第四話 戻らない日常
ルシアンと決別したレイシアの身に、だんだんと日常は戻って……いなかった。
レイシアの周りの空気は変化していた。
その空気は大きく三つに分かれている。
まず多いのが、レイシアに同情的な人たちだ。
「フローリア嬢、大丈夫ですか?」
授業の合間に、令嬢の一人が気の毒げにレイシアに尋ねてくる。
何が?とは言わない。ルシアンのことを言っていることは自明だからだ。
ゆっくりと言葉を選んで返す。
「ええ、大丈夫です」
「……辛かったら、言ってくださいね。力になれることなら、できるだけしますから」
そう言って、にっこりと微笑まれる。
レイシアは曖昧に微笑む。
自分では、ルシアンのことは区切りをつけ、もう前に進んでいるつもりだ。
けれど、彼女達の中では、まだ前に進めていないように見えるらしい。
いくら否定しても、彼女達の心に言葉が届かない。
レイシアの中で、苛立ちとまではいかないが、どこか引っかかっているものがあった。
けど、そんなことを表に出しても良いことはない。それがわかっているからこそ、レイシアは曖昧に微笑んでいた。
そんなレイシアに対して二つ目に多い態度が、面白がるだった。
そうやって面白がる人たちは、直接レイシアに声をかけてこない。
ただ、遠くから好奇の目を向けてくるだけだ。
レイシアはそんな視線を感じるたびに、胸がどこか詰まったような感覚になる。
なんて言われているのだろう。悪口を言われて笑われているんじゃないか。そんな不安に駆られる。
だからそんな視線を感じると、レイシアはその場からつい逃げ出してしまう。
そして最後が、嫌悪感を露わにする人たちだ。
「よく平気な顔で学園に来ているわね」
ボソッと。しかし、聞こえるようにすれ違いざま、廊下でレイシアを突き刺す言葉。
レイシアの足が、一瞬止まる。
悪意を持って接してきた彼女達。
レイシアは反論しようとする。
「私は悪くない。悪いのは、私を騙したあいつらよ」
そんなセリフが喉元まで出た。
けど、なぜか何も言えなかった。
代わりに、なぜか涙が流れそうになる。
レイシアは黙って前を向いたまま口をきっと閉じた。
そして足を再び動かし、その場を足早に去った。
レイシアにつぶやいた令嬢は、そんなレイシアの様子を見て、ニヤニヤしていた。
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「レイシア、大丈夫かい?」
放課後、アレンが帰る準備をしているレイシアに声をかけた。
「……ええ、大丈夫よ」
「そんなことないだろう。最近の君は見てられない。頼むよ、話を聞かせてくれ」
優しげな言葉。
アレンは本当に心から心配してくれているのだろう。
けど信じて不安を話そうとした瞬間。
「家のことなんて関係ない。君が好きだ。明日の舞踏会、俺の婚約者として踊ってくれないか?」
ルシアンの言葉が、彼の嘘が蘇った。
また裏切られるかもしれない。それを考えただけで口がカラカラになり、手が震える。
アレンはルシアンとは違う。
信じたい。信じなきゃ。
けど、そう思えばそう思うほど、自分の体は正直にそれを否定した。
レイシアは口を開いて、数秒迷った後、絞り出すように言った。
「……大丈夫よ。気にしないで。もう授業も終わったし、帰りましょう」
レイシアはアレンに目も合わせず、荷物を詰め込み続けた。
「……レイシア。無理だけはしないでね」
「ありがとう」
そう言って、レイシアは力なく笑った。
アレンはそんなレイシアを見て、躊躇いながら言う。
「……レイシア、信じて裏切られるのは、弱いからじゃない。信じられることは、弱さじゃなくて強さだ。君は強い人だ。そこは覚えておいてくれ」
一瞬だけレイシアは息を呑んだ。荷物をしまう指が震える。
けど、それは一瞬のことだった。
強い?私が?
レイシアは苦笑した。
「そうね。私って強いのね。だからこんなにも同情されるのね」
「……嫌味じゃなく、本気だよ」
アレンが困ったように笑う。
「ふふ、嫌味なこと言ってごめんね。アレン、今は綺麗事はもうたくさんな気分なの」
そう言って息を少し吸う。
そしてレイシアはにっこりと笑った。
「ごめん、私、今日は早めに帰るね」
レイシアは荷物を持つと、アレンの横を足音をたてて通り過ぎた。
「……じゃあね、レイシア。また明日」
「アレン、また明日」
そう言ってレイシアは一人歩いて行った。
アレンはその背中に手を伸ばす。けれど、その手が背中に届くことはなかった。
アレンはおずおずと手を体に戻し、拳をぎゅっと握りしめた。
教室では数人の令嬢がその様子を見てヒソヒソと話し合っていた。
何を話しているのかは、二人に聞こえることはなかった。




