第36話 打ち上げ
レイシア達が、来賓特別賞を受賞した後。
企画を実施した一つ目の大教室の隣にある少し小さめの教室にて。
日はとっくに暮れていたが、レイシアは仲間と共に誰もいなくなった会場で簡単な打ち上げをしていた。
会場はすでにあらかた片付いている。
残っているのは、レイシア達が座っている机と椅子くらいだ。
アレンが家から用意したという立派な燭台が、教室を穏やかに灯す。
企画を手伝ってくれた老執事が、レイシアの前のカップにティーポットから紅茶を注ぐ。
その手つきは洗練されていて、思わずうっとりするほど美しい。
「どうぞ」
手慣れた雰囲気は、長年家格の高いところに仕えてきたことを窺わせる。
「ありがとうございます」
レイシアが老執事にお礼を言う。
老執事は黙って一礼する。
(いいなあ……あんな執事、私の家にもいて欲しい)
レイシアはそんなことを考えると、まずは紅茶の香りを楽しむ。
(いい香り……こんなに華やかな香り、私の家で出たことないわ)
口に含んで香りを楽しみ、ごくりと飲み込む。
(美味しい〜!)
「気に入ってくれてよかった」
アレンが笑いながら話しかけてくる。
「アレン、本当にありがとうね。執事の方だけじゃなく、紅茶や菓子も手配してくれて。まさかアレンにこんな伝手があるとは思ってなかったわ」
「……まあちょっとね」
アレンが曖昧に微笑んだ。
「それより、本当に賞が取れてよかったな! 俺も嬉しいぞ!」
テオドールが続ける。
「本当に、レイシア嬢はいつから、どこまで考えていたのだ?」
レイシアは持っていたティーカップを置いた。
「……そうね。実は種明かしすると、ルシアンのことは、企画を盗まれてから対策を考えていたわ」
そこでレイシアはティーカップを手に取り、一口紅茶を飲む。
「小さい時からの付き合いだったから、ルシアンのことはよく知っているの。負けず嫌いなところも、一度何かを決めたら決して曲げないところも。だから確信していたわ。徹底的に妨害してくるってね。それに予想通り行かなかったら、うっかりミスを犯すだろうってこともね」
レイシアは力無く笑った。
「けど企画がここまで良くなったのは正直、私一人の力じゃない。アレンや手伝ってくれたクロエ、そしてテオドールのおかげよ。アレンの伝手がなかったら店の材料や人員を手配できなかったし、クロエがいなかったら王族に相応しい豪華な本を使った内装や教養の説明などは考えられなかった。それに、テオドールがいなかったら、会場を二つ貸してもらうなどの特例を学院に認めてもらえなかったでしょう」
そう言って、今度はレイシアはニッコリと笑った。
「だからルシアンのことはわかっていたけど、それ以外はみんなのおかげ。本当にありがとう」
レイシアはティーカップを置いた。
「いえ、こちらこそ本当に参加できてよかったです」
クロエがおずおずと言う。
「本当にそうだよ」
「そうだな!」
アレンとテオドールが続く。
アレンも、テオドールも、クロエも、レイシアのことを感謝と尊敬の入り混じった視線で見ていた。
紅茶の湯気が、ひっそりとポットから優しげに漂っていた。
♦︎
打ち上げも終わり。
レイシアが紅茶を飲んで最後の片付けをしている時。
「レイシア嬢。少し二人で話せるか?」
「ええ、大丈夫」
テオドールが声をかけてきた。
レイシアは手を止めた。
「じゃあ、ちょっとこっちに」
そう言って、テオドールは教室の隅に移動する。
レイシアもついていく。
十分にクロエとアレン、老執事との距離が離れたことを確認して、テオドールは話し始めた。
「不躾な質問になるのだが、レイシア嬢には婚約者はいるのか?」
レイシアは思わず言葉を失った。
そんな質問をされるとは思わなかったのだ。
少し考え、慎重に答えを返す。
「……今は婚約者はいないわ。縁談の話も今のところないわ」
「そうか」
テオドールが考えこむ。
気まずい沈黙が流れる。
レイシアが口を開いた時だった。
「よければ俺の婚約者になることを考えてくれないだろうか?」
「え?」
レイシアは驚きで再び言葉を失った。
そんなレイシアを横目にテオドールが続ける。
「身分の高いランベール侯爵令息に対する毅然とした態度がいいなと思った。俺は芯のある女性が好きだ。さらに言うなら、その強さをしっかりと見せられるだけの頭脳がある女性だとより良い。レイシア嬢、君は俺の理想にぴったりだ」
(理想……)
レイシアは突然の求婚に混乱していた。
その様子を見て、テオドールが続ける。
「俺は公爵家の次男だ。社交界で君を守ることにもつながるだろう。家督を継ぐことはないから家格の差も問題ない。ぜひ、考えてくれないだろうか。レイシア嬢」
テオドールがいつもの豪快な話し方ではなく、丁寧に伝えてきた。
(よし、落ち着こう)
レイシアは軽く深呼吸をした。
息を整え、慎重に答え始める。
「そもそも公爵家の意向には沿っているのですか?」
「いや、まだ許可などはとっていない。これはあくまで君の意向の確認だ。君の意思に反して、婚約の話を進めるつもりはない」
「なるほど。ありがとうございます」
家に話が通っていないなら、まだ断ることもできる。
レイシアは最も気になっていることを聞くことにした。
「率直に聞きます。あなたは私のことを好きですか?」
レイシアはごくりと唾を飲んだ。
貴族として、この質問は正しくないのかもしれない。意味がないかもしれない。
でも、今のレイシアには聞くことが必要だった。
テオドールが少し黙り込んだ後に、口を開いた。
「正直、理想の女性だと思う。恋に落ちているわけではないが、好ましいと思っている。貴族として大切にすると誓う」
レイシアの心が鉛のように重たくなった。
彼は自分のことを好きなわけではない。
あくまで、理想の条件に当てはまるから声をかけているだけだ。
(けれど、家のためなら受け入れるべきよね)
公爵家と縁が結べる。それはただの子爵家にとって、とても大きなことだ。
そんな内心を隠して、レイシアは了承の返事をするため、口を開こうとした。
口は開いた。けれど、なぜか言葉が出てこなかった。
その時、アレンが目に入った。
アレンは教室の片隅で、荷物をまとめながら、そっとこちらを見ていた。
目があった。
その瞬間、胸が貫かれたように痛んだ。
レイシアは唇を噛み締めた。
愚かなことなのは自分でもわかっていた。
「すみません、お断りさせてください」
レイシアはゆっくりと告げた。
テオドールが息を呑んだのがわかった。
「どうしてだい? 公爵家と縁が結べるのは、フローリア子爵家としても悪くないはずだ。断る理由はないはずだが」
レイシアは答えるために口を開いた。




