第11話 マティルダ・グランヴィル前伯爵夫人
風も暖かくなってきたとある春の日。
グランヴィル伯爵邸の離れで開催された、マティルダ・グランヴィル前伯爵夫人主催の少人数の夜会。
大理石の床に豪華なシャンデリアが冷たく煌めく会場。
その会場にいたレイシアは、二十人ほどの参加者の一人だった。
会場には有力貴族の子女であるヴィオレッタだけでなく、クロエもいた。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
マティルダ夫人が参加者たちに挨拶をする。
「こちらが、エレノア・ヴァレンス子爵令嬢です」
薄茶の巻き毛、明るい緑の瞳。
大人しそうな令嬢が、一礼する。
「エレノアと申します。この度、マティルダ様のおかげで良縁に巡り合うことができました」
そう言ってマティルダ夫人の方を向き、深々と頭を下げる。
「マティルダ様、本当にありがとうございます」
マティルダ夫人が優しげに微笑む。
「いえいえ、この老骨が役に立てたなら良かったわ」
エレノアは目を潤ませる。
その様子を見て、マティルダ夫人は扇子を取り出して、上品に笑い声を上げる。
場が和やかなものになる。
レイシアは手に込めていた力が抜けるのを感じた。
穏やかな空気だ。
招待状を受け取った時はビクビクしていたが、今日来て良かった。
そうレイシアが考えた時だった。
「さて、今日はもう一人皆さんに紹介したい方がいます。レイシア・フローリア子爵令嬢です」
突然名前を呼ばれて、レイシアはビクッとする。
マティルダ夫人の方を見ると、こちらに来てと手招きしている。
行かなければならないだろうか……
視線がレイシアに集まるのがわかった。
レイシアはおずおずと、会場の中心に歩いていく。
マティルダ夫人の隣に立つと、夫人がにっこりと微笑んだ。
マティルダ夫人は会場の方を見ると、宣言する。
「さて、このレイシア嬢は不幸な事件から醜聞に巻き込まれました」
レイシアは息をのむ。
その話を突然されるとは思わなかったのだ。
「しかし、明言します。レイシア嬢に非はありません」
胸の鼓動がやけにうるさくなる。
「なのでここに宣言します。私はレイシア嬢を支持します」
そう言ってマティルダ夫人はレイシアを抱きしめる。
「本当に辛かったわよね」
そして耳元で囁く。
「私も昔、異性に裏切られたことがあるの。同じように裏切られたと聞いて、いても立ってもいられなかった。こんな老骨だけど、役に立たせてちょうだい」
そしてマティルダ夫人は再び力を込めた。
レイシアは涙が出るのを必死に堪えた。
けれど、嗚咽は漏れてしまっていた。
その様子に拍手が起こる。
クロエが拍手しているのが見えた。
今日の主役のはずの、エレノア様も拍手してくれている。
慌ててレイシアはマティルダ夫人から距離を取り、目を擦って漏れてしまった涙を拭う。
「ふふ。縁談まわりできっと力になれるわ。あなたに良縁をつなげるお手伝いをさせてね」
マティルダ夫人が優しく声をかけた。
レイシアは涙がこれ以上出ないように、黙って頷いた。
ルシアンのイタズラで閉じかけた貴族としての未来。
それを再び与えてもらったのが、わかった。
手の強張りは、とっくになくなっていた。
シャンデリアの光は優しかった。
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ヴィオレッタは唇を噛んでいる口元を扇子で隠していた。
ぎりり。
扇子が軋む。
何故。そんな言葉が頭の中に何度も響き渡る。
マティルダ夫人に認められたことは、社交界ですぐに広まるだろう。
そうなれば、レイシアが被害者としてのポジションを得て、名誉を回復するのは時間の問題だ。
クロエをチラリと見る。
クロエは笑顔で拍手をしている。
……扇子を握る力がさらに強くなる。
「ふふ。縁談まわりできっと力になれるわ。あなたに良縁をつなげるお手伝いをさせてね」
まずい。
ヴィオレッタは覚悟を決めた。




