第14話 ルシアンの提案
ルシアンに呼び止められた。
本当は話すのも嫌だったのに、抵抗する気力も湧かない。
大人しくついていく。
ルシアンが話す場所に選んだのは、図書室だった。
扉を開けて、二人入る。
本が少しカビた匂い。
クロエと一緒に勉強した記憶が自然と蘇る。
「本当にレイシア様と一緒にいると楽しいですわ。ここだけの話ですが、ヴィオレッタ様はいつもピリピリしていて……少し息が詰まるんです」
図書室でクロエは弱みを見せ、笑っていた。
……もう考えるのはやめよう。あれも作り物だったのだ。
「それで、話がある」
奥から三番目の席に座ると、真剣な様子でルシアンが話し始める。
慌てて意識を戻す。
「なんでしょうか。ランベール侯爵令息様」
ルシアンが傷ついたような顔をする。
しかし、すぐにその表情を消して、笑顔になった。
「そんなに他人行儀になるなよ。俺たち幼馴染だろ?」
「……私はあなたのことを許していません」
「それでこんな状況になったんだろ?」
言葉に詰まる。
ルシアンを見るとニコニコしているままだ。
「噂で聞いたぜ。俺に随分と悪意を持っていたってな」
「話がそれだけなら帰ります」
レイシアは椅子を引いて立ちあがろうとする。
「待てよ。話したいのは、お前にとっても利益のあることだ。この状況を解消できるようにすると言ったらどうする?」
帰ろうとしたレイシアの動きがぴたりと止まった。
ルシアンの方を見ると、笑みを絶やしていなかった。
……悔しい。けど、レイシアは椅子に座り直した。
「どうするつもりなのでしょうか?」
「簡単さ。俺が証言する。あれは幼馴染同士のただのじゃれ合いだったと」
幼馴染のじゃれ合いだったと主張すること。
それは以前も言われた提案だった。
以前は断った。けど、今は状況が異なる。
社交界に本当に復帰できないような空気が生まれつつある。
確かに、悪意を向けられたと噂されているルシアン自身が証言してくれるなら、その空気を払拭できるかもしれない。
「……条件は?」
ルシアンはにっこりと笑った。
「お前からも父上に説明してくれ。自分は傷ついていないって。あれは合意の上だったと」
——傷ついていないと証言する。それは自分の気持ちに嘘をつくということだった。
「その条件が飲めるなら、俺はお前のために証言する。どうだ、お互いフェアな条件だろ?」
レイシアは唾を飲み込んだ。
頭の中で条件を反芻する。
悪くない。確かに逆転の一手だ。
わかったわ。
そう喉元まででかかったのに、なぜか止まった。
ルシアンを見ると、相変わらず笑っている。この申し出に不審な点はない……はずだ。
でも、なぜだろう。
言葉が出てこなかった。
ルシアンが訝しげな表情になる。
「……どうした? 悪くないだろ?」
ルシアンの目を見る。
その目は勝利を確信していた。少なくとも、そうレイシアは思った。
「……答えられないわ」
「……本気か? こんなチャンス二度とないぞ?」
ルシアンの顔が険しくなる。
「……ええ。少なくとも今は答えられない」
ルシアンが腕を組んで、考え込む。
しかし、勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。
「明日まで待つ。明日の放課後、今日と同じ場所にいる。決心がついたら来い」
そう言ってルシアンは立ち上がった。
そして扉を開けて、乱暴に閉めた。
レイシアはそれを黙って見ていた。
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翌日、放課後になった。
レイシアはやっと決めた。
どちらに行くのかを。




