第15話 選択
放課後。
レイシアは、教室を出て、廊下を歩く。
その足は図書室とは逆に向かっている。
確かにルシアンの提案は魅力的だった。
けれど、昨日寝る前に、ルシアンの提案通りにマティルダ夫人の前で、ルシアンに証言してもらう場面を、想像した。
「ただの幼馴染のじゃれ合いでした」
そして、ルシアンの父親の前で、自分が証言している場面も。
「私は全然傷ついておりません。あれは、二人のおふざけの範疇でした」
なぜか、心臓が掴まれるような感覚になった。
何度やっても同じだった。
体が嘘をつくことを拒否していた。
だからレイシアはルシアンの提案を聞かないことにした。
今日はもう帰ろう。
アレンのところによることを、一瞬考えた。
しかし、どんな顔をすればいいかわからない。
まっすぐ帰ろう。
そう思った時だった。
「おい」
振り返る。そこにはルシアンがいた。
「図書室と逆だぞ」
ルシアンがレイシアのことを睨みつける。
レイシアは、思わず息を呑む。
指が震える。そのまま俯いてしまった。
その様子を見たルシアンは、近づきながら低い声で告げる。
「そういうことでいいんだな?」
「ルシアン、ごめんなさい。あなたの言うことはどうしても聞けないわ。傷ついていないって、自分に嘘をつくことはできないの」
そう答えると、ルシアンの表情が険しくなる。
「……いいか、これは最後のチャンスだ。少し証言するだけでいい。それだけで、俺もお前も救われるんだぞ?」
そう言ってルシアンは笑顔を浮かべた。
けれど、その笑みはどこか歪んでいる。
「それがお前もわかるだろ? だったらどうすればいいか、分かるよな?」
「……それでも、できないわ」
レイシアは呟くように言った。
「……いいから、来い」
そう言ってルシアンが、レイシアの腕を掴もうと腕を伸ばす。
腕が握られた。
ルシアンの腕が。
気がつくと、レイシアの隣にアレンがいた。
アレンの腕を見ると、レイシアの方にのびたルシアンの腕をギュッと掴んでいた。
「……お前、何をやっているのかわかっているのか?」
「ええ、わかっていますよ」
アレンが涼しい顔で答える。
空いている方の腕の拳を握りしめるルシアン。
レイシアが思わず、息を呑んだ時。
「いいのですか? 他の生徒たちがみていますよ?」
アレンが淡々と指摘した。
気がつくと、周囲の生徒たちの視線が集まっている。
それに気がついたルシアンは、ぎりりと歯軋りをする。
「……覚えていろ」
そう言うと、腕を振り解く。
そして、廊下の向こう側に去っていく。
一度だけこちらを振り向いて、睨みつけてきたが、すぐに振り向くと歩いていった。
周りの生徒たちも、散っていった。
「……ちょうど庭園に向かおうとしたら、言い争っているのが聞こえてきて。余計かと思ったけど、来ちゃった」
「……ありがとう。本当に助かったわ」
アレンがにっこりと笑った。
「本当に無事でよかった。じゃあ、僕はもう行くね」
そう言って歩き出す。
レイシアは思わず手を伸ばそうとしてしまう。
けど、上げかけてやめた。
そんな資格はない。
そう思ったからだ。
その時、アレンが立ち止まり、振り返った。
「待ってるから」
それだけ言うと、アレンは再度振り返り、歩いていった。
ポツンとレイシアは廊下に一人取り残された。
赤い夕陽が廊下を照らしていた。
何分経っただろうか。
何人もの生徒が、訝しげな表情でレイシアのことを見ながら、通り過ぎていく。
けど、レイシアの足は止まったままだ。
アレンの言葉がずっと頭に響いていた。
待ってる。ただそれだけの言葉なのに。
私はどうしたいんだろう。
レイシアは思わず俯いた。
本当はアレンのところに行きたい。
けど、足が動かない。
これ以上優しくされて裏切られるのが、怖い。
これ以上裏切られたら、もう今度こそ立ち上がれない。
裏切られることを想像しただけで、指が震える。
頭が真っ白になる。
その時、太陽の光の温かさをふと感じた。
空気が柔らかくなった気がした。
体の緊張が解ける。頭が動き出す。
アレンのことを、今は信じなくてもいいのかもしれない。
信じられないままでも、会って話すことはできる。
アレンは別にアレン自身のことを信じろとは命じていない。
アレンが言ったのは、ただ待ってる。それだけだった。
自分がアレンの言葉を拡大解釈していただけだ。
それに気がついた瞬間、足が動き始めた。
♦︎
アレンはチューリップを見ていた。
たくさんの蕾が、今咲こうとしていた。
そろそろ帰ろうか。
そう思った時。
「アレン!」
後ろを振り向くと、レイシアがいた。
ぜいぜいと肩で息をしている。
「レイシア!」
アレンはレイシアの元に駆け寄った。




