮への呼び出し
創立祭が終わって一ヶ月。
その間、レイシアはアレンと結ばれるための方法を調べていた。
結果は、あまり芳しくなかった。
やはり子爵家のような低位貴族と王家の王位継承権を持つ人物との婚姻はないようで、二十代分ほどの王家の記録を遡ってみたが、前例を見つけることができなかった。
手詰まりをレイシアが感じていた時。
一通の手紙がレイシアの元に届いた。
「創立祭で王宮の名称使用許可を受けた企画についての、事後報告および確認」
レイシアを王宮に招く書類だった。
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レイシアは重厚な装飾がついた大きな扉の前で、緊張しながら立っていた。
(なぜこんなところに呼ばれているのだろう)
今回の企画の結果などを報告したら、すぐに解放されると思っていた。
しかし、そんなレイシアの予想は外れた。
企画の説明は簡単に終了したが、別の話があると言われ、王宮の一角まで案内された。
レイシアをここまで先導した役人が、扉を叩く。
「レイシア・フローリア子爵令嬢様を連れて参りました」
「入れ」
くぐもった男性の声が聞こえた。
扉が開く。
そこは少し小さな教室くらいの大きさの部屋だった。
ケバケバした真っ赤な調度品で部屋は飾られているけれど、白色の壁と全く調和していない。そうレイシアは感じた。
中央を見ると机が置かれている。机の脚にゴテゴテした装飾がされている、いかにも高そうな机だ。
その机には、お腹が大きく出ていて、どこが首かわからない、でっぷりとした男性が座っていた。
その指にはいくつもの宝飾品がつけられている。
男性は部屋の中にあるソファを指さす。
「フローリア子爵令嬢だな? 私はハルフォード侯爵家のオズワルド・ハルフォードだ。王国の宰相を拝命している。フローリア子爵令嬢、そこに座れ」
なぜ王国の王に次ぐ権力者である宰相が、子爵家の娘でしかない私と話そうとしているの?
レイシアの頭は疑問で一杯だった。
しかも明らかに友好的ではない。
(とにかく頭を切り替えなきゃ)
まずは挨拶。
そう思い、レイシアはカーテシーをする。
「フローリア子爵家のレイシア・フローリアです。初めまして。よろしくお願いします」
「挨拶はいい。時間が惜しい。さっさと座れ」
レイシアは面食らった。
思わず何か言いたくなったが、相手は上位貴族だ。
我慢して、レイシアは黙ったまま座った。
それをみて、オズワルドはゆったりと立ち上がった。
そして部屋の調度品を見て回り始めた。
「さて、単刀直入に聞くぞ。お前はどこまで知っている?」
「……はい?」
オズワルドの問いかけに、レイシアは戸惑った。
何の話をしているのかさっぱりわからなかったのだ。
「ふん、小賢しいな。知らぬふりか」
「……申し訳ございません、何の話でしょうか?」
オズワルドがレイシアの方を振り向く。
その瞳には敵意がこもっている。
「最近、お前に恋人ができたらしいな」
レイシアは思わず息を呑んだ。
何か独特な香油の匂いがする。
顔を顰めないようにしながら、膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。
「お前がどこまで知っているか知らぬが、はっきり言おう。別れろ」
時間が止まった気がした。
呼吸がうまくできない。
口を開こうとする。くっついたみたいにうまく開かない。
「だんまりか。おい、お前。あれを用意しろ」
オズワルドが、先ほどレイシアを案内してくれた役人に目で合図をする。
役人が部屋に置かれていた金庫の鍵を開け、中から袋を取り出した。
そしてレイシアの目の前に持ってくる。
「どうぞ」
「これは……?」
レイシアは戸惑いつつ受け取る。
ずしりと重たい。
「中をご確認ください」
そう言って役人は部屋の隅に下がっていく。
袋の紐をほどき中を見ると、金貨が詰まっていた。
レイシアは思わず固まった。
それを見て、オズワルドが醜悪な笑みを浮かべた。
「金貨百枚だ。受け取っていいぞ」
金貨百枚。
子爵家の生活費一年分くらいの金額だった。
あまりの額に手が震えた。
「それを受け取ってさっさと帰れ」
「……受け取れません」
レイシアは声が震えないように気をつけながら答えた。
オズワルドが顔を顰める。
「……子爵家の娘のくせに強欲だな。わかった、もう一袋やる。それで最後だ。それで我慢しろ」
「いえ、金額の問題ではありません」
レイシアは震える手を必死に抑え、金貨袋を横に置いた。
「……何が欲しい」
レイシアは、深呼吸をした。
「私はアレンのことが好きです。何も理由なく、別れることはできません」
オズワルドの顔がどんどんと険しくなる。
「お前もある程度事情を知っているのだろう。あの方は尊き血の方だ。子爵令嬢ごときが関わって良い相手ではない」
レイシアはぎゅっと拳を握りしめる。
そんなことわかっている。
普通だったら、身分の差を弁えて身を引くべきなのだろう。
「……子爵令嬢と王族の方がそのまま結ばれた前例はありませんが、それを阻む法律はありません」
「伝統が許さぬと言っているのだ!」
オズワルドが叫ぶ。
「今まで王家には最低でも伯爵家以上の娘が嫁いできていた。子爵家? そんなもの言語道断だ。歴史と伝統が許さない」
部屋を包み込む沈黙。
「付き合ったのはここ最近であることも調査で知っている。お前もどうせ、あの方によって得られる、王家の血が、地位や金が羨ましくなっただけだろう?」
「そんなことはないです!」
「さて、どうだか」
オズワルドが嘲るように笑う。
「いいか、お前にも良縁を用意してやろう。確かに王族とまではいかないかもしれないが、それくらいの良縁を用意してやる。わかったら、さっさと身分を弁えろ。さもなければ、家ごと潰すぞ」
レイシアは思わず俯いた。
ここで反論すれば、家にまで迷惑がかかる。
家族が路頭に迷うかもしれない。自分のせいで。
それくらい、宰相には力がある。
「いいか、あのお方もその方が幸せだ。もしあの方が王になった時、しっかりとした爵位の家と繋がりを持つことで政治的な地盤を得られる。お前の家と婚姻を結んでいたらどうだ? 政治は荒れ、あの方は不幸せになるかもしれない」
オズワルドが続ける。
「学生時代の儚い恋だったと思え。そうすればみんな幸せになるんだ」
優しい声音で、オズワルドがレイシアに語りかける。
思わず両手の指を組む。
手が震えるのがわかった。
「いいか。夢は夢なんだ。お前も大人になれ。現実を生きるのだ」
嫌だ。
でも、何も言うことはできなかった。
レイシアの瞳から涙が、膝の上で結ばれた両手の甲にこぼれ落ちる。
認めたくなかった。現実を。
「今日のことは他言無用だ。無論あの方にも。迷惑をかけたくなかったら、口をつぐんでおけ」
オズワルドは、役人に合図をすると、扉から出ていった。
レイシアはしばらく、その場から動くことはできなかった。




