第20話 決着
クロエは口を開いた。
その時、二人の顔が見えた。
一人は、ヴィオレッタ様。
勝利を確信している顔。当然のように夜会と同じような発言を求めるような表情。
もう一人は、レイシア様。
穏やかな笑み。私が何を言ってもきっと受け入れてくれる、そんな表情。
二人とも満足するようなことは言えない。
実は今日、来る前にどうするか決めていた。
だから、クロエは口を閉じてにっこり笑った。
そして口を開いた。
「証言は本当です。『ルシアンのやったことは自業自得だと思っているし、罰を受けたのもざまあみろと思っている』『同情してくれているのが、後ろめたく、自分は本当は同情に値する人間じゃない』とレイシア様が仰っているのを私は聞きました」
燭台の蝋燭の炎が揺れる。
闇が心なしか深まった気がする。
レイシア様は穏やかだ。
証言したことを責めてくる気配はない。
ヴィオレッタ様が勝ち誇った調子で言った。
「皆さん、お分かりいただけたかと思います! フローリア嬢がどんな人間なのか!」
「しかし!」
クロエは声を張り上げた。
クロエに視線が集まる。
ヴィオレッタ様が自分を睨みつけているのがわかった。
手が震える。あの日のレイシア様のように。
でも、口を開いた。
「言わなければならないことがあります」
レイシア様が見える。その表情は相変わらず、穏やかなままだ。
ヴィオレッタ様が呆気に取られている。たかが男爵令嬢が伯爵令嬢の言葉を遮ったからだろう。
精一杯笑みを作る。
「私はレイシア様を陥れるために近づいていました」
燭台の蝋燭から、蝋が垂れた。
すぐに冷えて固まる。
「クロエ。何を言っているのかしら」
ヴィオレッタ様が微笑みながら言う。けど、目は全く笑っていない。
「もう一度言います。私はレイシア様にとって不利な状況ができるように、証拠を集めていました」
ヴィオレッタ様が口を開く。
「クロエ!」
「モンフォール嬢! 静かに。三度目ですわよ」
マティルダ夫人が扇子で口元を隠しながら、ヴィオレッタ様を注意した。
ヴィオレッタ様が目で語りかけてくる。
黙れと。
それを無視して、クロエは続けた。
「そして、私は文脈を切り取って証言したことを、ここで言わせていただきます」
蝋燭の炎の影が揺れる。
もう誰も何も言わない。
「レイシア様は確かに、『ルシアンのやったことは自業自得だと思っているし、罰を受けたのもざまあみろと思っている』と仰いました」
少し息を吐く。
「『本当は同情に値する人間じゃない』というのも事実です。しかし、それは『普通に接してくれるあなたがいて、とても助かっているわ。本当にありがとうね。クロエ』という感謝の言葉の一部でした。そこに悪意の調子は、嘲るようなニュアンスはなかったと私は証言します」
マティルダ夫人が扇子を閉じた音がした。
エレノア様と目を見合わせているのがわかる。
「なるほど。悪意から出ていた発言ではなかったということですね」
「はい。悪意はなく、申し訳なさと感謝を伝える発言の一部でした」
「クロエ!」
ヴィオレッタ様が立ち上がる。
「なんでしょうか」
「こんなことしてわかっているのよね? 縁談も無くなるし、社交界も伯爵家のものには参加させないわ。あなたは破滅よ」
口がカラカラだ。恐怖で体が固まるのがわかる。
その時、レイシア様が見えた。
「……承知しています」
ヴィオレッタ様が動揺するのがわかった。
「……でも別に良いのです。自分の良心の呵責に苛まれて生きるくらいならば」
沈黙が場を支配する。
誰も何も言わなかった。
レイシア様を見ると、目を大きく開いていた。
そして、少し申し訳なさそうな顔も。
「発言は発言よ!」
ヴィオレッタ様が顔を真っ赤にしながら、主張する。
「迂闊な発言であることは事実よ!」
「その通りですわね。けど、あなたの先ほどの脅しも迂闊な発言だったのではなくて?」
この会の証人であるエレノア様が淡々と告げる。
「……」
思わず黙り込むヴィオレッタ様。何を言ったのか、今更気がついたのだろう。
「さて、それでは結論を出しましょう。モンフォール伯爵令嬢、座るように」
マティルダ夫人がパチンと手を叩いて、宣言した。
「さて、まずフローリア子爵令嬢。発言については事実とのことでした。これはいくら気が抜けていたとしても、貴族として迂闊な発言だったと思います」
レイシア様が俯く。
ああ、そんな表情をさせないで。
「なので、伯爵家からマナーと貴族としての心得の個人授業を提供しましょう。二度と失敗しないように」
レイシア様が顔を上げて驚くのが見えた。
それもそうだ、マティルダ夫人が後見になるのと等しいような申し出なのだから。
「なっ!」
ヴィオレッタ様が口を出そうとする。
「黙って最後まで聞きなさい!」
それをマティルダ夫人が一喝する。
「夜会でこちらが申し出た支援は引き続き有効とします。ただし、淑女として立派に成長してからという条件付きです」
そこで言葉を切る。
「フローリア子爵令嬢、どうしますか?」
「申し出を受けさせていただきます。よろしくお願いします」
喜びで泣きそうなのが、表情からわかった。
「さて、次にモンフォール伯爵令嬢。あなたですが、今後私の夜会への参加は禁止とします。悪意を持って人を陥れようとする人間は、客人として迎え入れられる資格はありません」
「……て、撤回をどうかお願いします」
事態の不味さを認識したヴィオレッタ様。
でも、もう遅いだろう。
「いえ、撤回は致しません。モンフォール伯爵に正式に今回の決定と顛末は伝えさせていただきます」
ヴィオレッタ様の顔が絶望に染まる。
思わず抗議のため腕を振り上げるのが見えた。
参加者の視線が集まる。
ヴィオレッタ様はそれに気がつき、口をひらいては閉じた。
しかし、何も言わずに腕を下ろした。
「最後にバルト男爵令嬢。あなたは加害に加わりました。これは淑女として恥ずべきことです」
クロエは俯いた。その通りだ、自分は加害者だ。罰を受けるのが当然だった。
「なので、あなたには伯爵家でマナーと貴族としての心得を叩き込みます。二度と恥ずべきことをしないように」
クロエは顔を上げた。
「ただし、縁談などの支援については、今のところ、支援する予定はありません。分かりましたか?」
マティルダ夫人から社交界でやり直す機会を与えられた。
クロエは涙を堪えるのに、必死だった。
「……ありがとうございます」
マティルダ夫人は満足そうに言った。
「それでは、今日はこれで終わりとします。モンフォール伯爵令嬢から、退出するように」
ヴィオレッタ様が力無く立った。
そして弱々しくマティルダ夫人を見る。
しかしマティルダ夫人は毅然とした表情を崩さなかった。
ヴィオレッタ様はしばらくそうした後、黙って扉を開け会場から去っていった。
終わったのだ。クロエにはそれがわかった。




