第19話 クロエの本心2
クロエ・バルトは下級貴族の娘として生まれた。
上位貴族の取り巻きをして下手に目をつけられないように生きていき、結婚できる年齢になったら、少しでも条件の良い令息を紹介してもらって結婚する。
クロエは、それが幸せだとずっと思っていた。
「クロエ、今話題のブランドの化粧水が気になるわ。買っておいて」
「この課題、明日までにお願いね」
だから、ヴィオレッタ・モンフォール伯爵令嬢の取り巻きとして過ごす日々は苦痛ではなかった。
何を命じられても、当然と思って受け入れることができた。
みんなそうやって生きているのだ。そう思っていたから。
それが変わったのは、一つの命令を受けたことがきっかけだ。
「フローリア嬢と、お友達になって差し上げて」
いつものヴィオレッタ様の命令だと思った。
だから、淡々と冷めた内心を隠してフローリア嬢に近づいた。
そしてこう言った。
「フローリア様、少し良いでしょうか?」
彼女に気に入られようと思った。
だからワインを彼女の代わりに浴びた時も、これで作戦が円滑に進むとだけ思った。
「レイシア様。ショールをお返ししますね」
そこから仲良くなるのは簡単だった。
「いえ大丈夫ですわ。本当にレイシア様はまっすぐな方なのですね。仲良くなれて本当に良かった」
けど段々と気持ちが変化していった。
「甘いものでも食べたほうがいいかもしれませんね。そうだ、今度一緒に王都の評判のケーキ屋に行きませんか? チーズケーキが絶品らしくて」
誘うつもりなんてなかった。
けど、自然と言葉が出ていた。
「本当にレイシア様と一緒にいると楽しいですわ。ここだけの話ですが、ヴィオレッタ様はいつもピリピリしていて……少し息が詰まるんです」
思ってもみなかった言葉が、レイシア様といると出てしまうことに、自分でも驚いた。
繋がりがいつの間にかできた。
身分が違うのに、初めて一人の人間として扱われて肩が軽かった。
だからこそ、近づいた動機を知られ、失望されるのが怖かった。
この居心地の良い空間、時間を失いたくなかった。
「ヴィオレッタ様、報告があります」
「決定的なことを言いました。『ルシアンのやったことは自業自得だと思っているし、罰を受けたのもざまあみろと思っている』と」
だから自分から捨てることにした。
それが間違いだったと気がついたのは、マティルダ夫人の夜会でヴィオレッタ様に証言を命じられた時だった。
「クロエ、証言してくださるかしら? あなたが何を聞いたか」
あの日、レイシア様が口を開いては閉じるのが見えた。
手が震えていた。
でも引き返せなかった。
その日は眠れなかった。
もう戻れないとわかっていたのに、レイシア様の笑顔が頭にずっと浮かんでいた。
卑怯だ。
「私は、私は本当だと思っていたわ」
後日、レイシア様に友情を本物だと思っていたと言われた時、泣きそうになった。
けど、何も言えなかった。
「クロエ、そして今も本当だと思っているわ」
だから、そう言われた時、心臓を握る手が離れたような気がした。
「ずっと、ずっと待ってる」
そう言ってもらえた時は、涙を堪えるので必死だった。
けど、何も言えなかった。
レイシア様の手を取るということは、今までの生き方を全て否定することになるから。
自分にできることは、ヴィオレッタ様の言う通りに生きていくことだけだ。
けど、なぜか毎晩、寝る前に月を見ていると、頬が濡れた。
そして今、自分は丸机に座っている。
マティルダ夫人による事情を整理する会。
そこに証言者として呼ばれたから。
みんなの視線が集まっているのがわかる。
クロエは口を開いた。




