第37話 理由
「その通りです。家のことだけを考えるなら、この話は受けるべきだと思っています」
レイシアはゆっくりと話し出した。
「でもすみません。自分に嘘はつけません」
テオドールは黙って聞いている。
「ご存知だと思いますが、私はランベール侯爵令息に嘘の告白をされました。私は彼のことが好きでした。だから、すっかり騙され、そして真実を知った時に深く傷つきました」
あの時のルシアンの顔が浮かぶ。
思わず拳をぎゅっと握りしめる。
(もう過ぎたことよ……)
レイシアは軽く息を吐く。
ゆっくりと拳に入れた力を緩める。
話を続ける。
「その時は自分に嘘をついて我慢して生きていこうと思いました。けれどある時、体がうまく動かなくなって気がついたのです。それでは私はうまく生きていけないと」
テオドールが自分のことを見ているのがわかった。
「だから正直に言います。私は自分のことを愛していない方と、そして私自身が愛していない方と添い遂げたいとは思えません。たとえ家の利益になるとしてもです」
レイシアはそこで浅く呼吸する。
「先ほどテオドール様は、私に『俺は芯のある女性が好きだ』とおっしゃってくださいましたね。だからこそ、自分の芯を大切にして言います。すみません、お断りさせてください」
テオドールは黙っていた。
レイシアも黙っていた。
数秒そのまま、二人は見つめあっていた。
テオドールは、ゆっくりと口を開いた。
「そうか。わかった」
そう言ってにっこりと笑った。
「ありがとう。素直な気持ちを伝えてくれて」
まっすぐ目を見てテオドールはレイシアにお礼を言う。
レイシアは俯いてしまう。
「落ち込まないでくれ。大丈夫」
「……ごめんなさい」
「大丈夫だよ。まあ、元々うっすらダメなんじゃないかと思っていたからな」
顔を上げると、テオドールが苦笑いをしていた。
「あいつを見る視線、熱がこもっているのがバレバレだったぜ」
そう言ってテオドールはアレンの方をチラリと見る。
アレンが怪訝な顔をしたのがわかった。
テオドールがレイシアの方を向いて、ニコリと笑う。
レイシアは自分の顔が赤くなるのがわかった。
「まあ、頑張れよ。じゃあ、俺は片付けに戻るわ」
そう言って、テオドールはくるりと振り返り戻っていった。
♦︎
「何を話してたんだよ」
アレンは戻ってきたテオドールの近くに行って、小声で聞く。
レイシアと何を話していたんだろう。
気になって仕方がなかった。
「知りたいか?」
「ああ」
テオドールはニヤリとした。
「求婚した」
アレンは絶句した。
「な、な、何をしてるんだよ!」
「どうしたの?」
思わず大声を出したアレンの方を、レイシアとクロエが見る。
「いや、なんでもない!」
アレンはすぐにクロエとレイシアに返事をする。
クロエとレイシアが作業に戻ったのを見て、アレンはテオドールの方に詰め寄った。
「それで、何しているんだ! 返事は?」
アレンは心臓の音が俄かに大きくなるのを感じた。
思わず手元に目を落とす。指が震える。
「大丈夫、お前の想像するようなことにはなっていない」
顔を上げると、テオドールがニヤニヤしていた。
思わず力が抜ける。
「ま、そういうことだから。お前には時間がないことだし、さっさとどうするか決めな」
テオドールはアレンの事情を知っている。
だからこそ、テオドールの言葉はアレンにとても突き刺さった。
「じゃあ俺は作業に戻るから」
テオドールは荷物を運ぶために、アレンの元から去っていった。
(時間がない……その通りだ……)
アレンはぎゅっと拳を握りしめた。
そして、レイシアの方に歩き出した。




