第10話 本心
それから三週間ほどが経った。
相変わらずレイシアを取り巻く環境には変化がなかった。
向けられる同情、好奇の視線、身分を弁えろという非難。
しかし、クロエと過ごす時間だけが違った。
「レイシア様、どうしたのですか? ぼうっとして」
「……ごめんなさい、少し考え事をしていて」
図書室で一緒に勉強するのが、いつの間にか日課になっていた。
「甘いものでも食べたほうがいいかもしれませんね。そうだ、今度一緒に王都の評判のケーキ屋に行きませんか? チーズケーキが絶品らしくて」
「ええっ! いいわね! 私チーズケーキ好きなの。ぜひ一緒に行きましょう!」
こほん。少し離れたところで本を整理していた司書が咳払いをした。
クロエとレイシアは気まずげな顔をして、お互いの顔を見る。
ぷっと吹き出してしまう。
再度、司書が咳払いをする。
慌てて笑うのをやめ、クロエは小さな声で話し出す。
「本当にレイシア様と一緒にいると楽しいですわ。ここだけの話ですが、ヴィオレッタ様はいつもピリピリしていて……少し息が詰まるんです」
そう言ってクロエは苦笑いをする。
それを見たレイシアは目を丸くする。
ヴィオレッタがこれを聞いたら、きっとクロエに悪感情を持つだろうことは容易に想像できた。
ごくり。唾を呑む。
自分を信用してくれた。
レイシアは口を開き、すぐに閉じた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「クロエ、私あなたと仲良くなれて本当によかったわ」
「嬉しいですが、突然どうしたのですか?」
まじまじとレイシアの方を見る、クロエ。
「今、みんな私に同情してくれるじゃない?」
「はい、そうですね」
「けど、それが少し後ろめたいの」
レイシアが言葉を切る。
「だって、私実はルシアンのやったことは自業自得だと思っているし、罰を受けたのもざまあみろと思っているの」
クロエの目がきゅっと細くなった。
しかし、すぐに戻る。
レイシアは下を向いたまま話を続ける。
「だから、本当は同情に値する人間じゃない」
レイシアは顔を上げて、にっこりと笑った。
「だから、そんな中、普通に接してくれるあなたがいて、とても助かっているわ。本当にありがとうね。クロエ」
クロエは一瞬、言葉に詰まる。
「……いえ、私もレイシア様と仲良くなれて本当によかったですわ」
いつもの席に、横並びに座っている二人を夕陽が照らし出していた。
その赤色は、まるで切り裂かれた傷から出る血のようだった。
♦︎
「ヴィオレッタ様、報告があります」
クロエはレイシアと別れた後、モンフォール伯爵の邸宅に来ていた。
応接間に通され、クロエはヴィオレッタと相対する。
優雅にヴィオレッタは紅茶を飲んでいた。
「こんな時間にやってくるということは、それ相応の報告があるのでしょうね?」
ヴィオレッタが紅茶のカップを置いた。
クロエは黙って頷く。
「では、聞かせてちょうだい」
クロエは口を開いて、言葉を出そうとする。
その瞬間、レイシアの笑顔が一瞬思い浮かんだ。
無防備で繊細な笑顔。
「クロエ、本当にあなたと仲良くなれてよかったわ」
クロエは固まってしまった。
「どうしたの?」
ヴィオレッタの冷たい目が見えた。
ここで黙ることもできる。
けど……
悪いのは、弱みを見せたレイシアだ。
クロエは手に力をギュッと入れる。
そしてカラカラになった口から言葉を絞り出した。
「決定的なことを言いました。『ルシアンのやったことは自業自得だと思っているし、罰を受けたのもざまあみろと思っている』と」
ヴィオレッタは目を大きく開いた。そして醜悪げに口を歪める。
「同情してくれているのが、後ろめたく、自分は本当は同情に値する人間じゃないとも言っていました」
クロエはそう言うと黙り込んだ。
「よくやったわね」
ヴィオレッタはカップを手に取り、一気に飲み干した。
カタン。
空のカップが置かれる音がした。
♦︎
その頃、フローリア子爵邸には、マティルダ・グランヴィル前伯爵夫人から、一通の手紙が届いていた。
内容は、夜会への正式な招待。
本来なら届くはずのないもの。
学院で孤立するレイシアを、有力貴族が社交の場へ受け入れると示す手紙だった。




