第16話 手
レイシアが庭園に着くと、アレンが駆け寄ってきた。
「来てくれたんだね。ありがとう」
アレンが目の前に立ってにっこりとしていた。
レイシアは、ふと泣きそうになった。
「……アレン。本当にありがとう」
アレンは目を丸くした。
「ううん、来てくれてよかった」
そして元の穏やかな笑みを浮かべた。
「座ろうか」
そう言って、アレンはハンカチを側にあるベンチに敷いた。
「どうぞ」
「……ありがとう」
手で座るように示されたハンカチの上に座るレイシア。
それを見て、アレンが隣に座る。
黙り込む二人。
夕陽が二人を照らしていた。
沈黙を破ったのは、レイシアだった。
「あのね。本当にごめんなさい」
レイシアは頭を下げた。
「どこから話せばいいのか、自分でもまだわからないの。だけど、聞いてくれたら嬉しいわ」
アレンは優しい笑みを浮かべ、黙って頷いた。
それにホッとしたレイシアは、俯きながら話し出した。
「……正直、私今怖いの。ルシアンに傷つけられたと思ったら、友達になれたと思った子に裏切られた。他の人にも裏切られるんじゃないかって」
アレンの方を、一瞬ちらりと見る。
真剣な表情をして聞いてくれている。
「だからごめんなさい。アレンのことを今、信じることが怖いの」
アレンが息を呑むのがわかった。
受け入れてもらえないかしら。
自分の本音を曝け出すのがこんなにも怖いなんて。
レイシアは手をぎゅっと握りしめた。
白く細い指が、さらに白くなった。
「レイシア」
アレンの声に、レイシアはパッと顔を上げた。
そしてアレンの顔を見る。
アレンの瞳が見える。
その透き通るような紫色の瞳で、何を考えているのだろう。
胸の鼓動が強くなる。全身が血管になったように、鼓動を感じる。
アレンが口を開いた。
「正直に言うね。信じてもらえないのは、少し悲しい」
そう言って、アレンは力無く笑った。
レイシアは手に込めていた力をさらに強くした。
「でも、それで当然だと思っている。だから、正直に言ってくれてありがとう」
そう言ってアレンはにっこりと笑った。
拒絶されるのが怖い。アレンから拒絶されるくらいなら……
「……私と縁を切りたかったら切っても構わないわ」
アレンの表情が消えた。
心臓が再びうるさくなった。
「レイシア」
「……はい」
アレンは口を開いて、閉じた。そして再び開いた。
「お願いだ。二度とそんなことを言わないでほしい。僕は君のそばを離れない。絶対に」
そう言って真剣な目で見つめてくる。
「……私はダメな女よ」
「そんなことない」
「……女としての魅力もないし」
「レイシア」
「……人の不幸を笑う最低な人間だし」
「レイシア!」
アレンが少し大きな声を出す。
「レイシア、君は素敵だ。お願いだ、そんな風に自分自身を傷つけるようなことは言わないで」
アレンが泣きそうな顔をしている。
「……ごめんなさい」
アレンが首を振る。
「いいんだ。今までずっと不安だったよね。話してくれて、本当にありがとうね」
そう言ってアレンは優しく笑った。
温かい。
気がつくと、アレンが自分の手を握りしめてくれていた。
なぜか、肩が震える。
頬を雫が伝って、手の甲に落ちた。
アレンは何も言わなかった。
ただ、黙って背中を撫でてくれた。
♦︎
日はすっかり沈み、辺りは暗くなっていた。
学院の入り口でレイシアはアレンと別れることにした。
「ありがとうね」
「ううん、こちらこそありがとう」
そう言ってアレンはにっこりと笑った。
レイシアもつられて笑顔になる。
「じゃあね」
「うん、また明日」
また明日。何気ないたった一言だ。
けれど、今のレイシアにとっては、元気の出る魔法の言葉だった。
♦︎
アレンは帰っていくレイシアに手を振っていた。
レイシアが見えなくなる。
気温が一段と低くなった気がした。
「アレンのことを今、信じることが怖いの」
レイシアの言葉が蘇った。
心臓を握られたような痛みが走る。
アレンは首を振った。
「僕は思ったよりも、欲張りなのかもしれない」
春の夜風が優しく吹いていた。




