第12話 非がないなら
「とても素敵なものを見せていただきましたわ」
ヴィオレッタの声が会場に通る。
視線がヴィオレッタに集まった。
ヴィオレッタは息を軽く吸って、一歩前に出る。
「マティルダ様のご発言、とても素晴らしいです」
周囲から賛同の声が上がる。
ヴィオレッタは、無意識に荒くなる息を整える。
ここが勝負どころだ。もう引くことはできない。
ゆっくりと、しかしはっきりとヴィオレッタは、マティルダ夫人に告げる。
「ただし、本当にレイシア様に非がないならですが」
波が引くようにざわめきが消えた。
視線で会話し合う参加者たち。
いける。ヴィオレッタは扇子を開いて口元を隠した。
「レイシア様は、ルシアン様が罰を受けたことに対して快感を覚えている。そう仰っていると聞きましたわ」
参加者たちが困惑する。
「どういうこと?」
「悪意があったの?」
レイシアがびくりと震えるのが見えた。
「『自分は本当は同情に値する人間じゃない』そう仲の良い友達にはこぼすくらいには、ルシアン様に悪意がある。違いますか?」
真っ青な顔をするレイシア。レイシアがチラリとクロエの方を見たのがわかった。
「ヴィオレッタ様。その発言、根拠がないのなら誹謗中傷ですよ」
マティルダが険しい顔をしながら言った。
どうやら、ヴィオレッタの発言を疑っているようだった。
ニコリ。
ヴィオレッタは扇子の下で口を歪ませた。
「その通り。根拠がないのなら中傷になりますわ。けど、根拠がありますの。ねえ、クロエ」
今度はクロエがびくりとした。
「クロエ、証言してくださるかしら? あなたが何を聞いたか」
クロエの口が開く。そして閉じるのが見える。
ヴィオレッタは、にっこりとクロエの方を微笑む。
クロエの表情が仮面のように冷たいものになるのがわかった。
「『ルシアンのやったことは自業自得だと思っているし、罰を受けたのもざまあみろと思っている』と言っているのを私は聞きました」
グラスの割れる音が響いた。
レイシアが持っていたグラスが、大理石の床に落ちて割れていた。
床に赤い液体が広がっていく。
ざわめく会場。
今日の主役のエレノア嬢も、マティルダ夫人と顔を見合わせている。
ここだ。
ヴィオレッタはすぐさま言う。
「反省の色はどこにあるのですかね? 私には、悪意を持って貶めたようにしか感じられませんわ」
隣同士で話し合うのが見える。
クロエがゆっくりと続きを話す。
「また、『同情してくれているのが、後ろめたく、自分は本当は同情に値する人間じゃない』とも」
会場中の視線が、レイシアに集まった。
ヴィオレッタは言葉を重ねる。
「友人と笑いながら話している最中にそんなことを言えるレイシア様は、どういう精神をしてらっしゃるのかしらね」
「わ、私は……」
レイシアが口を開いては閉じるのが見える。
手が震えている。
「レイシア様。それは本当ですか?」
少し険しく、けれど優しい声音でマティルダ夫人が聞く。
レイシアが俯く。
「……はい」
掠れるような声で、レイシアが言った。
シャンデリアの輝きが強くなった気がした。
「まあ……なんということでしょう」
マティルダ夫人が天を仰ぐ。
ヴィオレッタは扇子で見えないように表情を隠した。
扇子の持ち手は、笑いでかすかに震えていた。
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自分が追い詰められていくのが、レイシアにはわかった。
ヴィオレッタの声が会場中に響く。
「わ、私は……」
必死に何か言おうと言葉を探す。
けれど、何も出てこない。
指先が震える。口がカラカラになる。
「レイシア様。それは本当ですか?」
マティルダ夫人の顔が見えた。
心配と疑いの混じった顔。
この人をがっかりさせたくない。何か、何か言わなければ。
「……はい」
けれど、なんとか絞り出せた言葉は、それだけだった。
シャンデリアの輝きが弱く、冷たくなった。
「まあ……なんということでしょう」
マティルダ夫人が天を仰ぐのが見えた。
レイシアは助けを求めるように、会場を見渡した。
誰もが疑いの表情を浮かべていた。
一人一人見ていくが、誰も声をかけてくれない。
その時、クロエと目が合った。
クロエの顔は青ざめているようだった。
お願い。助けて。
クロエの口が開きかけるのが見えた。
けど、次の瞬間。
クロエは口を閉じ、そっと目を逸らした。
レイシアは思わず俯いた。
そうしないと涙が溢れてしまう。そう思った。
拭かれないままの床にこぼれたワインが、ゆっくりと広がっていくのが見えた。
「後日、正式に話を聞かせてちょうだい」
「……わかりました」
顔をなんとか上げると、マティルダ夫人が悲しそうな顔で笑みを浮かべていた。
先ほど抱き締められるほど近くにいたのに、ひどく遠くにいるように感じた。
それから、どんな風に帰ったのかは覚えていない。
馬車の中に月の光が差し込んでいた。
その光はひどく冷たく感じた。
涙はなぜか出なかった。




